同じ阿呆なら 踊らにゃ損損
つまらない『強敵』から『本当の強敵』だといづるを認識した途端、いろはは全力で斬りかかりにいった。
防御、回避などいらない。突きの攻撃に合わせて、突きの攻撃。
いろはの刀がいづるの喉を突き破り、いづるの刃がいろはの喉を焼いた。
『強制ログアウト、な』
日本刀の笑いを含んだ声がした。
「……見つけた」
女にしてはいろはの低い声が、部屋の中の空気を震わせた。仮想現実から戻っての開口一番だ。
視界に広がるのは灯りの消えた自室。背中には柔らかいベッドの感触。
自宅にて、教師が告げていた時間通りに始まったゲームは、相打ちによる死亡で強制ログアウトという形で終了した。
高尾いろは
初期ポイント 20ポイント
プレイヤー撃破 プラス20ポイント
強制ログアウト マイナス20ポイント
現在 20ポイント
ランキング順位 5位 タイ
それがログアウト時に告げられた、いろはのゲーム成績。
他にも身体能力のパラメータウィンドウなどがあったが、いろはは無視をした。
いろははベッドから身を起こし、窓辺に歩み寄る。手を伸ばせば、滑らかなガラスの冷たい温度。
「龍田いづる」
熱い吐息がガラスを白く色づける。
秋の夜は長い。
朝を心待ちにしてれば、尚更。
窓の外には丸く冴えた月が蒼い光を届けている。リリリ。コオロギの泣き声が、静けさに風情を添えながら愛を歌っていた。
チュートリアルの翌朝。
クラスメートは上位2名の椅子を争うライバルになった。
同じ趣味の者を見つけ、気の合う者同士で手を組もうとする者。
机に座って、油断なく周りに目を走らせている者。
いきなり本題に入って協力関係を築く者もいる。何気ない会話や態度の中に、駆け引きが始まった。
ゲームの大きなルールはこうだ。
ゲーム内にはクラスメートがプレイヤーとして同じ時刻にログインする。プレイ時間は午後10時から12時までの2時間。
ゲーム内には多数のNPCがいる。当然NPCは全て人工知能である。
ゲームにはランキングが存在する。ポイントが高い者ほどランキングは上になる。
プレイヤーには初期に20ポイント付与されている。
NPCを倒せば一体につき10ポイント。
プレイヤーを強制ログアウトさせればそのプレイヤーのポイントを奪うことが出来る。
強制ログアウトしたプレイヤーは自分を倒したプレイヤーに全ポイントを奪われる。
プレイヤー同士の連携で他プレイヤーを強制ログアウトさせてもいい。強制ログアウトさせたプレイヤーのポイントを連携した人数で割り、小数点を四捨五入したポイントが連携したプレイヤーに入る。NPCを倒した場合は10ポイントを同じように割る。
NPCは一体につき5ポイントを支払って味方につけることができる。
戦うフィールドはあらかじめ用意されているが、プレイヤーが創造することも可能。プレイヤーがポイントを使って罠を設置することもできる。使うポイントは罠によって異なる。
ゲーム開始から、一年以上たった。
クラスメートは36名。
早い段階から、いろはといづるは分かりやすくクラスの中で頭角を現した。
この間いづるの周りにはいつも女生徒の人だかりが出来た。女生徒が多いとはいえ、男子生徒もいる。プレイヤー同士の連携が出来るというルール。これがあったからだ。
「いづるくん、今日は私と回って」
「うん、いいよ」
「いづるくん、私も」
「ごめん、この前一緒に行ったでしょ? 皆平等に仲良くしたいんだ」
両手を合わせ、申し訳なさそうに眉を垂れさせて小さく首を傾げる。
いづるはゲーム中に連携する人数を5人と決めていた。同じ人間を連続で連れてはいかない。連れて行く回数が偏らないよう、調整した。
お陰で組んだことのあるクラスメートの能力は全て把握しているし、彼らのポイントはどんぐりの背比べだ。
いろははゲームランキング1位、いづるは2位。
いろはは逆に、誰ともつるまなかった。あっという間に単独トップの座に躍り出た彼女へ、いづるほどではなくても何人もが誘いをかけていたが、いずれも手酷く一蹴された。
ランキングの順位は、不動であるいろはといづるを除くと常に激しく変動している。
「卒業前が勝負だ。必ず3位以降が結託して、私たちを狙ってくるからな」
クラスメートの目を盗んで、二人きりになった時、いろはが言っていた。
プレイヤーを強制ログアウトさせれば、全ポイントが自分のものになる。逆に返り討ちにあって全ポイントを失う可能性もあるのだ。あまり早く一位を倒して自分が1位になってしまうと、今度は3位以降の的になる。
かといって、3位以降はどんぐりの背比べのポイントだ。遅すぎると1位か2位になれないかもしれない。
「さて、この滑稽なダンス。審査員の前で踊りきれるのは、誰だろうな」
いろはがくくくと楽しそうに喉を鳴らした。