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クレープ

「終わったー」


 生徒会の仕事が終わったのは、九時。一昨日と同じ時間だ。


「ううん……」


 なんていうか、嫌な予感しかしない。もう、いっそのこと学校に泊まってしまおうかと思ったくらいだ。


 だけど、予感はただの予感でしかない。同じようなことが何度も起きるはずが無い。私はそう信じた。


 一応、安全のため大通りを通って家に帰る。あんなことがあったのだからもう関係はないのだけど……


 やはり、私の思いすごしだったようだ。街はいつも通り賑わっている。私の横を通り過ぎりるサラリーマン、高校生や、親子。


 周囲を見渡すが、どこもおかしいところはない。見渡す限りの日常。今までなんとも思っていなかった街中の雑音が愛おしくさえ感じた。やっと私の日常に戻ってきた。そう思えた。


 帰ってから甘い物を食べようと思い、途中にあるクレープ屋に寄った。


 帰ってからが楽しみだ。


「あれ……?」


 公園に踏み込んだとたん、何かが変わった。表現しにくいが、空気が冷たくなったように思えた。


「……っ!?」


 急な殺気を感じ、私は思いっきり前に飛んだ。クレープの入った紙の箱はぐちゃぐちゃだ。


「殺気には敏感なんだな。吸血鬼ってやつは」


 振り返ると、私がさっきまでいた場所には刀が突き刺さっていた。


「な、なんなんですかっ!? 貴方はっ!」


 心拍数が上がる。が、怖くはない。昨日の路地裏の恐怖に比べればそれはあまりにも生温い。


「前に言わなかったか? お前ら吸血鬼を狩るものだよ」


 男は刀を引き抜く。


「何度いえばわかるんですか! 私は吸血鬼じゃありません! 証拠はあるんですかっ!?」


 それが彼に伝わらないのは分かっている。何か策を考える時間稼ぎだ。


「証拠なら簡単だ。まずはこの前の遺体。ありゃ、お前がやったもんだろ。そして、前回も今回も、俺の結界に入ってきた。ただの人間じゃ、この結界に入ってくるのは無理なはずだ」


 結界……? だから、公園に入った時に変な感じがしたのだろうか……


「そんなの吸血鬼じゃなくたって……」


「まあ、そのとおりなんだけどな。だが、この結界は吸血鬼かそれと同等の生き物しかはいれないんだよ。この意味わかるかよな?」


 吸血鬼と同等の生物は人間にとって危険視されるものが多い。だから、陰陽師はそれを駆逐すると聞いたことがある。


「しかしあれだな。殺したやつをまた殺すハメになるなんて気持ちが悪い。痛くないようにひと突きで終わらせようと思ったが……」


「こっちだって二度も殺されるなんてごめんよっ!」


 なんか腹が立ってきた。なんて自己中なんだ。人の話なんて聞きやしない。こいつは私の嫌いな人間の類いだ。


「なんだ? 今度はやるつもりか?」


 私が助かる方法。それは単純で明快だった。とても簡単なこと。私にはこれしか残っていない。


 ……アイツヲ……コロセバイイ…………


 頭の中で何かが響いたように感じた。


 気がつくと男は目の前にいた。ここはあいつの間合いだ。


「死ね」


 居合切り。それは、最速の剣とも云われるが、それほどはやくは感じなかった。


 私はそれを避け、顔面に思いっきりの 正拳突きを入れた。


 すると、男は人形のごとく、面白いように飛んでいった。


 男を殴った瞬間、私の中に電撃のようなものが走った。


 オモシロイ……


 今まで感じたことのない快楽。気持ちがいいほどの優越感。私はそれに溺れた。


「アハハハハハ!!」


 どこからか、笑いがこみ上げてきた。これほど笑ったのはいつぶりか。


「この野郎っ!!」


 大勢を立て直した男は、再び近寄り剣を振る。


 私はただ、同じ要領で返す。顔面だけではなく、いろんな部位を殴るだけ。


 そのやりとりを続けていくと、男は血だらけになっていた。


 不自然な骨の音がキモチイイ……


 なぜ私はこんな面白いことを知らなかったのだろう……


「吸血鬼風情がぁぁあっ!!」


 男は性懲りもなく私に向かってくる。今度は突き。勢いよく私に接近してくる。


 今度は回し蹴り。男は綿のように宙を舞った。


 あたりどころが悪かったのか、地面に落ちた男はうごかなくなってしまった。


 ……コワレタ?


 壊れたものに興味はない。


 ただ……


 首を引きちぎったらどうなるのだろう……?


 欲望が私から溢れでたのがわかった。


 ……キット……オモシロイ…………


 私はゆっくりと、それに近寄った。


 男の首を掴み、持ち上げる。それはぐったりしていて、動かない。本当に人形のようだ。


「陰陽師って大したことないんだ」


 あれだけ偉そうにしていて、最後はこれ。なんとも、滑稽。なんとも、哀れ。


 このまま力を込めたら、これは二つになる。こいつにはそれが相応しい。


「咲夜!!」


 声がした。私を呼ぶ声。私のよく知っている声。


「紅葉……? どうしたの?」


 公園に入口に立っていたのは、私が親友だと思っていた吸血鬼ばけものだった。


「どうしたのじゃないよ……何してるのっ!?」


「何って……」


 ナンダッケ……?


 復讐……? 確かになくはない。私は一回こいつに殺された。それなら、こいつを殺したらダメだというどおりはない。


 正当防衛……? もともとこいつが襲ってきたのだ。私に非は無い。


 だけど……それよりも…………


「オモチャで遊んでるだけだヨ。面白いヨ? 紅葉が教えてくれたんじゃない」


「私が……? 何を……?」


「そう……人殺しの愉しさ」


 裏路地の紅葉は笑っていた。あれは殺人を愉しんでいる顔だった。私はその表情を忘れられなかった。


「私は人殺しなんてしてない!」


「ウソ。じゃあ、昨日のあれは何? 知らない、は通らないよ?」


 紅葉の表情がとても険しいものに変わった。


「憶えているの……?」


「昨日の今日で忘れられるわけないでしょう? 何か言い訳があるなら聞くわ」


 紅葉は私があれを忘れていると思ったのだろうか。だから、今日の対応がいつも通りだったというわけか……


「聞いて……あれは吸血鬼なの……」


「へえ。吸血鬼が吸血鬼を? 吸血鬼って友殺しをするんだ。そんなやつをどう信じろっていうの?」


「なんで私が吸血鬼って……」


「知らないと思ってた?」


 紅葉の顔が歪む。それが、何故か愉快に思えた。


「友殺しが許されるなら、私がこいつを殺しても許されるってことでしょ? 何かおかしい?」


 私は何も間違っていない。間違ってるとしたあの女だ。


「おかしいよ……そんなのおかしいよ!! 間違ってる!!」


「自分のことは棚に上げるんだ。一つ質問いい? どうして私なんかと仲良くしていたの? いつかは餌にするため?」


「そんな……私はただ咲夜と友達に……」


「友達……ね」


 笑いがこみ上げてきた。


「何がおかしいのよ……」


「なんでも。ただ、友達友達いってれば、私の心が動くとでも思ったのかなって。一つだけ言っておくわ。私はお前を信じない」


「そう……それなら、私は力ずくでも咲夜止める!」


 次の瞬間には、私は宙に舞っていた。ありえないほどの重い一撃。


 地面に落ちた私は気が遠のいていくのがわかった。気絶する瞬間、地面に落ちていたぐちゃぐちゃなクレープを見た。帰りに買ったものだ。多分、戦闘中に踏まれたのだろう。


 食べたかったな……


 だけどもう、あの日常クレープは戻ってこない……

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