05 桜が咲くころ(三)
「ふぅ。あと一回……ん? 朝霧さん、どうしたの?」
九十九回目のタックルが終わり、額の汗を手の甲で拭おうとした時。一二三は八重の視線に気が付いた。
一二三のきょとんとした眼差しが、まっすぐに八重に向けられる。
卍
首筋を伝う汗が、天井の灯りの下、キラキラと輝いて。艶やかで。
そんな一二三の姿が、天使か女神のように神々しく目に映る。
鼓動の高まりを感じつつ、無意識に手を胸に当てながら……八重は思ったところを口にした。
「あっ、す、すみません。雫石センパイは、いつも部活が終わった後。こうして残られて、練習されているのでありましょうか?!」
「う、うん。私、補欠部員だから。人一倍頑張らないといけないからね」
少し困ったような表情を唇の端に浮かべ、一二三が答える。
そんな一二三先輩の殊勝な発言に、八重は彼女への憧れを、より一層、強くした。
こんな美人なのに、驕ることなく、謙虚で努力を怠らない。
“白鳥は優雅に水面を泳いでいるように見えるけど、水面下では足をバタバタさせている”という諺は、こういうことを差すのか!!
八重はそんなことを思いながら、ただただ感心し、一二三を崇め、尊敬した。
「雫石センパイ! アタシも隣で、練習してもよろしいでありましょうか?」
「うん。いいよ。……というか、もっと自然にしてよ。敬語がなんか変だよ?」
そう言って、一二三は花が咲くように微笑んだ。
その笑顔に、八重は鼻血が噴き出るような昂ぶりを覚えた。