悪魔の槌VS序列四位の剣②
既に辺りに人気はなく、トンと序列四位の≪リ・セイバー≫、聖騎士アランが対峙するのみ。
街を襲っていた≪ドレイグ≫どもはあらかた気を失っているし、襲われた人々はさらなる被害を恐れて屋内へ戻り、家の戸を固く閉じている。
「え……、≪ドレイグ≫……?」
トンの背中に隠れるシルビアが、はっとした声で呟く。
「意外なことじゃねえよ。ほら、これみりゃ分かるだろ?」
トンは、努めて笑って、その手にするハンマーを見せた。
シルビアはそれを凝視する。ようやく分かったようだ。
「そ、これは“悪魔の槌”ベルグハンマー」
「三年前に起きた『ガロンの乱』……反乱軍側の総大将、ガロン・ビロードビレッジが用い、数多の都市を壊滅させた“悪魔の槌”さ。
教会(真教連)に禁具指定された破壊兵器。所持するだけで大罪とされるその得物を駆るのが……特A級ドレイグ、トン・ビロードビレッジ君さ。ガロンの息子だ」
青髪の美青年、≪リ・セイバー≫序列四位の聖騎士アランが髪をかき分けて涼やかに言う。
「訂正があるぜ。反乱を起こしたのはガロンじゃねえ。ガロンの名を騙ったゼキムってやつさ」
ガロンはトンの父。刀工として名高い鍛冶師だった。そしてゼキムは父ガロンの弟子。トンに実際にハンマーを操る術を教えた、兄弟子でもあった。
三年前だ。ゼキムはトンの父ガロンの下を抜け、新しく国を統一したカムラン王国に対して反乱を企てた。ゼキムは以前から政治主張が激しく、新しくできた政府に国は任せられないと憤っていた。
直前に、ゼキムはガロンに反乱軍の象徴となる武器を注文した。ガロンがそれを断ると、ゼキムは手下と共にガロンの工房を急襲し、ベルグハンマーの試作品を強奪していった。
その襲撃の最中、ガロンは死んだ。トンは、父からベルグハンマーの「真打」を託されて、今に至る。
一方のゼキムは、あろうことか「ガロン」の名を騙り反乱軍を指揮していた。
ガロンは当時、名だけ広まり自身は隠遁生活を送っていたため、ガロンをよく知る人物がその名を名乗れば、世の人々を集めて騙すことは容易だった。伝説の投稿の名を騙り、奴はあまたの戦士を反乱軍に加えていたのだ。
「どちらでも構わない。世間ではあの名工ガロンが反乱を起こしたということになっている。そしてその反乱の象徴を操る君が、≪リ・セイバー≫でありながら教会によって≪ドレイグ≫に指定されていることも」
聖騎士アランは、涼やかな声音を変えず、左手を背中の剣の柄にやった。
「とはいえ、ガロンの息子である君に一つ伝えておきたい。私はガロンの刀工としての腕には敬服している。現に私が愛用している剣は全てガロンが自ら打ち、数多の戦士の誉れを浴びたものばかりだ」
アランの背中の鞘から、巨大な刃が生まれる。
「中でもこの<バランエッジ>はガロン中期の傑作でね……ぜひ“悪魔の槌”と凌ぎ合ってみたいのだ」
序列四位の聖騎士は、正中線で剣を構えて口の端をにやりと釣り上げた。
トンは、構えで以て応じた。
奴は特A級≪ドレイグ≫であるトンを倒すことで得られる莫大な点数を目当てに勝負をけしかけてきている。対してトンは、アランを倒しても得られるものは何もない。あくまで点数は≪ドレイグ≫を倒さねば手に入らず、同じ≪リ・セイバー≫を討っても何の益もなかった。
しかし、トンはこの勝負を受けて立つ所存だ。剣が全てのこの世界で、ハンマーがそれを超えることを証明しなくてはならない。
父の無念と、自分の夢のために。
三年前――――『ガロンの乱』の後、トンは真教連とカムラン政府が設けた秘密法廷へ連行された。
そこで父の無実を叫び、またベルグハンマーも反乱を起こした張本人・ゼキムが使用していたものは父が打った試作品であり、「真打」は一度も戦闘に使われてはいないと主張した。
父ガロンが、剣とハンマーを何より愛した父が、自らが鍛えた最高傑作である槌が大量破壊に使われるのを認めるはずがない。
それを証明するために、トンは≪リ・セイバー≫となった。父と父の槌にかけられた濡れ衣を拭い去るために。
父が最期に打った、剣ではなく“槌”が、平和の象徴としてみんなの心に根付くように。
そのためには、≪リ・セイバー≫の序列の中で、高位に食い込むしかない。単に点数が欲しいんじゃない、父の形見ベルグハンマーで、多くの人を救っていきたい。
仮初めの平和の中で今なお苦しんでいる人々の力になりたい。
そしていつかこの槌に付いた「悪魔の槌」なんて汚名を拭って、あの世にいる父の魂を救ってやりたい。
「では…………行くぞ」
アランが動く。その健脚が地面を蹴ると、彼の体躯は弓からはじかれた矢の如き勢いで、彼我の間合いを侵食した。