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悪魔の槌VS序列四位の剣①

 野太い男の怒号に、少女の悲鳴も混じっていた。


 トンは衝撃波を撃った先へ急行する。


 

 地面に投げうたれている≪ドレイグ≫達の姿。だがどうでもよかった。トンの視線は、ひたすらただ一人を求めていた。「あいつ」は。無事か、シルビア――――。


 すぐに目に入った。土に汚れても美しい輝きを放つ金色の髪と、肢体を包む白い衣服。


 シルビアは、「うっ……」と呻き、眉間に皺をぎゅっと刻むと、薄目を開けた。その直後にはね起きて、何かを探すように手をじたばたと動かす。


 彼女の白い手が、誰かの体に当たった。幼い、黒髪のおさげの女の子。シルビアはそれに気づくと、女の子の体に寄り添った。


 街の各所で暴れていた≪ドレイグ≫達も今はここに集まっている。トンは賊の方へ体の向きを変えてベルグハンマーを構えるが、その前に、後ろにいるシルビアに向かって叫んだ。



「早く逃げろ! 巻き込まれるぞ!」


「え……、でも!」


「≪ドレイグ≫どもが湧いて来てる! わかるだろ!」


「でも…………、“鍵”が! 鍵をかけたのはわたしだから! 外さないとこの人たちが……!」


 要領を得ないシルビアの返答に、気になって振り返ると、横たわっている母と子の体に黄金に光る“ダイヤル式の鍵”が浮かんでいた。



 それを見て、トンはむしろ安心した。紛れもない、この後ろで慌ただしくしている少女こそが――――シルビア・ロレンティだと。



 トンの昔の相棒だった“シルビア”は死んだ。けれど、今ここにいる『シルビア』は生きている。


 それだけ確かめられれば、やることは一つ。もう絶対、『彼女』を失わないことだ。


「よそ見してんなやクソがああああああああ!!」


 新手の≪ドレイグ≫達が次々に向かってくる。大多数が長剣、短剣、刺突剣などの剣だが、それに加え槍、鎖鎌、鉄球など、まるで見本市かのように多種多様に揃った凶器群が、トンに迫る。


「……悪い悪い。一人一人相手にすんのダリいからさ、雑魚相手に。まとめてブッ飛ばそうって考えてたんだ」



 トンは不敵に言い放ち、賊の固まりが自分という一点に凝縮する瞬間を待った。

 その時が来たと同時に、トンはベルグハンマーを地面に叩き付けた。

 この街で最大級の衝撃を放つ。

 即ち、それは必殺の技、



「ベルグハウンドッッッッ!!!!」



 会心の一撃が、街の賊を一掃した。


 ブっ放された爆風は賊の体を豆粒のように各所へ飛ばし、建物の壁にめり込ませる。

 これでも誰も死なないように“槌加減”を調節しているつもりだった。

 トンの眼の前から、あっという間に誰もかれもがいなくなった。新手ももう出てこない。


 後ろを振り返った。シルビアが、女の子と母親にかけていた“鍵”を解除し終わっていた。


 母親はすぐに立ち上がって、女の子を抱きかかえてシルビアに礼を言うわけでもなく立ち上がった。女の子は、母の腕に抱かれながら、シルビアに向かってほほ笑んだ。女の子なりの感謝を表したのかもしれない。しかしシルビアは、何かに失敗したことを悔いるように、曇り切った表情で俯いていた。


「よお。大丈夫か?」


 トンはそんな彼女に手を差し伸べた。


 しかし彼女は、トンの手が目に入ると、視線をそらして走り出した。


「お、おい!」


 トンは慌てて追いかける。あっという間に追いついた。というか、シルビアの走りは走ることに慣れていないって程に、不慣れでノロい。


 打ち倒した≪ドレイグ≫が再び目覚めて襲ってこないとも限らないので、トンはシルビアを手近な建物の陰まで誘導した。


「ここなら大丈夫だろ」


「……」


 シルビアは俯いて、無言のままだ。


「無事でよかったけど……あんた、なんであんなとこにいたんだ? 襲われてたのか?」


「≪リ・セイバー≫になりたかったんです……ずっと、わたし引きこもっていたから。誰かの救けになりたかった……そんな浅はかな気持ちだから失敗するんですよね、」


 誰かに聞かせるというより、独語といった感じでシルビアは呟いていた。「失敗」とは先ほど、母と子に意図せず“鍵”をかけてしまったことだろう。


 以前相棒だった同じ名前の“シルビア”も、そんなことを言っていた。昔は自分が持つ“鍵”の異能をうまく制御できず、意図せず、突然に、誰かに鍵をかけてしまっていた、と。


「と、とにかくよ、あんたは一旦家に戻った方がいいぜ。ドレイグどもがいつ目を覚ますとも限らねえし、他のリ・セイバーが来るまで時間がかかるだろうし」


「…………はい。救けてくれて、ありがとうございました」


 シルビアは、項垂れたまま、感謝を述べた。その言葉には、力がない。


「おう。俺は、トン・ビロードビレッジ。良かったらあんたの家まで、送っていくよ」


 別に他意はない。あの神父じゃあるまいし。


ただ本当に、今、女の子一人を歩かすには危険だったからだ。繰り返すが他意はない。


しかしシルビアは、トンの言葉よりも、トンが差し出した右手に注目して、


「…………ごめんなさい」


 そう言って、もう一度、大きく項垂れた。


 踵を返したシルビアの背中に、トンは問いかける。


「そっか。じゃあ、名前だけ、聞かしてくれるか?」


 どうしても、彼女の口から確かめたかったことだった。


 これには、振り返って答えてくれた。



「…………シルビア・ロレンティです」



 そう言った彼女の表情は、少し柔らかくなっていたように思えた。

 まるで名前を誰かに聞かれたことが、久しぶりだったというような感じで。





 トンも、それに笑顔で応じようとした。笑顔で、お別れを言おうと思った。しかし。


「……シルビア。ゆっくりこっちに戻ってこい」


 代わりにそれだけ、伝えた。シルビアはえ、といった顔になり、その彼女の正面に、大きな人影が現れた。



 金色に輝く鎧、それを鎧う姿からは信じられないほどに小さく端麗な顔、そして≪リ・セイバー≫の証である得物は、持ち主の背丈を超えるほど巨大な刀身を鞘の中に納めていた――――。



 その青年は青くさらさらとした髪をなびかせて、綺麗に結ばれた口の端を開いていった。


「君を探していた……ようやく見つけたよ」


 その言葉は、明らかにトンに向けられていた。


 トンもこの男のことを知っている。会うのはこれが初めてだが、話に聞いていた特徴と合致する。


 すなわち、≪リ・セイバー≫序列第四位、聖騎士アラン・エイワスである。



「さて、不躾ながら手合わせ願おう…………特A級≪ドレイグ≫、トン・ビロードビレッジ殿」

 


 告げられた事実に、後ろで金髪の少女がビクリと体を大きく刻んだのが、トンには分かった。

 

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