04 桜が咲くころ(二)
──四月二十二日(月)
新入部員たちの入部から、一週間が経っていた。
当初、五十五人いた一年生は、今では、たったの三人しか残っていない。
聖なろう学園は、全国でも屈指の女子レスの強豪校で、その練習は血を吐くような厳しさだった。
その三人の中に、八重がいた。
一二三はその事実に、心の底から驚いた。
卍
「お先に失礼しまーす!」
「お疲れ様でしたー!」
この日の部活が終わり、次々と部員たちが道場を去ってゆく。
そんな中、最後に一人残った一二三は、誰もいないマットの上で、タックルのシャドートレーニングを始めた。
特別な才能を持たない一二三には、人一倍の努力が必要だった。今年こそはレギュラー入りし、公式の試合に出たい。
一二三が女子レスリングに憧れたのは、小学校四年生の時に見た、オリンピックのテレビ放映がきっかけだった。
圧倒的な強さで、体格に勝る外国人選手をフォールしてゆく、とある日本人選手に言いしれない昂奮を覚えたのだ。
あっという間に一二三の部屋は、その選手のポスターや、雑誌の切り抜きで、飾りたてられた。
“努力は嘘をつかない”──それが、その選手の座右の銘だった。
一二三はその言葉を噛み締めながら、何もない空間に向けて、自身の身体を何度も何度も投げ出した。
そんな自主練の最中、ふと視線を感じると、道場の入口に、朝霧八重が立っていた。
「あっ、雫石センパイ、練習の邪魔してすみません!」
「あぁ。朝霧さん、どうしたの?」
「忘れ物をしてしまって、取りに戻ってきました!」
八重は、憧れの一二三と二人きり、という状況に、柄にもなく緊張した。
「あぁ。お疲れさま。私のことは気にせず、忘れ物を探して」
そう言うと、一二三は再び、シャドートレーニングに戻った。
八重の視線は、一心不乱に練習に打ち込む一二三の姿に、吸い込まれるように貼りついた。
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