02 サイボーグお兄さんと博多弁ロボット
最初に感じたのは、明るさだった。瞼の裏が明るい。
ゆっくり目を開けると、いきなり眩しかった。上から、かなり強い真っ白のLEDライトで照らされていた。
背中に固い感触。机か、手術台の上にでも寝かされているのか。
全身に違和感。何と言うか、固い感じがする。柔らかさがなくなった、ともいうか。
とりあえず手を見てみよう。
右手。指のところがおかしい。関節のところに何か、線が入っている気がする。線というか、これは継ぎ目か……?
継ぎ目?
「なぁああああああ!!」
理解する前に声が出た。
というか俺は死んだんじゃなかったのか? 訳のわからん剣を持った娘に、斬られたんじゃないのか。
いや、確実に斬られたかどうかは分からん。なにせ、距離を一瞬で詰められて驚いた瞬間に、ブラックアウトしたんだから。
「いっっった! 首痛っ!」
大声を出したせいか首に激痛が走った。なんで痛いんだ、ますます分からん。
「おー、大きか声やねー。目ぇ覚めたとね?」
高めの男の声がした。誰かが覗き込んでくる。その顔は――
「わはぁああああああ!!」
「なんねー。人ん顔ば見て悲鳴上げてくさー」
それは顔ではなかった。中型の液晶モニターだった。
モニターに、点と線で目と口を落書きしたようなモノが、覗き込んできたのだ。
「普通驚くだろう、知らない場所で目覚めていきなり博多弁のロボットに話しかけられたら」
聞き覚えのある声。あいつだ、あの娘だ。
モニター頭とは反対側から、きれいな顔が覗き込んできた。
「何だここは、つーか誰だお前、とお前は! 俺はどうなったんだ、何したんだ、今いつだ!?」
分からないことだらけというか、分かることがない。
「頭の回転が速いのは結構だが、焦りすぎだ。順を追って説明するとしよう」
小娘は相変わらず、泰然とした態度だ。今さらだが、年齢と合わない喋り方だな。変な奴。
「まずここは、私が普段からお世話になっている病院で、このロボットは医者だ」
「はあ?」
起き上がれないので首だけ動かしてみると、確かに医療機器がそのへんに置かれている。壁も天井も白く、配管と配線が張り巡らされていてほぼ隙間がない。窓もない。
「おいは、こん病院の院長のクーばい」
ロボットは、モニターにニコニコ顔を表示させて言った。
「院長ってお前、ロボだろが」
「ロボ、かつ、院長! なんよ!」
見ると、クーと名乗るロボは白を基調としたヒト型ロボットで、頭はモニター、大きな腕には細かく関節がついた人間のような白い手、胴体の下には二本の脚。身長は160センチほどだろうか。
「で、なんで俺はロボットが経営する病院に担ぎ込まれてんだ」
「それは、私が君の首を斬ったので新しい体につなげる必要が出たからだ」
「何だと?」
そうだった。目が覚めたとき、俺は自分の手を見てパニックになったんだった。
「俺の体はどこにやったんだよ」
「当局に提出してしまったからもうないぞ。君のオリジナルパーツは首から上だけだ。任務失敗の埋め合わせとして、賞金がかかっていた君の体を金に換えたのさ。頭は潰したことにしてね」
「ああ!?」
俺はやっぱり、あのときこの娘に首を刎ねられたんだ。
つーかこいつ、自業自得で依頼人殺しといて、埋め合わせで俺を殺した上に体を換金しただと?
……まあいい。それより気になるのは。
「いくらサイボーグ技術が発展したっつっても、一度切った首が機械に繋げたら動くなんてことがあるかよ」
俺はいったいどういう状態なんだ。
「それがあるんよねー。シアちゃんは、魔法が使えるけん!」
は? 魔法だぁ?
「およ、なーんも知らんとシアちゃんと戦ったと?」
「そうだな。この男は、私の名前すら知らないうちに死んだ」
「はぁー、そりゃかわいそかね」
勝手にかわいそうな人扱いされた。まあ殺されたのだからおかしくはないが。
「しかし、自己紹介がまだだったな。私はシア。この街で便利屋をやっている者だ。そして魔術師でもある。この剣は、私の特別製のものでな。これを使えばどのような斬り方もできる。人も固い物質も両断できるし、逆に命だけを斬らない、ということもできる」
つまり、俺の首を斬って命は斬らないでおいた、というわけか。
「なんでまたそんなことをしたんだ。俺を生かしておかないと、何かまずいのか? その、魔術的に」
「いや、そんなことはない」
「じゃあなんで」
「君は殺すのには惜しいと思ったからだ」
惜しければ殺さなきゃいいだろうが、と思ったが、なんでそんなことを思われたんだろう。
「君の顔と声は良かった。とても好みだったのだよ」
「……は?」
殺し屋はだいたいおかしいが、ここまでサイコパスというか狂った奴には出会ったことがない。
しかも、シアは全く照れるそぶりすら見せずに、「君が好みだ」と言ってのけた。
「このまま敵として始末するのは惜しい。だから、このような形で手元に置くことにしたのだ」
「……まるで、もう既に俺がお前に屈服したような言いぐさじゃねえか。手元に置くだと、笑わせんな」
今はちょっと体が動かないが、動けるようになったら即刻、こんな狂ったガキのところなんか出て行ってやる。
「しかし、戸崎ヒジリよ」
いきなり名前を呼ばれた。
「君が逃げる先はもうないぞ?」
「なんで俺の名前、知ってんだよ」
まさか、魔術で割り出した、ってことか?
「君の体を提出したとき、普通に照合されて出てきた。公式の記録はなかったが、裏の人間どもの間では、その名前で通っていたんだろう?」
「そ、そうだけど……」
考えてみれば当たり前の話だった。
「君は公式に死んだことになったのだよ、ヒジリ。それに、その体で一人で生きていけるのかね?」
「む……」
なんだか窮地で手を差し伸べられているような雰囲気になっているが、この状況を作り出したのは全部こいつじゃねえか。
「これで、もう君はどこにも行けない。私とともに、便利屋として働きたまえ」
「………」
手を差し出されたが、握手なんてしてたまるか。
「おいからもお願いするったい!」
意外なところから後押しが入った。
「シアちゃんが誰かと組みたかなんて言い出すんは、おそらく初めてなんよ。やけん、相棒になってくれんね。シアちゃんの友達としてのお願いばい」
「こらクー、恥ずかしいことを言うな。君は私の保護者かね」
「主治医ばい!」
今まで涼しいというより冷たい表情だったシアの顔が、少し赤くなった。まあ、「うちの子と仲良くしてやってください」と親にお願いされるような感じだったし、恥ずかしいだろう。
「そ、それに! 私の仕事は割のいいものばかりだ。君もそのサイボーグの体を生かして、生身のときのしょぼくれた生活ぶりが嘘のように稼げるようになることを保証しよう」
照れ隠しに、ものすごく生臭いことを言われた。
「分かった分かった、そこまで言うなら手を組んでやるよ。ただし、本当に稼がせてくれよな」
「もちろんだとも!」
俺は寝転んだまま手を動かし、シアの小さな手を握った。
意外にも、生身のときと同じような感覚がした。体は機械だが、義手とは全く違う。
とはいえ。
「だるい……」
体の違和感がすごい。
「どげんだるかね?」
クーが、真剣な表情(?)になって、俺の体を調べるように見ている。ちなみに今は、上半身は裸で下はハーフパンツのみだ。
「あ……? 全身の力が抜けねえし、思ったように動かねえし、それに、息も少し苦しい」
「あー、そりゃまだ、脳が機械の体を受け入れよらんけんやね。微調整ば必要やけん、今夜はここで寝て行きんしゃい」
急に医者だな、こいつ。
「微調整って、どんなことすんだよ」
「そりゃ、腕もお腹も皮膚パーツば開いて、中の神経電流ば調節するとよ」
「げ……」
意識のある状態で全身手術するようなもんかよ。
「まあ、ちぃっとグロか見た目にはなるばってん、痛くはないけん。心配なら、スリープモードにしちゃるよ」
「ぜひお願いする」
言い終わるかどうかのタイミングで、またブラックアウトした。