硝子
翔子はもういないのだと聞かされたのは、入院して二ヶ月、半年ほど前のことだった。
それを話してくれたのは両親ではなく白衣の男。
穏やかな笑みでゆっくり話す私の主治医だった。
その頃の両親は週に一度訪れるかどうかで、主治医に会っても私には会わずに帰ることもあった。けれど悲しくも寂しくもなかった。
両親が私を見捨てたのではなく、私が先に父と母を捨てたのだ。
私の言葉を否定ばかりする母。
「お前は一人で生まれてきたのよ」と言う。
怒鳴って時には私を殴りすらした父。
そんな両親はいらないと思ったのだ。
嘘。翔子はいつも私と一緒にいる。私の目の前にいつもいる。
一人で生まれてきた人間には分からない双子の絆。
翔子はいつも笑って私の話を聞いてくれたけれど、父も母も私の話は聞きたくないと耳を塞いでいた。
そんな両親が私に優しい笑みを浮かべて話しかけてきたのが半年前。買い物に出掛ける気軽さで家を出て着いたのは病院だった。
帰ると叫んでも聞き入れられず、監禁されるように扉に錠がかけられた。
簡素なベッドと締め切られた曇りガラスの窓。小さな洗面台には鏡もない。
「翔子と話をさせて。すぐ帰ると言って出てきてしまったから」
叫んでみても耳を傾けてくれるのは静寂だけだった。
翔子がいない。大切な妹の翔子がいない。思うだけで不安になる。
明日になれば帰れるだろうか?
そう思い続けて眠りに落ちた最初の夜。
けれどそれが叶わないと知った二日目の夜。
翔子がいないと不安だと訴えると、担当医は穏やかな声で大丈夫だよと答えた。
看護師の目の前で飲む薬は、甘くも苦くもなく、けれど不安を消してくれた。
たぶん翔子は本当にいなくなったのだ。病気だったのか事故だったのか、誰も教えてくれないけれど、たぶんそれを言葉で聞かされたら私の心は死んでしまうだろう。だから誰も何も言わないのだ。
それから半年。
私は薬を飲み続け、曇りガラスの向こうに誰もいないと分かっていても視線を向けずにいられなかった時間は過ぎ、私はようやく翔子の死を受け入れようとしていた。
「今日は気分が良さそうだね、瑶子ちゃん」
いつものように話しかけてきた担当医を見つめる。
「先生?」
あぁ、見つけた。翔子はそんなところにいたのね。
「瑶子ちゃん?」
「翔子、かくれんぼしてたみたい。もうそんな年齢じゃないのにね」
医師は明らかに動揺し、室内を見回してから、
「翔子ちゃん、いたの? どこに隠れてた?」
降参と言うように医師は両手を挙げて私を見る。
「簡単に、みつからないよ」
すぐには教えてあげない。だって私は翔子の味方だから。
翔子は先生の瞳に映っているのだから。
ゾクリとして頂けたら幸い。