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異世界へ

 ダンジョンマスターシリーズ、通称「ダンマス」と呼ばれるダンジョン運営シミュレーションゲームがある。


 世間ではそこまで大人気作品というわけでもないが、細く長く続いているシリーズであり、俺は過去作を合計で何度プレイしたか分からないくらいハマってやりこんだ。新作が出る度に予約して、発売日からクリアまでぶっ通しで遊ぶのがいつものパターンだった。


 そしてそれは就職して会社員になった今でも変わらない。


 俺は最新作の発売日に有休を取り、予約していたゲームを購入した。もちろん有休と週末の連休を合わせて一気にクリアするつもりだ。


 早く家に帰ってプレイしよう。そう思って急いで帰宅する途中――俺は交通事故にあった。


 白昼堂々の轢き逃げ。平日とはいえ周囲には目撃者もいて、慌てて救急車を呼んでくれているらしい。しかし、俺には自分はもう助からないのだと、そんな確信だけがあった。


 急いでいたとはいえ、ちゃんと信号が青に変わるまで待っていた。そうして信号が青に変わった横断歩道を渡っている最中に、轢かれた。


 趣味のゲームを生きがいに、ただ真面目に生きてきた。ゲームが楽しめればそれで良かった。


 ――けれど、どうやらそれももう出来ないらしい。


 無念さと悔しさを糧に、最後の力を振り絞って俺は特に意味もなく、遠くに転がるゲームショップのビニール袋に手を伸ばした。


 しかし届くはずもない。別に届いたからといって何があるわけではなかったが、それでも少しだけ残念だ。


 手を伸ばした先には信号機。俺は点滅する青信号が赤に変わる瞬間を最期に見ると、そこで意識を失った。




 ――そうして死んだはずの俺が次に目を覚ますと、見覚えのない薄暗い広間にいた。壁や柱にはかがり火のような照明。何というか、ゲームや漫画で見るような遺跡やダンジョンといった雰囲気の空間だ。


 そんな場所で俺は一段高い位置に設置された玉座のような豪華な椅子に座っていた。


 玉座の前には短いの黒髪の女性が一人。こちらに綺麗な一礼をすると、凛とした声で俺に言葉を発した。


「アレス様……ダンジョンコアの起動成功、おめでとうございます」


 俺は彼女の姿に見覚えがあった。それもそのはず、彼女は俺がプレイするはずだったダンマス最新作の登場人物であるジルそのものの姿をしていたからだ。


 そして俺が呼ばれたアレスという名前。それはゲームの主人公の名前だった。


 数秒考える。といっても現状を理解するには情報が足りない。


 自分では車に轢かれて死んだと思っていたが、もしかしたらぎりぎり生きていて、これは生と死のはざまで夢を見ている、と考えるのが一番合理的かも知れない。


 ただ何となくだが、それは違うような気がしていた。


 俺は自分の手を見ながら、何度か握ってみる。明晰夢というには感覚がはっきりとしているし、思考もクリアだ。普段見ていた夢にありがちな、ぼんやりとした曖昧な感じが全くない。


「……? どうかされましたか?」


 ジルが俺にそう尋ねてくる。返事もせずに、突然自分の手を見てグーとパーを交互に作り出したら、そりゃ怪しまれるだろう。


 とはいえ、今この場で何を言えばいいのかも分からない。仮にこれがゲームの世界だとしても、俺はダンマス最新作を未プレイのまま死んだ。だからシナリオの展開なんかも分からない。


 だがいつまでも黙っているわけにはいかないので、仕方なく俺は言葉を紡ぐことにした。ジルはアレスの従者だ。だったら俺の態度は堂々と、少し偉そうなくらいが丁度いいだろう。


「いや、別に何もない。それで、次は何をするべきだろうか?」

「はい。まずは防衛兵力を充実させるべきかと」


 ジルは俺に対して特に疑問を持つこともなく、そう答えた。最初は防衛兵力が重要、となるとやはりこの世界はゲームのルールを踏襲しているようだった。


 そんなことを考えながら、俺は何となくジルを見る。ジルの真紅の瞳はまっすぐに俺の方を見ていた。


 彼女は魔族だが、見た目は人間と特に変わらない。とはいえ大きな胸やきゅっと引き締まった腰、すらりと伸びた細い手足などは現実離れした抜群のスタイルをしている。それに絶世の美女と呼ぶに相応しい整った顔立ち……現実ではまずお目にかかることは出来ない造形美を目にして、やはりここはゲームの世界なのかも知れないと俺は考える。


 ――楽しみにしていたゲームをプレイ出来ずに死んだ無念が、このような形で俺をゲームの世界に送り込んだ。


 もしかしたらそういうこともあるのかも知れない。もちろん常識的に考えればおかしなことではあるのだが、とはいえそれで何か困るわけでもない。元々車で轢かれて死んだ身なのだから。


 もちろん何の不安もないといえば嘘になる。しかし最後にもう一度ゲームを楽しむ機会を与えられたのであれば、俺はそれを全力で楽しむだけの話だった。


 ふと自然に笑みが浮かんでくるのを自覚する。ジルはそんな俺を見ても特に反応を示すことはない。おそらくは俺がダンジョンコアの起動完了を喜んでいるとでも思ってくれたのだろう。


 まあそれも大きく外れてはいない。俺はこれからこのダンジョンコアを使って迷宮を拡張し、そこに最強の軍勢を揃えていく。つまりダンジョンコアが無くては何も始まらないのだから。


 何にせよ俺はダンマスの過去作はこれでもかというくらいにやりこんだ。このシリーズの攻略に関するセオリーや知識は全部頭に入っている。


 だが気になるのは最新作での変更点や追加要素。これに関しては実際に触れてみないことには分からない。


「まあ考えてどうなるものではないし、とりあえず出来ることを一通りやってみるとするか」


 そんな風に俺のダンジョンマスター生活は開始した。


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