吸血鬼
「おはよ、紅葉」
私の席は紅葉の隣。机の上に鞄を置く。
「おはよう。どうしたの?」
どうやら紅葉のことをジッと見ていたらしい。
「ううん。なんでもない」
私は椅子に座り、授業が始まるのを待った。
さて、昨日の夢。実際は夢ではなかったと断定されるものだけど、私が殺された件について、いくつか分かったことがある。
一つ目は、この街に吸血鬼が存在しているということ。根拠となるのはあの男の人のセリフだ。これは推理だけど、あの人はエクソシスト。日本でいうところの陰陽師なのだろう。そういうのがいるというのは、紅葉から聞いたことがある。
二つ目は、親切な誰かが私を救ってくれたということ。刀で刺されたというのに、傷ひとつないというのはどういうことなのかはさっぱりだ。一夜で傷が治るなんて、魔法というものの存在を肯定せざるを得なくなってしまう。
そして、最後に。私を助けてくれた親切な人というのは、私の知り合いかもしれないということ。というのも、私が覚めたのは私の家の自室だったから。しかも律儀に寝巻きに着替えさせられてあった。
「ううん……結局わからないんだよね……」
だけど、なんとなく予想はできている。
私を助けてくれた親切な人は、紅葉か昤ちゃんのどちらかだ。もしかしたら、両方という可能性もあるかもしれない。
しかし、二人とも違うということも有り得る。もしそうだったとしたら、迂闊にはこの話はできない。
あの二人のことだ。心配するに違いない。私の私情にあの二人を巻き込みたくない。
正直なところ、あれを夢として終わらせてこれっきりにするという道もあるのかもしれない。この体が、何もなかった加のようになっていたのだから、それが一番なのかもしれない。
ここから、踏み込んでいいのか、否か。
答えは否。これ以上踏み込むとろくな事にならないと私の第六感がそう言っている。
下手に探索するのはやめよう。もしかしたら、また殺されかけるかもしれない。
昨日のあれは夢。それでいい。それが身のためだ。
割り切ったところで、学校も終わり放課後。今日の授業の内容なんてほとんど頭に入っていなかった。
「咲夜、これからどうするの? 今日は生徒会ないんでしょ?」
「今日は少し熱っぽいから帰って寝るよ」
というのも嘘ではない。普段使わない頭をフル回転させたせいか、少し頭が痛い。
「大丈夫?」
「うん。平気」
学校を出て、私は家の前の公園のベンチに腰を下ろした。
昨日あったことが嘘みたいに、子供達がはしゃいでいる。
「やあ、また会ったね」
「でた、ナンパお化け」
気がつくとそいつは私の横に座っていた。
「ナンパお化けとは酷いな。今日は一人なのかい?」
「そうね。今日は一人よ」
「ふぅん。やっぱり、種族が違うのと絡むっていうのは疲れるんだな」
「なに? よく疲れてるのがわかったわね」
「顔を見れば大抵わかるさ」
あれ? コイツ何か変なことを言わなかった?
「ねぇ。種族が違うってどういうこと?」
「なんだ? あんた、自分が吸血鬼とでも思ってるのか?」
背筋が凍てついた。
「ところで、それ誰のこと言ってるの?」
「その答えが二択というなら、大きい方だな。なに? 気づいておられない?」
二択というのは、紅葉と昤ちゃんのことだろう。紅葉は吸血鬼……?
「なんで紅葉が吸血鬼だって分かるのよ?」
「俺くらいの霊になるとわかっちゃうんだなぁ……というのは冗談だ。あれは異常だからな。霊なら誰でもわかる。まあ、種族なんて気にすることないと思うがな」
種族が違うなんてことはどうでも良かった。だけど、彼女が吸血鬼であるなら話は変わってくる。
今、この街で事件を起こしているのは吸血鬼なのだ。
「あれ? どうしたんだ?」
「別に」
私は立ち上がって公園を後にした。