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その手に触れて

 後ろから駆け足の音。

 トンも、シルビアの後を追ってきている。


 階段を下りきったところで、シルビアは躓いて転ぶ。

 ビタン、と派手な音を立ててしまったが、すぐに立ち上がって家の玄関へ向かう。


 だが、そこで立ち止まってしまった。



 やはり、家の外につながる扉を開こうとすることには、まだ心理的な負荷がかかる。



 そうこうしている内に、トンに追いつかれてしまった。


「お前の過去にどんな出来事があったかなんて詳しくは知らねえし、お前の能力の暴走を肩代わりしてやることもできねえ……。

 だから、俺はお前に『受け入れてくれ』なんて言えねえ」


 トンは再び、指を開いて、シルビアの前に差し出した。


彼は続けた。


「だったら俺は、こう決めるよ。『お前が受け入れてくれるまで、何度でも手を伸ばす』」

 そして再びシルビアの目の前に、切なく暖かい彼の掌が広げられた。

 

――――一瞬、その手に触れてしまいそうになった。




 ガシャン。


 と、不意にトンの懐から何かが落ちた。


 金色に光を放つ鍵だった。



 シルビアは、なぜかそれから自分と似た“匂い”を感じた。



「これは……?」


「ああ、これはな、…………がっあっ、あぐ!」



 トンが、頭を抱えて唸り出した。

 ひどい頭痛が襲い掛かってきているようだ。


「大丈夫ですかっ!?」



 思わず、シルビアはトンに駆け寄った。


 駆けながら前に振ったシルビアの左手を、トンは逃さなかった。

 トンは片手で痛む頭を押さえながら、もう片方の手でシルビアの左手を、しっかりと掴んだ。



「捕っまーえた」


「あ……」



 いくら時間が経っても、シルビアの手を掴むトンの腕には“鍵”は現れない。

 シルビアが危惧した“暴走”は、起こらなかった。



「俺、信じてたから。

 暴走なんて起こらないって。

 それに」



 トンは、固く結ぶ二人の手に視線を落として、言った。



「……たとえ鍵がかかっても、お前が必ず外しに来てくれるって信じてたからな」


 シルビアの頬が、じんわり紅くなる。


 トンは痛む頭をもう一度強く押さえて、


「思い出したくない過去なら俺にもある。

 悲しい記憶きずにうなされる夜もある。

 けどさ、」



「そういうやつらで、せめて一人にならないように手を繋いでいたら、

過去きずも、いまに溶けて薄れていくんじゃねえかな」


トンの言葉に、シルビアは、何も言えなかった。


ただただ、体を熱くするだけだった。


何か言う代わりに、体をゆっくりとトンに近づける。


許されるだろうかと戸惑いながらも、シルビアはトンの胸に頭を預けたいと疼く衝動を抑えきれなかった。


彼の胸にゆっくりと忍ばせた金髪の頭を、大丈夫だというように、トンは優しく撫でてくれた。



抱き合うように、二人の時間ときは流れていく。







◇    



 そのころ。


 丘の上の教会。



 いつもの如く行きつけの娼館のメンバーズカードを握りしめ、ブーニン神父が教会から出ようとすると……。


「し、神父様!大変ですッッ!!至急お耳に入れたいことが……」


 


 ブーニン神父の夜遊びは、年若い後輩神父が慌てて持ち込んだ一報によって中止に追い込まれた。

 


「な、なんじゃと……!本当か?」



 ブーニン神父は、キースの街の方角へ視線を伸ばした。


 あそこで今、邂逅したであろうトンとシルビアを思う。



 その上でこの報せが事実だとしたら……。


 トンとシルビアにとって、間違いなく最悪の現実が迫っていた。


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