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むーん・いず・びゅーてぃふる!

   ●



 もう、死んでもいいや。



   ●



 夏に起きた未知との遭遇(?)からしばらく経ち、衣替えを経て季節は秋となった。

 あれだけ暑かった気温も下がってきて過ごしやすくなると同時に、長かった昼の時間もどんどん短くなってくる。

 とはいえ学校というモノは年単位で環境が変わるものであり、年度が明けていない以上生徒どうしの関係も当然変わらない。


 ……まあ、変わらないと言ってもあくまで書類上での事だけだけど。


 同じクラス、同じ学年、同じ部活、同じ団体。

 そんな書類で片の付く関係性は早々変わらない。

 だが、人間同士の関係性というのはそこまですっぱりと割り切れるものだけではないのもまた事実。

 当然そこにはライクやらラブやらの青だったりピンク色だったりと言ったものも混ざってくるわけで、それに頭を悩ませるのもまた青春なのかもしれないが、はっきり言って当事者からしてみればうっとうしい事この上ない。

 なのでさっさと片付けてしまおう、そうしよう。





「――という訳で会長、好きな男の条件をキリキリ吐きやがれください」





「……はい?」


 と、手に持つ文庫本から顔をあげて間抜けな声を発したのは、金の長髪を背中に流したブレザー姿の女生徒――赤水会長だ。

 今日は生徒会の業務も裏の業務も早めに片が付き、なんとなく手持無沙汰になった結果『読書の秋といきましょう!』という会長の鶴の一声で本を読むことになった。

 最近少し古めの日本文学にハマっているらしい会長と、もともと本を常備している僕は手持ちの本を読むことにして、普段から本を読む習慣のなかった他の役員三人は用事のため帰宅。

 三人がいなくなって若干寂しくなった生徒会室で、会長と僕は席について本――ちなみに会長は『浮雲』、僕は『坊ちゃん』――を読んでいた。

 ひたすら静かで、時折聞こえてくるのは風の音とどこからか響いてくる生徒の声、そして定期的にパラリパラリと本のページをめくる音だけ。

 そんなある意味楽園ともいえる状態を破ったのが、僕の会長に対する問いかけの声だ。

 いきなり問われた内容も内容なだけに、会長は怪訝そうな顔を隠さずに声を放つ。


「ねえ、雨水君。あなた、この状況でそんなことを聞くの、いきなりすぎるって思わない?」

「バカにしないでくださいよ会長、僕は空気の読める人間です」

「うん、じゃあなんで空気読まずに聞いてきたの?」

「空気を読むか読まないかは僕の自由だからです。さあ、僕は質問に二回も答えましたので、会長もとっととさっきの僕の問いに答えてください」


 こういうのは勢いが大切だ。

 時間をおいて冷静になられると、言葉に飾りが付きやすい。

 今回欲しいのは飾りのない、真っ直ぐな想い。

 綴る上でどうしても入ってしまう装飾をできる限り削るため、僕はあえて今、このタイミングで聞いたのだ。


「……そうね。まあとりあえず、見た目にそこまでこだわりはないわね。もちろん、最低限の清潔さとかを保ててない人は生理的に受け付けたくないけど」


 しぶしぶながらも彼女の口からこぼれてきた言葉に、僕は全神経を傾ける。


「そのうえでの理想のタイプは、そばにいてくれる人、かしらね。常に私の近くに立って、一緒にそこからの風景を見てくれる人となら、良いパートナーになれそうだし。すぐにどこかにふらふらと行ってしまう不安定な人とは、あまり付き合いたくないから。……こんなところだけど、満足かしら?」


 と、自分の中にある漠然とした物を無理矢理言葉にしたかのようななにかを淡々とこぼしていた会長は、ふと我に返って気恥ずかしくなったのか、若干顔を赤くしながら僕にこれでいいかと尋ねてきた。


 ……まあ、十分かな。


 そう考えた僕は、いよいよ計画を最終段階――もう後戻りのできない所まで進めることにした。


「――それじゃあ会長、これをどうぞ」


 そう言って僕が差し出したのは、小さな封筒。

 白くて小さいそれを受け取った会長は、怪訝な表情を僕に向け、無言で説明を要求してくる。

 だが、僕はあえてすべてを語らず、


「さっきの話に関わることで、話があります。ただ、いつ誰が来るかもわからないこの場所だと話しにくい内容ですので、この手紙に書いてある通り、三十分後に体育館裏に来てください。……待ってますから、ね」


 と、僕は僕直筆の手紙を渡し、戸惑いの表情を隠す気のない会長を背にして歩き出す。

 見慣れた生徒会室の扉に手をかけ、僕は未だに呆然としている会長へと顔を向けると


「……じゃあ僕はこの後の事で心の準備をしなければなりませんので、失礼します。また後程お会いしましょう」


 と言い、生徒会室を後にした。


 ……さて、どうなるかな……?


 未だかつて感じたことのないような興奮と不安に包まれながら、待ち合わせ場所に向かって僕は歩き出す。

 できれば自分にとっていい結果なればいいと、そう考えて。



   ●



 パラリ、とページをめくる音がする。

 定期的に聞こえてくるそれは、僕の手元に収まる文庫本がめくられる音だ。

 パラリとパラリとの間はおおよそ四十五秒。

 早くもなく、遅くもない。

 とてもゆったりした時間が過ぎていく。

 しかし、そんな余裕たっぷりの所作とは裏腹に、僕の心は期待に膨らみ、落ち着きを保てないでいる。


 ……そろそろ、会長が来る時間かな……?


 壁に寄りかかり、手にした本をじっと読みふける静かな時間を暇つぶしのために用いながら、僕は時折時計へと目を向ける。

 手紙に書いた時間は五時ちょうど。

 ということは、もうそろそろ来てもおかしくないはずだ。

 あの会長が時間を間違えることはありえないし、しかも今回は内容が内容だけに、下手をすれば十分前から待ち構えていることも考えられた。


 ……もう少し、もう少し……。


 焦っても仕方がないとわかり切ってはいるが、それでもはやる心が抑えきれない。

 この場所で、僕の事を見つけた会長がどんな顔を見せてくれるのか。

 それを何通りもシミュレーションするだけで心の底からふつふつと何かがせり上がってきて、体温が一気に上がったような錯覚を得てしまう。

 思わず顔が真っ赤になっていないかどうかをチェックしてしまった回数は、この十数分で何回になってしまっただろうか。

 と、今までこの場にたった一種類しかなかった定期的に響くリズムに、もう一種類仲間が加わろうとしていた。


 ……ああ、足音が聞こえる……。


 この場所に少しずつ近づいてくる定期的な、しかしだんだんと盛り上がってくるこの状況を演出しているかのように大きくなってくるコツ、コツという音。

 聞きなれた物よりも少しだけテンポが速いのは、彼女も急いでいるからだろう。

 私情が絡んだ程度では廊下を走らない生真面目な彼女が、もはや競歩ではすまされないようなテンポの音を奏でながら近づいてくる。

 それは永遠に続くようで、しかしすぐに終焉を迎える。

 目的の場所――すなわち僕のいるこの場所まで足音がたどり着いてしまえば、この少々以上に寂しい二重奏はあっけなく終わってしまうのだから。

 そして、他者の手で終わりを持ってこられるのならば、僕――雨水影太は自分で終わらせる方を選ぶ。

 だから僕は読みかけだった本にしおりを挟み、手近な机の上に置くと、彼女の来訪に対応すべく堂々と立つ。

 そして、それからすぐに彼女は


 ガラリ


 と生徒会室(・・・・)の扉を開け、無理矢理貼りつけたのだろう引きつった笑顔のまま僕を目線のみで一瞬さがし、そしてすぐに発見してツカツカと歩み寄りながら、


「――ねえ雨水くん、とりあえず一発殴らせてくれない?」


 と、僕の予想通りの台詞を言うのだった。



   ●



 事の発端は、僕が今まで話したことのない先輩にいきなり話しかけられたことから始まる。

 その先輩は僕に『赤水さんの好みのタイプを教えてほしい』と尋ねてきた。

 思わず『ブラインドタッチが苦手だと言っていたので、キーボードを見ながらするタイプだと思います』と好きなタイプ(方法)を答えたくなったが、目の前にいる先輩が学校でも有名な『モテる先輩』であったことを思い出し、


『もしかして、会長の事が気になってるんですか?』


 と、話を進める方向に持って行き、最終的に『好きなタイプを聞き出して教える上に告白の舞台も整える』ということで落ち着いた。

 そして今日、会長から好きな男の条件を聞き出したうえで、約束通り教室で待っていた件のイケメン先輩に密かに録音していたその言葉を隠すことなく聞かせ、会長との約束の場所へと送り出したのだ。

 その結果として会長は今、僕の前で息を荒げているわけだ。



   ●



「今度は先に私の質問に答えてもらうわ。……いったいあなた、何をしたの?」


 事と次第によっては流血沙汰も辞さないようなすさまじい形相で僕に詰め寄ってきた会長に、僕は事実のみを話す。


「約束の場所で待っていた彼はどうやら会長に好意を寄せていたようなので、背中を押すことにしました。彼は会長の好みを僕から聞いたうえで、それでもうじうじ悩んでいたようなので、呼び出すための手紙を彼の許可を得て代筆し、僕の手でお渡ししました。……以上です」


 淡々と語られる僕の言葉を黙って聞いていた会長は、一度目を瞑り何かを考えると、目を開けて、


「……なんで彼の背中を押すことにしたの? 私と彼をくっつけることが目的?」

「いいえ、違います。このところ会長の支持率はドンドン上がってきています。それ自体は喜ばしい事ですが、それに伴って会長への個人的なアプローチ――要は告白に類する要求がかなりの数出てきています」


 その報告に、会長は頭に手を当てて嫌そうな表情を作り、


「……まあ、それに関してはその通りよ。靴箱に手紙が入っているのはほぼ毎日の事だし、体育館裏への呼び出しは週一の恒例イベントと化してるし。しかも男女問わず」

「実際には僕が秘密裏にもみ消した間接的なアプローチもありますので、会長の想像以上の数が来ていると思ってください」

「……雨水くん、そんなことまでしてたの?」

「あまりに多いと仕事に差し支えますので、僕の判断でもみ消しました。必要ならばそのリストを差し上げますが?」

「……大丈夫よ。その仕事はそのまま続けてくれて構わないわ」


 若干機嫌を良くした会長の言葉に僕は一つ頷き、


「とにかく、あまりにもその手のアプローチが多いため、そろそろどうにかしなければいけないと思っていたところへ、僕を介してあの先輩が声をかけてきたわけです」

「誰かを介してって時点でもう彼の評価は私の中で下がり切っちゃうわけだけど……それで?」

「ええ、そのイケメンヘタレ先輩が万全の状態で会長に告白して振られた、と言う話が広まれば、他の人に対する牽制になるのではないかと思い、利用させていただくことにしました。――説明は以上ですが、何かご質問はありますか?」


 そう話を振ると、目を閉じて黙って聞いていた会長は静かに目を開けると、


「……それは、私の好みと性格と想いを良くわかった上での行動なのね?」

「勿論です。綿密な調査とこれまでの経験から、会長がどう動くか良くわかった上で行動しました」


 『そう……』と、会長は一息つくと、もう一度口を開き、言葉を放つ。


「――じゃあ、私が彼にお断りの返事をすることまで、予測してたの?」

「もちろんです。会長なら確実に断ると思っていました」


 問いに間髪を入れずに答えた僕を見て、会長は一つ頷き、


「……ならいいわ。でも、もう二度とこんなことはしないでね。他の誰よりも、貴方にこういう話を持ってこられるのが辛くて仕方がないの」

「わかりました、もうしません。……何か?」


 嗜めるような会長の言葉に返事をすると、会長は何か言いたげに僕の事をじっと見てくる。

 まだ何か聞きたいことがあるのかと話を促すが、会長はそれでも僕の事をじっと見続け、


「……はぁ、全然なびかないわね、この朴念仁は……」


 と、何やらため息とともに言葉を吐き出してから、改めて僕の方を見て、


「……約束の場所で待っていた彼、私が到着した瞬間になんて言ったと思う?」

「まあ、大体の想像はつきますね。なにせ会長の好きなタイプの情報を与えたのは僕ですから」


 実際、僕が彼に『こういうことを言え』という指示を出したわけではないが、それでももっている情報がわかっていればその後の展開も大体予想できる。

 彼はおそらく――


「『僕のそばで、同じ風景を見てくれませんか?』、彼はそう言ったわ。……でも、貴方なら私の好きなタイプの情報を聞いて、この言葉は出てこない。――違う?」

「……そもそもその手のセリフを会長に向けるという状況自体が考えられないので、ノーコメントでお願いします」


 危うく素直に答えそうになった僕の心境を知ってか知らずか、会長は話し続ける。


「私が求めるのは、『同じ場所に立ってくれる人』。……だけど、見る方向まで一緒じゃなくていいわ。『私と正反対の方を向いて、私と全く違う風景を見てくれる人』が、私の理想。雨水君だったら言わなくてもわかってくれてるはずだと思ったから、はっきり言わなかったけどね」


 まあ、僕もはっきりと言われてしまったら、彼への情報提供は口頭にしようと思ってはいたけれど。


「同じ風景を見て、同じ感想を得るだけなんてつまらないし非効率的。だったら私の見えない風景を代わりに見て、何を見たかを互いに教えあった方が効率的だし話も弾むわ。――私が欲しいのは、背中合わせに立ってすぐそばで私のフォローをしてくれるような、常に私の正反対をむいている人よ。……それに、」


 と、会長は言葉を切ると、僕にグッと顔を近づけてきた。

 あともう少し、ほんの数センチ顔を前に出せば鼻の頭同士がぶつかってしまいそうになるほどに顔を近づけてきた会長は、ほんのりと顔を赤らめながら、まつ毛の長いその目を不敵に細めながら、言う。





「それに、同じ方向を向いていたら、こうやって互いに見つめ合う事さえできないわ」





「………………」


 ついに何も言えなくなってしまった僕の状態を見て、会長はさらに不敵な笑みを浮かべながら、


「さて、こんな私に何か言うことはあるかしら、雨水君?」


 と追撃してくる。

 それに対して僕は……






「今日は、月が綺麗ですね」





 と、つぶやくように言った。

 僕の言葉を聞いた会長は、ずっと僕の顔を見ていたその目を僕の背後――窓に向ける。

 僕の肩越しに月を見たのか、呆れたような顔をもう一度僕の方へ向け、



「……確かにいい感じの満月が見えるわ。でもそれ、ごまかしてるつもり?」

「いいえ、心からの感想です」


 会長の目を見据えながら、僕はそう言う。

 実際その言葉に嘘はないのだから。


「……まあいいわ、いつか必ず言わせてみせるから」


 会長はそう言うと、僕の横を通り、自分の机に向かう。

 少々疲れたのか、ゆっくりと会長の椅子に座ると、机の上に置きっぱなしだった読みかけの本を手にとり、パラパラとめくり始める。

 そこまでを目で追って、ふと会長の背後にある窓へと目を向けた。

 するとそこには、確かにきれいな満月がある。

 今日は天気も良かったし、ちょうど満月になるという話だったから期待はしていたが、実に見事だ。

 その満月は、どこか涼しげな光を会長へと向けて放ち、会長はそれを金色の髪の毛で受け止め、散らす。

 その様を僕はじっと見て、そして思う。


 ……ああ、ほんとうにまったく、嫌になるほどに、



   ●



 月が、綺麗ですね。



   ●

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