龍田いづる
龍田いづるは、小さな頃から「可愛い」と言われ続けてきた。
体も小さく、病気がちで、見た目も弱弱しい、自分。現実では歯がゆいほど無力で、いつも可愛がられて守られている。
そのうち、いづるはそれが当たり前の自分の権利だと思うようになった。
自分は弱くて可愛い。守られるのは当たり前で、誰もが自分を可愛がる。それが自然で、普通で、当然で。自分が持つ最大の武器なのだと。
そんな自分の浅い根っこは、この時簡単に引っこ抜かれた。
高尾いろはに、コテンパンにやられて。
「ね、僕たち協力しない?」
「協力?」
高尾いろは。彼女は、女にしてはすらりとした長身を、伸びた背筋と強い光を放つ瞳でさらに強調していた。着崩した制服も、茶色く染めた髪も、ただ粋がっている同級生たちと違い、いろはの気性を表しているみたいで似合っている。
「ほら、僕って見た目通り強くないからさ。こんな僕に格闘ゲームなんて不利でしょ。だから強い人と組むのが一番だと思うんだ」
いづるはにっこりと笑って小首を傾げ、自分の胸に立てた指を当てる仕草をした。
これはゲームだ。
現実世界では何もかもが不利な自分でも、仮想現実の中では別だ。
身体的に強い方でなかったいづるは、他の誰よりもVRゲームに没頭していたし、得意だった。
『ブラッディ・メープル』では、弱い者ほど身体能力の数値に補正がかかる。日本刀に能力が付与される。ここでなら。
いづるは、可愛いを武器にしなくても、戦えるかもしれない。
それは、いづるの中で今まで燻っていたものを燃え立たせるような、感情だった。
「もちろん、そのためにいろはさんを全力でサポートする。『神』の権利を得るのはこのゲームでの上位2名だけ。誰よりも早くチュートリアルを終わらせた僕たち二人は、一番可能性があると思うんだよ。可能性の高い者同士が組んだら最強だと思わない?」
見た目で無害をアピールしつつ、役にも立つんだと臭わせる。一方でいづるの頭には『声』が響いていた。
『身体能力、最大まで引き上げ補正。能力発動、命中率90%追尾、ダメージ80%軽減、相手ダメージ2倍、回避率60%増、えぐいねー』
いづるをサポートする日本刀『正宗』の声だ。
「ふーん」
いろはの大きな猫目が細くなった。目に宿る光が絞られて、余計に強くなる。
『おやおやぁ。これは疑われてるね。外見に騙されてくれてない。バサッとやられるよ』
何故か楽しそうに能力を展開し終える『正宗』。
外見に騙されてくれてない。いづるは正宗のその言葉にゾクゾクした。
「誰よりも早くチュートリアルを終わらせて、作戦を練ってたやつが? 強い奴と組むと?」
「たまたまだよ。だって、ゲームだもの。チュートリアルくらい、ちょちょっとすっ飛ばしちゃえばいけるよ」
左手の人差し指を立てくるくると回しながら、無防備に歩いていろはに近付いた。だらっと下した右手は、いろはの注意が会話と指にいっている間に歩いた振動で揺れているように見せかけ、刀の柄へ伸びていた。
「自分の人生がかかったゲームのチュートリアル。内容を詳しく聞きもしないでさっさと終わらせるようなやつ、相当な馬鹿か、よほど自信があるか、それとも素早く効率的に聞きだしたか。馬鹿はいないだろうから、残り二つ。どっちにしろ、強敵だろ」
ふん、といろはが形のいい鼻を鳴らした。
強敵だろ。
いろはの言葉にいづるの心が震えた。見た目とか、いづる自身の体とか関係なく強敵だと認めてくれている。
そんないろはに。
勝ちたい。勝てる。
「バレた? じゃあ強敵同士ってことで組まない?」
柄を握ると勝手に鞘が落ちる。いろはとの距離は一メートル。勝った。いづるはそう確信していた。命中率は90%、この距離なら当たらないわけがない。
「何故?」
いろはが、きょとんと大きな猫目を見開いた。いづるは、へぇ、こんな顔もするんだと、少し意外に思った。そうとしか、思えなかった。
「強敵だったら、組むよりも早めにぶっ潰したほうがいい。そうだろ?」
次の瞬間、耳元でいろはの声がして、自分の体が真っ二つにされていたから。
「うわあああああっ!」
違う、真っ二つにはされていなかった。
命中率90%は、攻撃に移るより先に攻撃されてしまえば不発に終わる。
いづるは悲鳴を上げて、後ろに下がった。右手にはなんとか抜くことに成功した刀がある。寸前で回避率60%の能力が発動、運良く40%には入らなかった。
下がったいづるとの距離をいろはが一歩で潰した。振り下ろしていた刀が今度は斬り上がる。
回避、無理だ。今度も60%に入れるだろうか。ダメージ軽減80%。駄目だ。脳天までかち割られるような攻撃の20%って、やっぱり致命傷なんじゃ。
一瞬で何通りかのシミュレーション。どれもが死へ直結。痺れるような恐怖と日本刀の笑い声。
斬り上がる刀がスローで迫る。上がった動体視力、筋力、瞬発力で本当なら躱せる。しかしどうやって、という部分が出てこなかった。こんな斬撃は経験にない。
『助けてやろうか。妖刀モードに切り替えろ』
頷く間も、分かったと答える暇もない。しかしいづるの意識は、無意識に目の前の藁にすがりついた。