物憂げな教室の少女と生徒と繊細で臆病な先生
ここは、楠木小学校の三年二組、そのクラス。
女子の人間関係の中でも有力な人物である、猫車ケイ子が、自分の椅子に寄りかかって、頭の背後で腕を組み、言う。
「あー物憂いなー」
ーークラスは静まり返る。すると、次々に、
「物憂いなー」
「あー物憂いなー」
と、皆口々に言うのだった。
やがて、先生が来た。
「皆さん、人生は物憂くは有りません。楽しいものです。さあ、楽しく頑張りましょう」
先生は用紙をクラス全員に配布した。
紙には、「物憂くならない十五の生き方」という題の、色々な事が書いてあった。
「先生は、生徒の、その、命の尊厳をないがしろにしてしまうことを危惧します。はい、猫車さん、音読して」
猫車は立ち上がり、読み上げる。
「自由とは、本質的に不可逆なものです。大事なものは目に見えません。だからこそ、命を粗末にしてはなりません。良いですか?」
「オーケーです。はい、じゃあ次、猫車君、あ、猫車さん、音読して」
「はい。自由とは、本質的に、不可逆なものです。顔を見てはなりません。それはとても恐ろしいものです」
「はい、完璧。皆さん、猫車さんを褒めてやってください。私が頭を下げてお願いします」
と言って先生は頭を下げた。生徒たちは、さっきからどうしていいか困っていた。
「あの、先生」
勇気ある才媛、自由が丘紅葉嬢は、自分を鼓舞して手を挙げる。
「何ですか、紅葉さん」
「先生、なんというか、さっきから変です。ええと……どうしたのですか」
「私は、私がよく分からなくなりました。依って、私は、私の分身を止めます」
そういって、先生は、フォークを取り出す。目の前に突き出す。「ああ……」という声がし、やがて先生は倒れた。
「先生!」
生徒達は先生の身を案じた。何人かが直ぐに職員室に慌てて駆け出す。
「お前が憂鬱になること言うから……」
弥次は、猫車を見降ろす。猫車は普通な顔をする。
先生は、教卓に付いている椅子にへたり込んでいた。名探偵コナンの毛利小五郎、その眠りの小五郎の状態だった。