06 桜が咲くころ(四)
結局、その日、居残り練習は、十九時過ぎまで続き──。
帰り道、二人は駅までの道を、一緒に歩いた。
まだ少し冷たい四月の風が、練習終わりで熱を帯びた二人の身体を優しく冷やす。
生来無口な一二三と、生来おしゃべりだが、緊張で口を利けない八重。
当然の如く、会話は途切れがちになる。
そんな中、一二三がぽつりと呟いた。
「しかし、朝霧さん、すごいね」
八重は、え? という感じで一二三を見上げた。
「こう言うと失礼かもしれないけど、まさか朝霧さんが、一週間後も部員として残っているとは思わなかったよ。だって、いかにも今時の、キラキラした女子高生! って感じなんだもん。スカートも短いし、お化粧もして、お洒落にしているし」
そう言う一二三の制服は、校則どおりの着こなしで。一切の化粧をしていなかった。
一二三を見上げる八重の目には、一二三の“素の美しさ”が眼も眩くらむような眩いものに思えて仕方が無かった。
と、同時に着飾らなければ、輝けない自分を強く恥じ入り、八重は言葉を返すことが出来ないでいた。
その後、会話が盛り上がることもなく、駅に着き……二人は別々の電車を待つことになった。
すぐに八重の方面の電車が来たが、それには乗らず、八重は一二三の電車が来るのを待つことにした。
「別にそんなことしなくていいよ。昔のスポ根漫画じゃないんだから」
そう言って一二三は笑ったが、八重はどうしても、一二三を見送りたかった。
やがて一二三の方面の電車がやって来て、乗り込む彼女に、八重は深々と頭を下げた。
「お疲れ様でした! 今日はありがとうございました!」
一二三が苦笑しながら、言葉を返す。
「朝霧さんも、おつかれさま。また明日ね」
そう言って、一二三は小さく手を振った。
反射的に、八重も右手で、手を振り返す。
左手で右胸のポケットの部分を、ギュッと握りしめながら……。
憧れの先輩が、徐々に遠ざかり、小さくなっていく様を、八重はなんとも言えない感情で、いつまでも見送り続けた。
翌日から、八重はスカートを校則どおりに長く戻し、髪も黒くし、化粧もやめた。