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その得物、悪魔の槌につき

「お願いします、どうか命だけは……」


「だから言ってんだろ! 金目のモン全部出せって!」


「お出しするものはもうありません……」


「ちっ、本当に有り金ねえのかよ。 文無しで夕飯時にガキ連れまわしてんじゃねえよ!」


 凶相を浮かべた男が恫喝する。他にも十名ほどの山賊と思しき出で立ちの男たちが、刀を振りかざして母と子を包囲する。


 二つの村をつなぐここテケル山道は、山賊――――それもこの世界で≪ドレイグ≫と呼ばれるもっともタチの悪い無法者たちが出没する、治安の悪い地域として有名だった。


「……んや、ちょっと待てよ? あんた、なかなか上等な服着てるじゃねえか」


 体を舐めるように見回していた山賊の頭と思しきスキンヘッドの男が、母親の着る高級そうな絹の着物に気付き瞠目する。


「こ、これだけは……」


「それだけで十分だよ。 まあ脱衣エスコートは俺たちに任せな、へっ、へへっ、ヒ」

 

 下品に肩を震わせて、頭目と思しき男が舌なめずりをする。そのまま手にした刃を、母親の高級そうな絹の生地に這わせた。



「お願い、お願い! やめてええええーーーー!」


「吠えてろ、吠えてろ。 ここには誰も来ねえよ」



「もう来てるぜバカヤロウ」




 その場にそぐわない少年の声に、山賊たちが一斉に振り向いた。その瞬間、





「全員いるか?……はい、ポーズッッ!」




 少年がハンマ―を振り下ろす。

 撃ちだされたのは槌より出づる衝撃波。

 拡散する衝撃の波に、山賊たちの体は一瞬にしてその場から押し出された。


「危なかったな。もう大丈夫だぜ」


 母子二人の視線が、救けてくれた少年の方へ向く。山道の脇の斜面から、少年は現れた。

 綺麗な銀髪はトサカのように逆立っており、ヘアバンドでまとめられて毫の乱れもない。その手に握り、逆さにして地面に突き立てているのは、銀に光る巨大なハンマー。その少年は、二人を安心させるかのようにニッと白い歯を見せた。


「さ、早く安全なところに……」

 

 しかし、なぜか、親子二人の表情は反対に、先刻以上に恐怖に染まっていた。

 


 少年の後ろに、人だかりができていて……皆、彼の脳天に向けて剣を振り下ろそうとしていたからだ。



「ちっ……」


 少年が殺気に気付き、振り返る。と同時に後ろから少年を狙う一人が剣を振った。

 バックステップで少年はこれを間一髪で回避。距離を取る。


「みんな、いたぞーー!! “悪魔の槌”だ!ここにいる!」

 

 集団の一人が叫んだ。その声に呼応するかのように、山道の脇からワラワラと、『剣』で武装した男たちが姿を現す。

 大多数が功名心からか目を血走らせ、残り数割が憎悪の眼で少年の握る槌を見る。

 それら敵意の視線を一手に受けて、それでも少年は、トン・ビロードビレッジは不敵に、大声を張り上げた。


「その“剣”でかかってこいよ。俺の“ハンマー”でブッ飛ばす!!!!」

 

 トンに煽られて、剣を握る男たちがウオオオオォォォォォォ!!!!と雄たけびを上げる。

 が、飛びかかっては来なかった。

 いや正確に言うと、誰も飛びかかれなかった。


「何だ?どうしたんだ?――――来ないならこっちからかますぜ、ベルグ……」

 

 怪訝そうに呟いて、トンはハンマーを構えた。振り下ろして必殺の衝撃波を放つ――――直前に、びくりともしない男たちの間から、ひょっこりと金色に光る長髪を載せた頭が飛び出した。



「トン!全員動きを『封じて』おいたよ!」

 


 ……見れば、剣を握る男たちの手足には、金に光る『ダイヤル式の鍵』が浮かび上がっていた。これが、彼らの動きを封じているのだ。見紛うことなくトンの“相棒”である彼女の『異能』だった。

 あわてて攻撃のモーションに入ったトンはそれを中断し、“相棒”に向けて怒鳴った。



「何そんなところに一人でいるんだ、早く戻ってこい!」


「え?あ、はいはい!ごめん!」

 


 意図を察した相棒、“シルビア・ロレンティ”が動きを停止させられた男たちの間を縫って、列から飛び出す。

 それを見てようやく一安心のトンは、改めてハンマーを構えなおす。



「まとめてブッ飛べ…………ベルグッッ!!ハウンドッッ!!」



 一撃で、百人近くいた剣を構える男たちがブッ飛ばされた。




「って……うわああっっ!?」



 直後。トンの体が『反動』にあおられ、後方へふっ飛ばされる。



“悪魔の槌”の威力は、その担い手にも牙を剥いた――――




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