君の隣で
「ふひい~~、疲れた。 やっぱまだまだ修行がいるな……コレ」
土まみれの服をはたいて、トンが手元で光る銀のハンマーに目を落とす。
父親から譲り受けてからというもの、日々扱いこなす鍛錬を積んでいるつもりだったが、まだまだ修行が必要なようだ。
―――結局、体をふっ飛ばされたが、大した怪我はしないで済んだ。
「まだまだ修行が必要だね♪ トンには!」
「るっせー! 自覚してること他人に指摘されるとムショーに腹立つんだぜ!」
「あはっは、トンの八つ当たりだー!」
「楽しむなコラー!」
隣を歩く、トンの“相棒”がケラケラ笑う。
「それにしても! 久しぶりの人助けだね! 今晩のお夕飯、どんなごちそうが食べられるんだろ~~♪楽しみ!」
“シルビア”が喜んでいる。≪リ・セイバー≫としての報酬が入ることを見込んでだ。本来なら、あの母子二人を山賊から救けたことで、教会からその働きを認められ、報酬を手に入れられるはずだった。だが。
「食えねえよ。 教会に証拠を提出できねえからな。 あの親子、俺を狙う他の≪リ・セイバー≫の連中を見て、怖がって既に逃げちまってた」
トンがため息をついて“シルビア”の期待を打ち砕いた。
トンは≪リ・セイバー≫だ。このカムラン王国でああした、親子二人を襲ったような無法者……≪ドレイグ≫を退治し、報酬をもらう、「教会」によって雇われた治安維持要員。ただ彼が唯一他の≪リ・セイバー≫と違うところは、多くが剣を武器にするのに対し、手にする得物が“ハンマー”であること、そして自らも……“悪魔の槌”と呼ばれるいわく付きのハンマーを握るが故に、他の≪リ・セイバー≫に追われているという点だ。
だから親子を助けた直後に襲撃をかけてきた剣士たちは、皆同じ≪リ・セイバー≫だ。トンの握る槌……“ベルグハンマー”、またの名を“悪魔の槌”にかけられた多額の報奨金を目当てにして。
「え~~。 そんなあ~~」
“シルビア”がお腹を鳴らして不平も漏らす。
「仕方ねえだろ、今日も今日とて他のお仲間の邪魔が入ったんだからさ! ったく、万事こんな調子で、いったいいつになったら序列一位になれるんだーー!」
うがー!と叫んで、トンのお腹も鳴った。
教会は、活躍した≪リ・セイバー≫たちに報酬金の他に“マイル”と呼ばれる点数を与え、その多寡でランキングを作成していた。全ての剣士たちにとって、序列高位に食い込むことこそが名誉であり、人生を賭けた目標であると言えた。
もちろんトンも、序列高位、いや第一位を目指している。序列第一位にのみ与えられる称号、≪グラン・セイバー≫の名を手にすべく日々奮闘している。
剣が全てのこの世界で、この、“悪魔”と呼ばれるハンマーで。
そんな彼の現在の「序列」は、10000人中9536位だった。まだまだ先は長い。
「じゃあ仕方ない。 今日はわたしがおごってあげよう!」
「うお、マジか!」
「トンの次の報酬へツケておくね!」
「え、え~~。 マジか~~……」
肩を落とすトンを見て、“シルビア”はくすくすと笑っている。
金砂で染め上げたかのように美しく輝く長髪と、深海の色を閉じ込めたかのように蒼く潤う瞳を持つ、隣を歩いているだけでも誰かに羨まれるほどの美貌の持ち主である彼女が、トンの相棒だった。細く白い指先が隣で揺れるたびに、その手を握りたくなる衝動に駆られるが、トンはいつもガマンして、憮然とした表情を作って歩いていた。
正直に言って、惚れていることを隠しながら共に旅するのはマジでつらいことだった。
でも今日は、一つ怒らねばならないことがある。これだけは言っておかねばならぬことがある。
「飯のことは置いといてさっきのことだ。 あれ、どこ行ったんだと思ってたら……あの殺気だった連中に一人で踏み込んで、いったい何考えてんだ」
“シルビア”がトンを狙う他の≪リ・セイバー≫の中へ割り込んだ件だ。あの時彼女の持つ『鍵』の異能で敵の動きを封じられたからいいものの、その前に敵に斬り刻まれていたら目も当てられない。
「だって……」
“シルビア”がポツリ、と、呟くように言う。
「わたしが、トンを狙う人たちの動きを止めて……それで、トンが少しでも怪我することが減ったらいいなって、思ったから……」
そう言って目を細める“シルビア”の眼差しは、真剣そのものだった。トンは急に様子が変わった彼女に驚いて、その真面目な視線から目を逸らし、頬を少し赤らめた。
“シルビア”が、涼やかな声とともにようやく微笑った。
「うふっ、トンってば、照れてる」
おどけた声音に戻っていた。
「だ、だーれが照れてるよっ!」
おちょくられてとうとう冷静でいられなくなったトンは、大声を出してしまった。頬は紅く染めたままなので、イマイチ決まらない。
「はいはい。 分かりましたよ~~。 取りあえず、お夕飯は手近な村で食べよう!」
「せっかくだからさ、街にいこうぜ。 この辺ならネテルの街が一番近いし」
「あ~~、あそこね! あそこにおいしい鹿肉のお店あるから、そこにしない!?」
「え、でも高いんじゃないのか」
「そこはトンにつけとくから! ね、行こう!」
「結局それか! まあ……疲れたし、そうするか」
“シルビア”に押し切られて、トンは今晩をとびきり高い店で食べることに決めた。でもなんだか、二人で囲む夕餉を想像すると、嫌な気はしなかった。
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これが、最後に過ごした“彼女”との、楽しかった記憶だ。
この日、“シルビア”は死んだ。
トンだけが生き残った。
楽しかった記憶は、今は、痛みを帯びてトンの脳裏に蘇る。
隣を歩いていた相棒は、今は、もういない。




