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少女の視点

 剣を握る手元は震えていた。それは仕方のないことなのかもしれない。

 それでも一歩踏み出そうとするたびに竦む足だけはどうにかしたかった。

 目の前で、街が襲われているというのに。


 ≪ドレイグ≫がキースの街を荒らしていた。

 窓の外から見えるその光景は、酷く暴力的で見るだけで心に痣を残しそうな現実だった。

 

 剣を振るう男たち。その刃に晒される無抵抗な人々。彼女が家の中から覗く限り、死者は見えないが傷ついて路上に蹲る人の数は両手で数え切れないほど転がっていた。

 その脇を、強奪した品物を抱えて悠々と鼻歌交じりに過る無体な男たち。≪ドレイグ≫と呼ばれる盗賊どもだ。


 彼女は、家の中にあった剣を握りしめて、未だ屋内に隠れていた。

 

 何をしてるんだろう、わたし。≪リ・セイバー≫に憧れてたんじゃないのか。

 彼女が剣を握る理由は、自分の身を護るためじゃない、積極的に、誰かの身を護るためだ。

 

 それなのに、外に出ようとすると足が竦む。動かせなくなる。



『きゃああっっ!!』


『アヒャヒャヒャ!』



 若い女性の悲鳴。それに覆いかぶさる野太い男の声。


 窓を完全に締め切っているのに、家の中まで聞こえてくる。


 それでも、足が動かなかった。


 そうだ。普段から、人とのかかわりを避けてこの家の中にいるのに、こんな時だけ都合よく足が動いてくれるわけがないのだ。当たり前だ。

 これをきっかけに外に出られるようになるかもしれない、自分に絶望なんてしなくて済むかもしれない、なんて。

 

 なんて、浅はかな動機なんだろう。なんて、なんて……。

 

 伏せた目を一旦上げると、そこにある光景が飛び込んできた。

 

 窓の向こうで、母親と小さい女の子が襲われている。

 無防備な母子に、≪ドレイグ≫たちが刀を振り上げて襲い掛かっていた。

 刀はひどく美しく、誰も斬ったことのない無垢な刃だろうということが、窓越しからも分かった。それを使って、試し斬りでもするつもりだろうか。

 

 

 白刃の下に、女の子が晒されていた。泣き崩れながらもその口は、間違いなく『救けて』と叫んでいた。

 


 シルビアは、家の戸を開けた。

 


 外に出ると、女の子と母親を襲う数人の≪ドレイグ≫に向かって、自らの諸手を翳した。

 

 強く念じた。己の『能力』が発動する瞬間に、体の中が熱くなった。

 

 ≪ドレイグ≫たちの動きが止まった。

 

 全ての挙動が止まった賊の、腕に、足に、金色の“鍵”が浮かび上がっていた。

 ダイヤルが取り付けられており、その周りに数字が彫られている“鍵”。

 それは、紛れもなく少女の『天地人能力スキル』であった。


「やった……!救けられた……!」

 


 後は。

 

 早く、逃げて。シルビアは母子を見て思う。腰が抜けているようだが、賊の動きは今止まっている。シルビアの鍵なら彼女が解除しない限り絶対に外せないから、逃げるなら今だ。

 

 けれど。


 いつまで経っても、母と子は動かなかった。

 むしろさっきより、二人は恐慌の度合いを深めていた。

 

 まさか……!まさか!

 

 シルビアは母と子に駆け寄った。二人の腕や脚に視線を走らせた。

 

 そこには“ダイヤル式の鍵”が浮かんでいて、母子の行動を封じていた。

 

 『暴走』だ……!また、やってしまった……!起きてしまった……!

 

 シルビアは急いで、二人の体の各所に付けられた『鍵』を外しに動いた。

 

 彼女が設定した四ケタの番号一つ一つにダイヤルを合わせる。焦りが手に伝わり、指先が滑った。女の子の体に浮かび上がっている『鍵』はざっと数えて八つある。今一つ目を解除した。早く次へ……!

 

 しかし状況は。都合よくシルビアを待ってはくれなかった。

 

 忍び寄る気配。剣を握り、恐ろしい形相でシルビアを睥睨する男達。

 

 シルビアは思わず“鍵”の解除を中断し、顔を上げる。

 

 凶刃が、シルビアの体躯を刻まんと振るわれた。



 自らの『スキル』を敵に向けて使用する一瞬など、全くなかった。

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