イカロスの翼を手にいれた
一月も後半に入ったというのに、目がさめると、上半身は裸だった。
身につけていたシャツが派手にやぶけている。
そこまで寝相は悪くない。
エロすぎる女性がいたわけでもない。
肩から肩甲骨のあたりを付け根として、大きな翼が生えていた。
白っぽい鳥の羽根が集まってできているようだが、あまり手触りがよくない。ツルツルしている。どうやら鳥の羽根をロウで固めたものらしい。
手作り感は伝わるものの、両腕に装着してバサバサと頑張る代物ではなかった。こちらの意志だけで動かせるあたり、人間のイタズラとはおもえない。
「……イカロスの翼? ギリシャ神話の……」
それに気づいたときの心情をどうあらわせばよいのだろう。
わからないが、確かに言えるのは、たったひとつ。
ぜんぜん嬉しくなかった。
顔を洗うために部屋を出たが、ドアのところで羽がつかえた。トイレにも苦労した。とにかく邪魔だった。
冬だというのに半裸では、部屋のなかでも寒すぎた。空を飛べる可能性を考えはしたが、外に出る気にはなれない。寒いのは嫌だった。風変わりな変態とみなされるのはもっと嫌だった。
空を飛べるとしても、いかなる原理で飛ぶというのか。
揚力ではないだろう。
羽ばたけば浮くのではないかとおもい、翼を動かしてみたが、壁にぶつかるし照明に当たるしテーブルにぶつかるし手にしていた熱いコーヒーはこぼすし、すぐに中止した。
どうして翼を授かったのだろうか。
翼があっても着ることができる衣服など持ちあわせてはいないというのに、もっていそうなコスプレイヤーは数えきれないほどいそうなものなのに、どうしてそっちを選ばなかったのか。
半裸で挑戦しろというならば、どうして冬なのか。
半裸がぎりぎり許されない、夏の陽射しが無理だったのか。
たしかに落ちたくはない。空から落ちてくるのは女の子でなくてはならない。それが国民の総意だ。そのはずだ。
なんであれ、結論は定まった。
翼を授けた何者かは、選ぶ人物を間違えたのだと。
床に新聞紙を敷き詰めたのち、石油ストーブに火をつける。部屋をあたためる目的もあるが、狙いはもちろん、翼の破壊にある。
大惨事を引き起こさないよう、慎重に、翼をストーブに近づけた。
鳥の羽根を固めていたロウの融点は、市販されているロウソクと同じくらいらしい。どんどん柔らかくなり、羽根はボトボト落ちていった。
「こういう代物は、もっと冒険心にあふれた人物か、特殊な性癖の持ち主に授けるべきだ」
付け根のところで、溶けたロウの熱さに悶えた。アブノーマルな性癖に目覚めることはなかったので、もしものときは低温ローソクを使用したいとおもう。
きれいにとれた翼の残骸は、新聞紙でまとめて、燃えるゴミとして処分した。