第12話 死霊術師は指南を受ける
いつの間にか昼になっていた。
基礎的な指導を経て、リセナは簡単なポーションの調合が可能になった。
センスがあったことに加えて、彼女自身の熱意と集中力が大きいだろう。
この調子で経験を積み重ね、各種薬草の知識を増やしていけば、村の薬剤師になるのも夢ではない。
もっとも、彼女の希望は回復魔術の習得なので、まだ前段階に過ぎない。
今後、さらなる研鑽を要する段階だ。
そんなリセナは今、机に突っ伏していた。
かなり疲労している様子だ。
調合作業の繰り返しに神経を磨り減らしたらしい。
周りにはいくつもの試作ポーションが置いてある。
どれもリセナが作ったもので、疲労回復や治癒力促進の効果を持つ。
失敗作も混ざっているが、ほとんどが実用に足るレベルだった。
調合難易度は低く、効果はそれ相応ではあるものの、村の人々に配れば大層喜ばれるだろう。
試作ポーションを順にチェックしながら、私はリセナに告げる。
「今日はここまでにしよう」
「あ、ありがとう、ございます……」
リセナはぐったりとした姿勢で答える。
顔を上げるのも辛いようだ。
調合という初めての経験に挑んだのだから仕方ない。
休憩がてら、私はリセナを連れて自宅へ戻った。
椅子に座る彼女にお茶を出す。
リセナはそれを一気に飲み干した。
そして深々と息を吐く。
どこか勇ましいその姿におかしさを覚えつつ、私は彼女に問いかける。
「そうだ、よかったら一緒に食事でもするかい」
発言したその瞬間、私は自らの料理の腕前を思い出した。
とても他人に食べさせられるものではない。
迂闊だった。
私らしくないミスである。
つい場の雰囲気で口を滑らせてしまった。
疲労困憊のリセナを気遣うにしても、これだけは言うべきではなかった。
「わっ、本当ですか! 食べてみたいです!」
対するリセナは大喜びだった。
これでは発言の撤回も難しい上に不自然だ。
彼女を悲しませてしまう。
台所に佇む私は、珍しく窮地に追いやられていた。
どうしたものか。
このままでは不味い料理を食べさせて、リセナに不快感を与えてしまう。
それは私の望むところではない。
否、嫌われるだけならまだいい。
あまりに下手な料理だと、彼女の健康を害する危険性もあった。
私はその辺りに疎い。
どんな毒物が食事に混入しようと効かないからだ。
そのせいで調理技術が上がらなかった面もある。
今までは困らなかったが、まさかここで仇になるとは。
まさに盲点だった。
いつまでも改善しなかったことを後悔するも、既に遅すぎる。
行動できずにいると、私の異変に気付いたリセナが話しかけてきた。
「先生? どうされましたか」
「いや、少しね」
私は言い淀むも、誤魔化せないと判断して正直に告白する。
するとリセナはくすくすと笑いだした。
「なるほど、そういうことでしたか! 苦手なことがあるのは当たり前のことですよ。全然恥ずかしがることはないです。そうだ! 調合技術のお礼になるかは分かりませんが、私が調理のお手伝いをさせていただきますよ!」
「……いいのかい」
「もちろんです! 私、家でも食事をよく作るので得意なんです」
そう言ってリセナは微笑する。
優しい娘だ。
私のような存在にも躊躇いなく善意を以て接してくる。
仕方ない、ここは彼女の善意に甘えよう。
調理技術を習得できるのはありがたい。
それに私の下手な料理でリセナの肉体に害を与えるリスクを無くせる。
願ってもないことであった。
台所に立った私たちは、さっそく調理を開始する。
リセナは貯蓄の食材から何を作るかを決定した。
野菜と鶏肉の炒め物らしい。
朝食と被るが、むしろ好都合だった。
調理過程の比較ができる。
まずは野菜を洗って具材を切るところから始める。
横に立つリセナに包丁の持ち方を指摘された。
そもそもここから間違っていたらしい。
少し驚きだった。
私の指の位置を調整しながら、リセナが心配そうな目を向けてくる。
「今までよく指を切らなかったですね……」
「我ながら運が良かったみたいだ」
私は曖昧に笑って答える。
実は指を何度か切断したことがあった。
その都度、回復魔術で接合しているので問題ないが、あえて言うことでもない。
傷跡もないので気付かれることもないだろう。
私の調理技術は絶望的なのだ。
包丁で野菜が刻まれていくのを横目に、リセナはしみじみと呟く。
「先生にもできないことがあるのですね。なんだか安心しました」
その言葉に私は首を傾げる。
どうして安心するのか。
よく分からない。
私は全知全能とは程遠い。
できないことが山ほど存在する。
リセナは不思議な少女だ。
その後も色々と指導を受けながらも、なんとか料理を完成させることができた。
二人でテーブルに着席して食べる。
まだ拙いものの、だいぶマシにはなった。
リセナも笑顔で食べている。
少なくともこの料理に関しては及第点のものを作れるようになれたようだ。
大いなる前進である。
いつかまた誰かに料理を振る舞う機会に迫られた際は、これを提供すれば解決だろう。
食事の途中、リセナが思い出したように話題を挙げる。
「そういえば先生は聞きましたか」
「何をかな」
「村の女の子が消えた話です。昨晩からいないそうですよ。最近は人がいなくなることが多いので、ちょっと怖いですね……」
おそらくは人工迷宮にいる少女テテのことだろう。
私の起こしてきた"処理"と同列に判断されているらしい。
時期も重なっているので納得がいく。
それから食事を終えたリセナは、満足した様子で帰っていった。
調合の指導は、診療がないタイミングで再度実施することに決まった。
あと数回もすれば、村の薬剤師の手伝いくらいはできるようになるだろう。
思わぬ形で村に貢献できたことに、私は代え難い喜びを覚える。
――そして深夜。
死体に憑依した私は、闇に乗じてテテの実家を襲撃し、そこに住む彼女の家族を残らず"処理"した。




