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魔法剣士少女とサイボーグお兄さんの便利屋稼業  作者: 大槻亮
1ロマンのかけらもない魔法
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01 魔法剣士少女と暗殺者お兄さん

 神部(かんべ)市第4生電(せいでん)ビル88階、オープンカフェスペース。

 そこで、今回の標的である北口(きたぐち)コウジは、商談に備えて待機しつつ、コーヒーを飲んで時間を潰している。


 商談とは、奴が所属する大陸系マフィア東龍会(とうりゅうかい)とイタリアマフィアのトゥオーノ・ファミリーとの、麻薬取引である。北口の専門は人身売買だが、商品の人間に麻薬を使用することも多く、取引の窓口になることもある。


 俺はその商談がまとまる前に、奴を始末するためにここに来た。

 北口の隣には、10代半ばくらいの少女が座っている。まさか、商品を連れ歩いているというのか? そんな趣味があるという情報はなかったが。


 少女は小柄で、暗い茶髪のポニーテールにオリーブグリーンの混じった茶色の目、そして白い肌。美しい顔をしている。白のジップアップパーカーの中にTシャツ。あまりしゃれっ気のない恰好だ。

 北口と親しげに話しているが、彼女は奴の正体を知らないのか? 北口の表情が暗いのが気になるが、商談前で緊張でもしているのか。

 今は楽しそうだが、あの子も他の少女たちと同じように、心を壊され洗脳されて、海外へ売り飛ばされる予定なのだろう。しかし、あの子は命拾いした。ちょっとショッキングな体験をすることになるが、まあ死ぬよりはマシだろう。


 北口が席を立った。歩く方向はトイレ。俺も後をついていく。

 奴はため息をつきながら小便器に向かい、チャックを下した。

 気配を消して真後ろに立ち、その後頭部へ銃口を向けた。

 トリガーを引こうとしたその瞬間だった。


 「っ!」


 右に飛びのきつつ、後ろの気配に向かって一発撃った。サプレッサーを通したほぼ無音の銃声。トイレの後ろの壁に小さな穴が空いた。

 飛びのかなかったら、俺が死んでいただろう。感じたのは、真後ろから首を切られるような鋭利な殺気だった。


「ひぃっ」


 北口は振り返って小さく悲鳴をあげた。

 俺の後ろにいた人物は壁を蹴って跳び、北口と俺の間に割って入る位置に着地した。


「ほう、あのタイミングでよく避けるという判断ができたな」


 高い、少女の声。

 避けて撃つことにせいいっぱいで、相手の姿を認識するまで処理が追いつかなかったが、今やっと目に入ってきた。

 信じがたいが、俺を斬ろうとしたのはあの少女だった。北口と話していた小柄な彼女。

 彼女の両手には、何やら赤黒い、幅広い片手剣が握られていた。見たこともない剣だ。腰の両側には茶色の鞘がベルトで固定されている。


「まさか、お嬢ちゃんがこの男の護衛ってわけじゃねえよな?」


 銃を撃った俺の目の前に、妙な剣を持って立ちはだかる少女。しかも尋常でない身体能力。ただのコスプレイヤーでないことは明白だが、それでもバカバカしい状況だった。


「それ以外の何かに見えるかね?」


 少女は呆れ、俺を見下すように言った。


「そうかい。ま、関係ねえけどな」


 俺は少女をさけて、改めて北口を撃った。

 だが、弾が奴の頭に当たることはなかった。

 少女の持っている赤黒い剣に、弾かれたのだ。


「やめたまえ。この男を殺してもらっては困る」


 試にもう一発。またも弾かれた。


「困るったって、俺も仕事でそいつを殺して帰らなきゃならん。お前だって、そいつがどんな奴かくらいは知ってるはずだぜ。本当に守りたいか? そいつを」


 よりによって、若い娘が守ってやるような男ではない。断じて。


「な、何やってるんだ! 早く殺せ!」


 北口は上ずった声で、少女に怒鳴りつけた。まだチャックは開いたままだ。


「うるさい男だな。私の任務に、敵の暗殺者を殺すことは含まれていないぞ」

「じゃあ今追加してやる。報酬も上乗せしてやる! だがら早く殺せ!」


 追加オプションが発生したところで、もう一発。当然のように弾かれる。


「そういうわけだ。悪いな、若者よ。ここで貴様に死んでもらうまでが仕事となった」

「ずいぶん真面目で素直な護衛だな」


 連射してみるもやはり通じない。

 俺は多分、ここで死ぬんだろうな。


「諦めたほうがいい。そうすれば楽に死なせると約束しよう」

「嫌なこった。ガキに殺されるなんて御免だね。お前こそ嫌じゃないのか、そんなクズのために命なんかかけて」


 北口は少女が銃弾を防いでくれている間にトイレの隅に移動し、頭を抱えてうずくまっていた。


「確かに」


 少女は自分の顔をかすめようとした銃弾を軽く避けた。

 その銃弾は、北口の前頭部に命中した。


「あ」

「あ」


 北口は声も上げず、ずるりと床に崩れ落ちた。血だまりが広がっていく。


「お前、今わざと避けたろ」

「何を言う。あの位置では避けずにいられなかったさ」


 動揺もせずしれっと言ってのけたが、絶対わざとだ。何を考えているんだ、このガキは。


「私の仕事は失敗したが、まあ依頼人が死んでしまったら咎める者もないだろうね」

「そいつから怒られはしないだろうが、次の仕事のオファーもないかもな」

「この男からの報酬も期待していたんだがねえ」


 通常の報酬に加え、俺の殺害依頼で追加料金まで発生していたのに、それもおじゃんだ。


「適当に身ぐるみ剥いどけよ」

「そうするよ」


 少女は答えて、さっそく北口の鞄を漁りはじめた。俺はそこでやっと、銃を下した。


「じゃあな」


 そうしてトイレから出て行こうとしたとき、少女の茶色い頭が、前髪が、俺の視界を塞いだ。


 それが、俺が見た最後の光景だった。


 




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