仮想と虚構と現実?と
引き続き、残酷描写。
それと説明です。
いろはといづるは互いを背にして、忍者たちを迎え撃った。
いろはの持つ日本刀は『奥泉守忠重』。能力は皆無。全くの『無し』である。
忍者たちは揃って闇に溶ける黒い装束。クナイと手裏剣を投げてくる。いろはは、刀で叩き落すことをせず、半身の移動で捌いた。滑るように足を捌いて前に出る。手裏剣を投げたと同時に前に出ていたNPCに肉薄した。
自身の動きと相手の動き、両方で距離を潰したのだ。同時に刀を振り下ろす。
「エエィッ!」
びしゃっ。正面のNPCが頭から両断されて転がる。次は右へ半歩。
「エアッ」
下へ下がった刀を斜めに斬り上げる。NPCの体へ斜めに亀裂が走り、分かたれる。今度は前に出ていた右足を引き、くるりと転身。刀も横へ追随する。
「エエーイッ!」
横にいたNPCの体を上下に斬り離した。
瞬く間に出来上がった死体は、光の粒子となって消える。彼らはNPCなので、時間が経てば復活するが、それには数時間かかる。
人間の体を両断するなんて女性の振るう刀とは思えない威力だが、筋力補正だけがかかっているためだ。刀に能力はないが、女性であるいろはには身体能力に若干の補正があった。これだけは現実と違う。
それともう一つ、いくらリアルを追及しているといっても、ゲームであるため刃溢れや折れることはない。
だから本当なら手裏剣を刀で弾いてもいいし、一の太刀のみにこだわる必要もない。にもかかわらず、いろははこだわった。
ゲームで授けられる能力ではなく、自分の力で敵を倒したい。機械の力に頼ることなく、己の力で。
女であるということ。高尾の家。学校の成績が優秀であることも、関係ない。自分が美しいという容姿も邪魔だ。
『将来、お前は高尾家を背負う人間』
『付き合うなら相応しい人間を選びなさい』
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
型にはめようとされればされるほど、真逆の道を選びたくなる。
両親の言い分に。友人たちの従順さに。当たり前を押し付けてくる周囲に。怒りを感じた。
世の中が気に入らないという、ぶつけどころのない、青臭い怒り。誰もが一度は抱いて、そのうちに消化して、糧にしてしまう、そんな感情。
それがいろはを動かし、同年代の中で異質なものとして浮き上がらせる。
『どんなに反抗しようと、お前の道は決まっている』
『今のうちに自由を楽しんでいなさい』
勝手に決めつけるな。勝手に可能性を狭めるな。
怒り。怒り。怒り。怒り。
そんな時、いづるに出会ったのだ。いや、とっくに出会っていた。クラスメートだったのだから。ただ、いづるという存在を意識しただけだ。あの時に。
私立満天星紅葉高等学校。共学で、それなりの授業料と学力レベルを誇る高校。通っている生徒は皆、一定以上の生活水準にいる家庭で育った者。
高校入学二日目、いろはは冷めた目を向け、腕組みをして教室の正面を眺めていた。
「2048年、世界で何が起こったか。これは皆知っていることと思う」
教壇に立った教師が『黒板』に2048という数字を『チョーク』で書きこんだ。はい、と一人の生徒が手を上げる。教師が生徒の名前を発音した。
「シンギュラリティです」
「その通り」
満足そうに、教師が頷いた。中肉中背、カッターシャツにニットベスト、チノパンという、いかにもな四十代の教師だ。数十年前の教師なら眼鏡でもかけていそうだったが、そんなものは骨とう品だった。
『黒板』という形をしたパネルに『チョーク』型のタッチペンでシンギュラリティと書き込む。見た目だでも10年以上前と同じにしたのは、開発者の遊び心からか。頑なに変えたくないという教育委員会のこだわりか。
「2048年、我々は技術的特異点を迎えた。人工知能が人間の知能を超えた瞬間だ。これによって発生した問題は、何だ?」
「はい。人間の人工知能依存。存在意義の消失です」
子供でも知っているような、常識が授業という形を取って再現される。
カッカッとチョーク型タッチペンが黒板型パネルを叩く。音はコンピュータが奏でる効果音。茶番だ。
人工知能の第三次革命、ディープラーニング。これにより人工知能、ロボットの導入が急速に発展。結果、脅かされたのは、人間の存在意義だった。
技術そのものは素晴らしかった。なにせ、ありとあらゆることは人工知能がやってくれる。人間は労働から解放されて、生きているだけでいい。
ところがだ。
人工知能とロボットによる生産、サービスの向上によって生活が豊かになるにつれ、人間は働く意義を失った。社会や誰かの為に働くという、『生きがい』がなくなってしまったのだ。
何のために生きているのだろう。何のために生まれたのだろう。
別に何もしなくていいじゃないか。難しいことなど考えなくていい。全て人工知能に任せてしまえば。
無気力になった人間を人工知能が世話をする。生きているのではなく生かされる時代に突入した。
「このままでは人間が人工知能のペットになってしまう。創造主と模倣者が逆転してしまう。それを防ぐ対抗策は、我々のここにある」
とんとん、と人差し指で教師が自分の頭を軽く叩いた。教師の脳、ここにいる生徒の脳にはコンピュータに接続するための埋め込み型電極が入っている。教師も、いろはたちも、常にインターネットへ接続されている状態なのだ。
腕組みを解かないまま、いろはは目の前の光景を見ている。これは現実にある光景か。接続されたコンピュータが映している画像なのか。生活に溶け込み過ぎて、分からなくなる時がある。
ガン!
腕組みを解いたいろはが、右手で机を叩いた。教師もクラスメートも全く反応しない。要らない情報は遮断された。
「ちっ」
舌打ちをして、いろははまた腕を組み直した。