11 向日葵が咲く頃ころ(一)
──七月八日(月)
今日は、期末試験の最終日。
五限目の最後の試験が終わると、八重は急く気持ちを抑えながら、一二三のいる二年のクラスへと急いだ。
クラスの中には、大勢の女子に囲まれる一二三の姿があった。
一二三は、廊下にいる八重の姿に気がつくと、取り巻きの女子たちを振り解くように、こう言った。
「あっ、ごめん。“私”、今日は約束があるんだ」
一二三が含羞んだような笑顔を作り、八重の元へとやって来る。
一二三センパイを独占しているという、優越感にも似た悦びが、八重の足元から這い上がる。
その感情を周囲に悟られぬよう、意識しながら、八重は一二三の隣に歩みを進めた。
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その後、二人は学園の最寄り駅から、二駅離れた場所にある、国立公園へと足を向けた。
「へへ。まだ日が高いうちに、こんな場所でのんびり出来るって素敵ですね。こういうの、すっごく久しぶりな気がします」
「“僕”もこういうところに来るの、小学生以来の気がするよ」
「今、センパイとこうやって一緒にいれて……とても嬉しいです」
八重は自分が最も自信のある角度で笑みを作り、一二三を上目遣いに見上げた。
今日の八重は以前のようにスカートを短くし、髪を甘栗色に戻し、化粧もしていた。
しばらくの間、二人はゆっくりと公園内の緑道を散策した。
緑道の両脇には、向日葵が植えられていて、まるで黄色に縁取られたトンネルの中を歩いているようだった。
やがて、二人は向日葵のトンネルを抜け、池の畔にやって来た。
突然、八重が立ち止まり……一二三を見上げ……瞳の奥に、決意を秘めたような黒い目で。
「アタシ、センパイに出会って……女子レス部に入って……退部して……本当に、よかったと思っています」
一二三も、立ち止まり。
「僕も……これで良かったと思っている。もうレスリングに未練はない。そう思えるのも全部……八重……。君のおかげだよ。ありがとう」
その一二三の声が、優しく八重の鼓膜に吸い込まれると。
八重は少し俯いて、恥ずかしそうに口元を弛めた。
その直後、天色の池の表面を、鮮緑色の葉が一枚、風に舞いながら水面を撫でていった。
池の水面を切り裂くように、波紋が広がってゆく。
それを合図のようにして、八重が潤んだ瞳で、一二三を見上げる……。
「あ、あの……センパイ……真面目な話があるんですけど……」
八重の声は少し掠れて、震えていた。
「ん? どうしたの?」
一二三が少し不思議そうな表情で、八重をまっすぐに見下ろした。
二人の視線が絡み合い、交差する。
八重がじっと一二三の目を見つめたまま……祈るように手を胸元に当て……絞り出すように言葉を紡いだ。
「アタシ……ずっと昔から……子供の頃から夢に描いた……理想の王子様がいて……その人は…………背が高くて……綺麗で格好よくて……アタシと違って勉強が出来て……腰まで伸びた黒髪をしていて……自分のことを“僕”って呼ぶ………………つまり、センパイなんですっ……! アタシとお付き合いしてください!!」
縋るように、一二三に向けられた八重の瞳──その双眸は、痛々しいほどの恋慕の光で濡れていた。