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少女と少年

 少女が一人、ポニーテールを揺らして歩いていた。

 高い位置で結んだ真っ直ぐな茶髪が、尻尾のように揺れている。


 紺のブレザーに、チェックのプリーツスカート。スカートからはすらりと長い脚が伸び、紺のハイソックスとローファーがふくらはぎよりも下を包んでいた。

 白いブラウスは第二ボタンまで開けられていて、首元のタイは緩く、結び目が下へずらされている。眉はくっきりと上がり、大きめの瞳には見つめられるとたじろぐような強い光があった。


 時刻は夜間。それでも人通りはそれなりにある。しかし少女は迷いなく、人が行き交う通りを過ぎ、ところどころ破れたアーケード、錆びた鉄塔が立ち、シャッターの下りた寂しい商店街へと歩みを進めていった。

 ひんやりと冷たい秋の夜気。

 街灯も乏しく、人もまばら。

 喧騒やネオンの灯りは、通りの向こうで、別次元のように存在している。そんな錯覚を起こさせた。


 僅かにでもあった人の気配さえなくなり、無人のビルと剥げた看板を掲げる商店が、薄暗い街灯によって不気味な影を落としている。遠くで電車の音がこだましていた。


 しかし少女に遠い場所で響く電車の音も、人のざわめきも届いていない。彼女の耳を支配しているのは、ある『声』で、彼女の心を支配しているのは『声』など無視した別の感情である。


 やがて少女は数か月前に無人となった、廃ビルの中へと入っていった。階段を幾つも上り、辿り着いた先はがらんと何もない広い空間。人ではなく、影に支配されたかのような世界で、少女は歩みを止めた。


 少女の名前は高尾たかおいろは。

 一見してどこにでもいそうな、少し斜に構えた女子高校生である。


 廃ビルには先客がいた。


 若い男だ。男というよりも少年という年頃だった。背は高くない。中背のいろはと変わり映えしない。


 薄い色合いの髪はゆるく癖毛で、顎は細く、肩幅も男にしては広くない。すとんと落ちるなで肩が、少年を華奢に見せていた。くるっとした瞳の上に優しい曲線を描く眉。小さめの唇は桜色で、頬も薄く色づいていた。


 少年もまた、制服を着ている。紺のブレザーにチェックのズボン。白いカッターシャツにきちんと結ばれたネクタイ。いろはと同じ制服であった。


 少年の名前は龍田たつたいづる。

 愛玩動物扱いされそうな外見を持つ、男子高校生である。


 窓も枠ごと撤去され、壁紙や床張りも剥がされて剥き出しのコンクリート。照明もなく、差し込むは頼りない月明かり。無粋な四角い柱が天井を支える。

 気の弱い者ならまず立ち入らない夜の廃ビル。


 そこで二人は静かに向き合った。


 交わす言葉はなく。気負いもなく。


 いろはといづる。


 二人とも長いナイロン製の合成皮革で出来たバッグを肩に下げていた。どちらからともなく無言でバッグのチャックを開ける。

 中から現れたは、刀。

 高校生に不釣り合いなそれをいろはは左手で腰のあたりに下げる。空になったバッグは後方へ投げ捨て、右手は柄に。左足を引き、地に着くほどに腰を落とす。蜻蛉とんぼを取った。


 対するいづるは、剣尖をいろはの喉に向け、左肘を曲げて水平に構える。槍術の構えを思わせるつけの構え。


 両者、口元には微笑み。肩は落ちていて、表情のみに目をやれば世間話でも始めそうだ。


 殺気もない。力みもない。


 それもその筈。二人にとって殺し合いは日常の延長なのだから。


 冷たく冴えた空気と共に、二人の意識が張りつめていく。


「2年A組 高尾いろは」

 朗々と張ったハスキーボイス。


「2年A組 龍田いづる」

 空に響くソプラノボイス。


 高まるは緊張ではなく、高揚。歓喜。

 頬を染め、潤む瞳は月光を弾く。


 恋に堕ちた逢瀬のごとく、互いの姿を捉え合う。


 きりきりと絞り。限界まで張り。

 ゆるりと足だけが間合いを探っていた。


 刀放つ時を心待ちにして。

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