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鬼さんこちら 手の鳴る方へ

 毎夜、午後10時から自動的に始まるVRゲーム『ブラッディ・メープル』。一番最初のチュートリアルの夜。彼女と引き分けに持ち込んだあの日以来、いづるはいろはに負け続けている。


 最初の頃こそ、気兼ねなく何度も挑みに行っては、返り討ちに合って強制ログアウト(殺されていた)

 そのうちいづるの周りには、おこぼれに預かろうとする女子生徒ハイエナが群がるようになり、おいそれと仕合いを申し込めなくなった。

 久しぶりにセッティングした仕合いだったというのに、無粋な邪魔が入っておじゃんだ。



 味気ない廃ビルには、いつの間にか人がひしめき合っていた。

 ひしめいている人間は全て黒一色の忍び装束。NPCだ。彼らに取り囲まれ、いろはといづるは自然と広間の中央で背中合わせに刀を構えた。


 続々と集結してくるNPCの数は、数えるのも面倒である。


「卒業前が勝負なんじゃなかった?」

 いろはの背中の体温を感じつつ、いづるは咎めるような声を出した。


 早い段階で一位のいろはを倒すと、もう一度いろはがプレイヤーたちを撃破してポイントを稼ぎ直す時間を与えることになる。だからいろはの読みでは、仕掛けてくるのは卒業試験の間近だった。


「待ちきれなかったか、読みが甘い馬鹿だろうな。どっちにしろ、馬鹿は馬鹿だ」

 背中から返ってきた声には、隠しきれない笑いが含まれていた。嬉しそうないろはの顔が目に浮かぶ。


「この場面で何で嬉しそうかな」

 溜め息と共に呆れた気分を吐きだす。


「いづるもな」

 スパっと切り返されて、いづるは唇を尖らせた。

「僕じゃないよ。喜んでるのは妖刀こいつ

 右下段へ構えている刀の切っ先を小さく揺らす。手の中にあるのは、紅の柄巻き。

 妖刀『村正』だ。妖刀は血を欲す。そういうものらしい。



 初めていろはと戦ったあの日。死の恐怖におぼれたいづるは、妖刀『村正』が目の前にぶら下げた藁にすがった。途端に意識を『村正』に乗っ取られた。いや、あれはどちらかというと、浸食されたといった方が正しい。


 あの柔らかな肌に刃を突き立てたい。肉を切り裂きたい。

 紅の飛沫を噴出させ、己を紅に染めろ。

 その為の手段を教えてやる。


 最初から知っているかのように体が自然に動いた。自分の体が勝手にいろはの刃を避け、突きの攻撃を放っていた。夢でも見ているような緩慢な感覚なのに、高速で事態は動いている。間近で起こったことが、遠い出来事のように感じる。ふざけるな、と思った。


 いろはの抜刀による攻撃を受けて、血反吐を吐いて転がった時、いづるは無理矢理自分の中に入り込んだ『村正』をねじ伏せた。


『おいおい。大人しく見てろよ。俺があの女を斬り刻んでやるからよ』

『ふざけるな。彼女を斬るのは僕だ。お前は力だけを貸せよ』

『ああ? お前こそふざけるなよぉ? 俺の力がなけりゃ、手も足も出ない雑魚が』

『雑魚で上等。みっともない雑魚だから、綺麗な彼女に挑むんだよ』


 理屈も何もない。妖刀を説得しようという気持ちすらない。ただ、渡してなるものかという、腹の底から燃えるような執着だった。


 自分が弱いとか、何をしても届かないとか。そうやって諦めて。

 守られるのが当たり前だとか。可愛さが武器だとか。そうしてすり替えて。


 誤魔化して生きてきた。そんな自分をいろはが殺した。


 殺されたいづるに湧いたのは歓喜だ。いろはに殺されるのは、いづるだ。妖刀などにその役を渡してやるものか。


『いいね、お前。なかなか、狂ってやがる』

 今度は自分の意思で体が動いた。剣術など知らないのに流れるように構えを取る。妖刀のサポートだ。


 体が片膝を立てた状態で構える。いろはの目を真っ直ぐに見つめ、来いと無言で誘った。

 このゲームはダメージを受けて体力が削られると、動きが鈍くなるらしい。嫌になるほど現実に即している。

 いろはの一撃を受けたいづるの体は満足に動かなかったから、来てくれるのを待つしかなかった。

 いろはがこのあからさまな誘いに応じなければ、このまま失血で体力もゼロ。強制ログアウトになる。


 結果は、相打ち。


 だがいづるは、あれは負けだと思っている。

 いずるの刃がいろはに届くよりも先に、いろはの刃がいづるの喉を突いていた。半分死んだ体で、惰性で突き出した刃がいろはの喉を辛うじて突いた。彼女の突きで体が流れていたから、いろはの喉へ刀が届いたのは、執念が呼んだ奇跡みたいなものだ。そんな無様な相打ちだった。


 あれから何度も、彼女に殺され続けている。ゲーム上での彼女の刃で。現実での彼女の視線で。


 いづるにとっていろはに殺されるのは、儀式だ。いづるの存在が彼女に塗りつぶされる儀式。どうやら妖刀はそんないづるを気に入ったようで、いづるの好きにさせてくれる。

 これはどうやら異例のことのようだ。現に、同じような妖刀モードに入った持ち主たちは完全に精神を侵食されている。

 いづるといろはは、そういうやつらを感染者と呼んでいた。妖刀に乗っ取られていた時のいづるの感覚をいろはに伝えたら、いろはがウイルスみたいだと言ったからだ。


 今、いろはといづるを取り囲んでいるNPCたち。その中に、おそらく感染者が紛れ込んでいる。

 妖刀はゲームをサポートする日本刀の人工知能にウイルスが感染したような状態。限りなく存在がNPCに近いのだ。だから気配を読むいろはにも違いが分かりにくく、他のNPCと同じ黒装束を着込んでしまえば見分けがつかない。


「これだけの数に紛れ込んだ鬼。そいつにやられないように、全部倒す。楽しい祭りだな」

 くくく、と背中に触れているいろはの体が揺れた。完全にこの状況を楽しんでいる。

 いづるの手の中の『村正』からもまた、喜悦が伝わってきた。

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