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敵わぬ人影

 え?と彼女が振り返る。気が付いていなかったらしい。“シルビア”の背後にそびえ立つ漆黒の人影。

 

 トンの位置からは顔が見えない。けれど彼女は、その男の容貌を確認すると、



「――――逃げて、トン!!」



 叫んだ。トンを背にして立ち、彼を何かから護るように手を広げた。


「えっ、何がどうなって……」

「いいから、行ってッッ!!」


 日ごろ聞いたことのない鬼気迫る声だった。トンは訳が分からず、ついこちらも語気を強めてしまう。


「説明をしろよ!なんで俺が逃げなくちゃならないんだよ!そいつ何なんだよ!」


 しかし彼女は多くを喋らず、


「お願い、トン……。行って……。今は……」



 こちらに振り向いた顔は、涙をためて悲壮感に満ちていた。


 トンはその迫力に、不覚にも呑まれて、後ろへ走った。


 しかしシルビアの姿をこの眼で捉えられる距離は保ちながら。


 彼女の様子を見ると、漆黒の人影と二三、言葉を交わした後に、街の外れを目指して走り出した。黒い人影もそれを追って動く。


 戦闘だ。彼女は、あの謎の黒い人影と交戦するつもりなんだ。


 トンも、二人に気付かれないようにして後を追った。


 通りの真ん中で繰り広げられた尋常ならざる展開は、辺りの人々の好機の視線を集めていた。





 戦っていた。彼女は、戦っていた。


 淡雪のように白く滑らかな柔肌は、今は、自らが流す血で染め上げられていた。


 それでも、いくら傷ついていても、その眼光はたわむことなく光を放っていたと思う。


 草原のような場所、街はずれに位置するところだった。


 彼女は、折り畳み式の槍を構えて穂先を振り回していた。彼女も、今はトンのサポートに回っているが元々は≪リ・セイバー≫だ。その得物も剣が多いこの界隈ではあまり多くない、“槍”。

 それでも身の丈にあったこの武器を、彼女は自分の手足のように使いこなしていたと思う。その彼女が、今は漆黒の男の前で手も足も出ていなかった。

 

 その黒影は、全ての物理攻撃を無力化していた。

 

 シルビアが放つ槍の一閃。細腕から放たれるそれはしかし必殺の技の冴えを誇ることは間違いなく、当たれば男の体躯を串刺しにすることは必定であった。

 

 しかし攻撃の軌道は、男に届く前に逸れていった。

 

 攻撃が届く直前で、空間が不思議に“歪んで”いた。

 

 螺旋状に捻じ曲がるのだ。

 

 この不可思議な現象は、どこの、どんな、どの角度の攻撃からをも男の体を守っていた。

 

 対して、男がその手から繰り出す銀の一閃は、確実にシルビアの皮膚を切り刻んでいた。

 

 男が振るう剣に、シルビアは為す術なく膝を着く。その剣は……刃が根元から『捻じれて』いた。剣というより、『螺子』だった。

 

 トンはたまらず割って入った。新手の≪ドレイグ≫か、トンの持つベルグハンマーを狙う≪リ・セイバー≫か。いずれにせよこの場を許すわけにはいかなかった。


「うおらああああああっっ!!」

「トンっ!」


 トンの乱入に、血まみれのシルビアが叫んだ。しかし彼女の言葉は耳に入らず、トンは男に牙を剥いた。


 初めて間近で男の姿を確認した。艶美な彩を放つ金色の髪、浅黒い肌、そしてその肌に載せる左頬の紅十字の刺青。目線は前髪で隠れていたが、口元だけが、歪に歪んで白い歯を見せたのが分かった。


 トンは、ベルグハウンドを撃ちまくった。


「うらあっ!!どらあっ!!ぐらああああっっっっ!!」


 下手すれば相手を殺しかねないくらいの至近距離だということを全く視野に入れずに、槌を振った。発する衝撃波はとっくに男の体躯をふっ飛ばしていなければならないはずだった。



 しかしその全てが――――外れた。螺旋状に『歪む』空間のせいで、トンが放った攻撃が全て躱されてしまったのだ。


 軌道を逸らされた衝撃波が、木々や地面を穿って消えた。衝撃の残響が虚しく響く。


 トンの本能が察知した。こいつには勝てない。


 自分の今もてる全ての力を注いでも、この男を降すことはできない。


 それでも。


 シルビアだけは護り切らなくては。


 一瞬の思考のたわみを、敵に突かれた。



 ザシュッ!ビシュッ!



 螺旋に捻じれた銀閃が、トンのわき腹を抉った。


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