非の日常
「随分遅くなっちゃったな……」
生徒会の活動が終わったのは九時。もう少しで文化祭が始まるということもあって、少しだけ無理をしなくてはならなくなった。
私は約束通り、大通りを通って帰る。大通りはいつも賑わっていて、深夜にでもならない限り、人がいないことの方が珍しい。
筈なのだけど…………
「誰もいない……?」
大通りには人がいないどころか、普段行き交っている車も、路駐している車も見当たらなかった。建物からいつも漏れている光はなく、街灯もついていない。幽霊すら見当たらない。ゴーストタウン。まさにそのものだった。
おかしい。私は腕時計を見るが、針は九時を示している。
気味が悪い……
聞こえてくるのは私の足音だけ。革靴の底が、アスファルトを叩く音のみ。他に、生活の音なんて一切しない。
警戒しながら、私は大通りを走り抜ける。公園を通り抜ければ、家はもうすぐだ。
「……っ!?」
つい足を止めてしまった。視界に、地面にうつ伏せになった人を見つけてしまったからだ。
「大丈夫ですかっ!?」
私はその人のそばにより、声をかける。
だけど、返事は無かった。
「嘘……でしょ……?」
それもそのはずだった。その人はもう呼吸をしていなかった。
「死んでる……」
私は声にならない悲鳴をあげた。目の前に死体がある。その恐怖に支配された。
そんなとき、前から誰かが歩いてきた。
「人……?」
それは男の人だった。年齢は高校生くらいだろうか。
助かった。心の底からそう思った。
だけど、何か変だ。彼の右手には普段は見慣れないようなものが握られていた。
「よお、やっと会えたな吸血鬼」
「……?」
意味が分からなかった。ただ分かったのは、それが私に向けて言われていることだということだ。
「どういう……意味ですか?」
私は恐る恐る口を動かした。
「どうもこうも、そう言う事だろ? 現にお前が出した犠牲者がそこに横たわってるじゃないか」
本当に意味がわからない。
「待ってください。私はただ、ここに居合せただけで……」
「へぇ、吸血鬼もくだらない嘘ってつくんだな。俺を見つけた時点で襲ってくると思ってたんだが、随分と臆病な吸血鬼もいたもんだ」
話が通じてない。この人に話しをするのは無駄だ。そう、本能が私に訴えている。彼が放っているのは狂気そのものだった。このままだと、殺される。
私に出来ることは……
逃げることだけだ。
「それじゃ、死んでくれや」
彼は右手に持っていた刀を構た。
次の瞬間には私のすぐ目の前に現れ、刀を横に凪いだ。
「っ!?」
私は後ろに跳んだ。それは、私の意志とは別に反射的に動いたものだった。
あれは確実に私を仕留めるために放ったもの。彼は私を殺す気だ。
「臆病でも吸血鬼ってことか。今のを躱されるとは思わなかった」
そんな言葉を聞いてい暇なんてない。とにかく、どうやって逃げる?
……逃げられるの? あんな相手から……
でも、逃げなきゃ殺される。
私は立ち上がり、男に背を向けて走った。
「残念。相手に背をけるなんて、吸血鬼としての誇りはないのかね?」
耳元で囁かれた。
気づけば、男は私のすぐ真後ろにいた。
体が動かない。私の体から刀が突き出ていた。痛みなんて感覚は優に通り越してしまっている。
「まあ、こんなもんだろ」
体から刀が引き抜かれ、私は地面に落ちた。
私はそのまま、深い闇に誘われた。