似て非なる日常
ふと目が覚めた。
目の前にあるのは、相変わらず知っている天井だった。
「……夢?」
それは単なる願望だった。あれが夢なはずが無い。夢であるならどれだけ楽だろう。
あの目の裏に焼き付いた異常な光景を思い出した。鉄の匂いは取れているはずなのに、鼻の奥に残っている感じがする。目を閉じれば、あの狂気が目の前に広がるようだった。
「気持ちが悪い……」
嘔吐感に襲われる。あんなのの耐性なんてある筈もない。一生分のグロ画像を見せられた気分だ。
急いでキッチンに向かい、水をコップ一杯、胃に流し込む。
当分は脳裏から離れそうもない……
テレビをつけて、昨日見たことがニュースになってないか調べる。だけど、どのニュースも昨日の件を取り上げてはいなかった。路地裏があんなことになっていたら普通ならすぐニュースに取り上げられてもいいと思うのだけど……
「この街で何が起きてるんだろ……」
私の身に、二度も同じことが起きた。今回は殺されかけていないというだけで、気づいたらベッドの上にいたというのは変わりない。
紅葉は倒れた私に気づいたはずだ。だけど、なぜ私は生きているのだろう。あの状態なら私を殺すのは簡単だったはずだ。普通ならバレたら殺すのではないだろうか?
私家まで運んでくれたのは、おそらく彼女だ。なぜそんなことを……?
紅葉が私を助けてくれたのは真実だとして、彼女が人を殺したのも真実だ。
「わからないよ……」
嘆くように呟いた。
わかっているのは、彼女が吸血鬼であること。そして、最近起きている事件に関わっているであろうということ。
私はこの目で見てしまった。
「……どうしよ」
今日は平日。学校もある。もう少しすれば、いつもなは家を出る時間だ。
「考えても仕方ないよね……」
学校なら生徒もいる。人も目もあるし、多分、向こうから襲ってくることはないだろう。前向きなのが私の性分。ここで学校を休むなんて女が廃る。
私は急いで支度をし、家を出た。
「おはよう、咲夜」
教室につくと、紅葉はいつものように私の隣の席に座って、いつものように笑顔を向けてきた。
「おはよ、紅葉」
正直戸惑ったが、すぐにいつものように返事をする。何事もなかったかのように……
「どうしたの? 顔色悪いみたいだけど」
何かおかしい。紅葉は本当に何事も無かったかのように話しかけてくる。私を家まで運んだのは紅葉のはずだ。
「多分朝抜いてきたからかも」
適当にはぐらかす。嘘はついていない。
「ダメだよ、ちゃんと朝は食べないと」
「うん。そうだね」
あれは紅葉ではなかったのだろうか。そんな疑問が私の中で生まれた。そうてなければ、こんな対応なんてできない。普通なら気まずい空気が流れるか、相当話しづらそうな顔をするはずだ。当の私だって、紅葉がこんな対応じゃなければ顔に出ていたはずだ。もしかしたら、あれは紅葉に似た、別の人物だったのかもしれないとまで思えた。
「あ、チャイム」
担任の先生が教室に入ってきてホームルームが始まる。正直助かった。あのままだと、私が持たなかった。
昼休みは昤ちゃんがいてくれたおかげかもしれないが、普通に過ごせた。正直、今日ほど疲れた昼休みはない。
そんなこんなで放課後。どうにか一日を乗り切った感覚だ。体力はゼロに等しい。
「咲夜、今日は?」
「生徒会の仕事があるんだ。遅くなりそうだから先に帰ってて」
いつも通りの会話。紅葉はいつも通りに私に接してくる。私はいつも通りに返すだけ。
「分かった。でも、遅くならないうちに帰らないとダメだよ? 最近は危ないんだから」
紅葉がそのことを知らないはずはない。だからこその警告なのかもしれない。
「それ前も聞いたよ。大丈夫。大通りを通って帰るから」
「私もそれ、前に聞いたよ」
私たちは軽く笑った。
なんというデジャヴ。笑いとは裏腹に、正直嫌な予感しかしていなかった。