目覚め
目が覚めた。目の前には知らない天井。
「どこだろ……ここ……」
体を起こし、あたりを見渡す。私がいるのは小さな和室だった。置いている家具はほとんど無い。壁と襖と障子に囲まれた部屋だった。
「夢……じゃないよね…………」
「夢ではないです」
襖が音を立てず、すっと開いた。
「……昤ちゃん…………?」
「はい。咲也さん、二日も寝ていたのですよ。具合の方は大丈夫ですか? 手加減はしたと思いますが、紅葉、結構思いっきりいっていましたから」
そういいながら、昤ちゃんは布団の隣に腰を下ろす。
「紅葉が…………」
気絶する前のことを思い出した。あの時の私は狂っていた。今ならそうわかる。
「紅葉にひどい事言っちゃった……」
絶対に言ってはいけないことを何度も何度も口にした。あの時の私は狂っていた。
「それを私に言ってどうするのですか?」
昤ちゃんは首をかしげた。
「私には咲也さ同情することしかできません。それは、本人達の問題ですから、私が手を出すことはできません」
「そう、だよね……」
私は何も言えなかった。昤ちゃんが言っていることは何も間違っていない。
「大丈夫ですよ、きっと」
ありきたりな言葉だったが、私にはとても優しい言葉だった。
「ありがと、昤ちゃん……」
「私に出来るのはこれくらいですから。それよりも、話しておかないといけないことがあります」
昤ちゃんの顔が真剣なものになる。
「咲也さんを襲ったあの男性を覚えていますか?」
私を殺した男。そして、返り討ちにあった哀れな男。私は小さく頷く。
「その男性ですが、日本の退魔協会……これは後で話しますが、そのメンバーだったのですが、少し厄介なことになっています。」
「厄介な……?」
「はい。吸血鬼やその類のものにやられたのなら特に問題はない……いえ、問題はあるのですが、今はそういうことにしておいてください。ですが、今回はターゲットを間違え、そして殺した。これが問題となったのです」
「ちょっと待って。意味がわからないよ」
問題というのは私があの男性を瀕死の状態に追いやったことではないのか? そもそも、確かに殺されかけたけど、私は生きている。
「ええとですね。問題となっているのは咲也さん。あなたが生きている、ということなのです」
「だからどういう事なの? 私は殺されかけただけじゃないの?」
「いえ。その男性は少女の死を確認していたと言っています。ですが、私達が咲也さんを公園で見つけた時は瀕死でしたが、生きていました」
あの時、助けてくれたのはやっぱり二人だったんだ……
「それは、ただの勘違いじゃ?」
時間帯的に暗かったし、十分にありえる。
「いえ、魔を狩ることを職業にしている人は、対象を殺したとき、それが死んでいるか入念に調べる必要があるのです。妖怪などの場合、人でいう死でははかれませんから」
それは、ひとつの事実を示していた。男が死んだと勘違いしたのではない。
「それじゃあ、私は本当に……」
「ええ。死にました」
昤ちゃんは冷酷にそう言った。
「じゃあなんで私は生きてるの……?」
私は一度死んでいる。たまたま生き返ったと言ったらそれまでだが、そんなことがあるはずがない。
「それは……わからないです……ただ、今の咲也さんからは以前感じられなかったものが感じられます」
「感じられなかっもの?」
私自身、何がなんだかさっぱりわからない。
「簡単に言えば魔力、のようなものです。咲也さんが倒れていた時に初めてそれを確認しました。そのときは微量だったのですが、今ははっきりと感じます。」
「じゃあ、そのせいで私は……」
「いえ、そうと決まった訳ではありません。それも可能性の一つだということです。ですが、このことは他言無用です」
「どういうこと?」
死んでから魔力を持った。これを秘密にしておく理由がわからない。
「これは大げさですが、死んで魔力を得たとなれば、あなたは死ぬことで魔力が大きくなる能力を持っているという考えを持つ輩が組織にいたとします。あなたを殺すことで戦力が増強されると分かれば……」
「また殺される可能性がある……」
何故こんなことがすぐに分からなかったのか。私の頭の悪さに頭に来る。
「そういうことです。一応、咲也さんの魔力については先天的なものと伝えてあります」
「ありがと、昤ちゃん、ごめんね……少し一人にさせてくれるかな……?」
とりあえず、私の中でいろいろと整理がしたい。
「すみません……本当は私もそうしたいところなのですが、そういうわけには……」
昤ちゃんは申し訳なさそうにする。
「それは、私がまた暴れだすかもしれないから……?」
「いえ、そういうわけではありませんっ! そうではなくて……いえ、そうなのかもしれません……」
勢いよく立ち上がった昤ちゃんは俯いた。
「ある方にあなたを見ていろと言われたました。咲也さんのことは本当に心配というのは信じてください。ですが、またいつあのような状態になるかわからない今……」
言いたい事はよくわかる。なんていうか、昤ちゃんらしいな……
「ありがとね、昤ちゃん。それじゃあ、ちょっとついてきてくれるかな?」
「もちろんです」
ひとりで整理できないなら、とどまれないなら進むしかない。私は布団から出て立ち上がった。