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新年記念外伝 ぼーい・めっと・おーが!  【前編】

三話編成となるこのお話は、河原 鬼之助くんと鬼々島 稀輝さんの出会いとその後の話となります。

最初に前編~中編と本編の過去の話が展開され、後編になってから本編からみて未来のお話が紡がれます。

時間がかなり飛びますので、注意してご覧くださいませ。


では、どうぞ。

   ●



 僕、河原(かわら) 鬼之助(きのすけ)の日常は、ある日を境に大きく変わってしまった。




 ――と言う訳でもなく、実際に起こったのは小さな変化であり、しかしそれがいくつも重なった結果、無視することができない『非日常』が新たに僕の日常に加わることになってしまったのだ。

 運命なんてものは信じていないし、かといってバタフライ効果なんて大げさなものを持ち出す気も無いが、しかし現状を考えるとナニモノかの意思が働いているのではないかと疑いたくもなる程度には困惑していたと思う。



「……? どうかしましたか、鬼之助さん?」



 なんといっても、この僕の隣にかわいい女の子が並んでいるのだから。



   ●



 僕、河原 鬼之助の容姿は、自分で言うのも何だが褒められたものではない。

 別段不細工ではないとは思うのだが、それを補って余りあるほどの要素が存在する。



 ――ありていに言うと、いかつくて怖いのだ。



 ごつごつした顔は柔らかさなんてものとは無縁であり、表情を作ることも苦手なためにいつでもどこでも基本的には仏頂面な僕の顔は、当の本人ですら寝起きで鏡を見ればビビッてしまうほどである。

 そんな顔でもやり様によってはいくらでも取り返しが効くのだろうが、生憎僕は極度のあがり症かつ人見知りであり、初対面ではまず間違いなく会話が成り立たないのだ。

 そのおかげで、小さな子どもが転んで泣いているのを見かけて助け起こそうとすれば大泣きされ、電車でお年寄りに席を譲ろうとすれば引きつった顔で断られ、歩いていて肩がぶつかってしまったサラリーマンに謝ろうとすれば無言で財布を差し出されてしまう程だ。(もちろん財布は受け取っていない)

 逆の立場ならば僕も同じような行動をとってしまうであろう事は想像に難くないが、それでも傷つかないわけではない。

 何もすき好んでこんな体や顔で生まれてきたわけではないのだから。


 ……ホント、なんでだろう……?


 自分の両親は、異常に普通な人たちだ。

 矛盾しているように聞こえるかもしれないが、これ以上に適当な紹介文はないだろう。

 なにせ、身長・体重・容姿・体格・年収・行動その他諸々が全国の平均であると言えば誰もが信じてしまうほどに、平々凡々が服を着て歩いているような、そんな二人だった。

 そんな二人からなぜ自分のような身長二メートル超の大男が生まれるのか甚だ疑問ではあるし、何より『鬼之助』という名前を自分の子どもにつけたことも驚きだ。

 本人たち曰く、『鬼ですらも助けられるような、優しい子に育ってほしかったから』だそうだが、どう考えても一歩間違えたらぐれていたと思う。


 とまあこのようにこの顔と体とも十数年付き合ってきて、強面に加えて年々凄みを増していく体格の効力にもあきらめがついてきたころ、僕は高校に進学し、同時にバイトも始めることにした。

 バイト、とはいってもコンビニなどの接客業が壊滅的に向いていないのも自覚していたので、力仕事のガテン系が主であった。

 そこでは自分の体を思う存分役立てることができて、しかも給金までもらえるというのだから、本当にありがたかった。

 同僚も僕ほどではないにしてもいい体格をしている人たちが多く、その中においては僕が特別浮いてしまうという事も無かった。



 ……そう、職場『では』浮かなかった。



 反面、当然と言えば当然だが、入学した高校ではものすごく浮いた。

 入学式では新入生の中でも(物理的に)頭一つ抜き出た存在として保護者の間で認知され、教室では顔を向けた先にいるクラスメイトはすぐに目を逸らし、偶々目を合わせた者は無言で焼きそばパンを買いに走りだした。(帰ってきて僕にくれようとしていたが、わるいので遠慮しておいた。この世の終わりのような顔をされた)

 教師は教室に入って来る前にものすごく気合を入れて顔がこわばらないようにしていたし(あまり上手くいってはいないようだったが)、緊張して名前と『よろしくお願いします』しか言えなかった自己紹介では全員の心に僕の名前を刻みこんでしまったようだった。……主に恐怖の対象として。

 教師は最低限の言葉で連絡事項を告げ(かなりどもっていて聞き取りにくかったので『聞こえません』と言ったらものすごく必死そうに大きな声で話してくれた)、解散の声を告げた瞬間に皆我先に教室から出て行った。(先生も自分の生徒を押しのけて一緒に出て行った)

 嵐でも起こったのかというほどの騒ぎを前にして、僕はただただ呆然としているしかなかった。



   ●



 次の日は、校門前で自然ではありえない色の髪の毛を生やした上級生に話しかけられ、うれしくて話を聞こうと目を合わせたら(相手の目を見て話すのは最低限の礼儀だ)、なぜか調子に乗っているとキレられて殴りかかられた。

 とっさに避けたところ、その人は勢い余って転んで手と足をすりむいてしまったらしく、『覚えてろよ!!』と言い残してふらふらと去って行った。



   ●



 翌日、少々大げさなほどに包帯などをまいたその先輩が、友人らしき目つきの鋭い人たち数人と校門の前に陣取っていた。

 その人たちは僕を見つけると『あいつが俺をやりやがったんだ!!』という言葉に興奮し、昨日と同様に僕に殴り掛かってきた。

 今回も訳が分からず前日と同じように避けていたが、『慣れて』いる人たちだったのか自爆する人はいなかった。

 なんとか逃れようとしては見たが、僕の周りをぐるりと囲われてしまって逃げることは無理そうだった。

 仕方なく拳をよけ続け、蹴りを受け止め、メリケンサックなどの凶器をさばいていると、次第に攻撃の手が緩んできて、最後には全員へたりこんでしまった。

 どうやら、休みなく動き続けて疲れ切ってしまったようだ。

 僕はとりあえず軽く息を整えると、先日の先輩に『もう行っていいですか?』と尋ねた。

 なぜか驚異的なモノを見るような目で見られたが、それでもその先輩は無言で『どこかへ行け』とでも言うように手を振ってくれたので、保健室に寄ってから僕はそのまま教室へと向かい、授業を受けて帰った。



   ●


 

 翌日、『俺たちを弟分にしてください!!』と同級生であろう人たちから頭を下げられた。

 家族が増えるのはうれしい事ではあるが、稼ぎの少ない僕ではこんなに大勢を養えるわけがないので断ることにした。



   ●



 その次の週、僕が『この学校をしめるのに舎弟なんか必要ない!』と言い切り、宣戦布告をしたという噂が学校中に広まっていた。

 なぜだ……?



   ●



 何が何だかわからぬ間にこの学校をしめる戦いに身を投じることになっているらしいが、そんな気が一切ない僕はいつも通りに登校し、授業を受けていた。

 だが、いくら僕がいつも通りにしていても、周りの人たちがそれを許してはくれなかった。



 ――何をするつもりなのだろうか。


 ――自分たちは大丈夫なのだろうか。



 そんな期待とも不安ともとれるような感情が、僕の周りで渦を巻き続けた。

 そして、それらの感情を排除する手段が時間の経過を待つこと以外思いつかなかった僕は、針のむしろに座り続ける日々を送ることになった。



   ●



 入学してから数ヵ月経ち、僕の生活も大分落ち着き始めてきた。

 いまだに先輩方からの襲撃はあるが、それも良い加減に効果がないということに気が付いたのか月に一度のペースになっている。

 このままなくなってくれればありがたいのだが、そう簡単にはいかないであろうことはなんとなくわかるので、いずれ根本的な解決に打って出る必要があるだろう。




 まあそれはともかくとして、今日も僕は最近の日課となりつつあるとある思考に沈みながら廊下を歩いていた。

 その内容は、二ヶ月ほど前に山の中で出会った子熊の事だ。

 荒んだ気分を落ち着けるために入っていった山の中で見つけたその子熊は、どこかから落ちたのか怪我をしていたので、このままでは危ないかもしれないと急いで担ぎ上げて下山し、近くの動物病院まで運んで行ったのが付き合いの始まりだった。

 最初は警戒をなかなか解いてくれなかったが、最近ではよくなついてくれて、一緒に森の中を歩いて餌を探す仲にもなった。

 母熊ともなんだかんだで打ち解けることができ、子熊と遊ぶのも黙認してもらえている。


 ……そろそろ何か良い名前でも付けてあげられないかなぁ……。


 そんなことを考えながら、お昼休みという時間帯の校舎まわりを当ても無くふらふら歩いていると、僕は不意に森の空気を感じて立ち止まった。

 何事かと思ってあたりを見渡すが、まわりの緑色はごくわずかであり、そこからは強烈な空気は感じない。

 それでも先ほど感じた空気は残っているので、それを頼りにもうすこし歩いてみると、校庭に面した校舎の壁際の辺りからそれは漂ってきているようだった。

 そこに何があるのかと角を曲がって覗いてみると、僕の視線の先には様々な色が集まっていた。


 ……花壇、か……?


 その通りの物が、僕の目の前に広がっていた。

 大切に育てられているのか、はかなさの中にもたくましさが見え隠れしている見事な花たちが、レンガで囲まれた一定の範囲内に程よい間隔で存在し、己を主張している。

 それは思わず動きを止めて見入ってしまうほどの光景であり、同時にあれほどの森の気配が漂ってきたのもわかるという物だった。


「――――!?」


 と、あまりの見事さに見とれていたところ、何やら息をのむような気配を感じて、僕は視線をまわりに向けてみた。

 すると、花壇を見つけた時にはそこばかり見ていて気が付かなかったが、花壇の周りには何人もの生徒が集まっていた。

 それぞれの手には軍手がはめられており、じょうろやスコップなどを持っている者もいることから、この花壇の世話をしている者たちなのだろうという想像が成り立った。


「き――」


 ……そして、その次に起こる出来事も容易に想像できた。


「――きゃーーーー!! あの人、噂の河原く――さまよ!?」

「げぇ!? あの『鬼瓦』!?」

「皆、目を合わせるな! 食い殺されるぞ!?」

「……え、でも半径五メートル以内に近付くと反射的に引き裂かれるから早く逃げなきゃダメだって……」

「馬鹿! アレは生身で時速五百キロ出せるんだぞ!? 逃げ切れるわけないだろうが!!」

「彼から逃れるためには購買のジャムパンを渡さなければいけないって聞いたことがあるわ!!」

「よし! 急いで買いに行け!! それまでは俺が時間を稼ぐ……!」

「部長……! 無茶ですよ、そんな……!!」

「良いから、お前たちは下がっていろ! ……大丈夫、俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。まだ、彼女に告白できてないんだからな……!!」

「部長! いろいろな意味で死ぬ気ですか!?」

「――ああ、愛しのサリーちゃん! いつか君が画面の向こうから出てくる日まで、俺は絶対に生き残ってみせるよ……!!」

「部長、今までお世話になりました。あなたの事は三秒ぐらい忘れません」


 なんだかあれよあれよという間に一人の男の評価がかなりアップダウンしていたが、ともあれ僕は人を食い殺した事も無ければ反射的に引き裂くなんて特技も持っていないし、時速五百キロなんて速度で走れるのならば今頃オリンピックで大活躍しているはずだ。


 ……まあ、ジャムパンは好きだけど……。


 ともあれ、数か月経った今も噂が消えることはなく、それどころか妙な形で尾鰭が付いているということも再確認することができた。

 そろそろ人間に可能か不可能かという判断基準を組み込んでほしいとは思ったが、まあ面白半分であることない事言いふらしている者がかなりいるのだろうと考えることにして、その場を去ろうとして、




「……あの、何か、御用です、か……?」




 か細く、しかしなぜかこの喧噪の中僕の耳まで届いたその声は、周囲のパニックを一気に鎮めてしまった。

 いきなりの事に何事かと振り向いてみれば、小さな女の子が――きちんと制服を着ていたので、少なくとも同学年以上なのだろうが――僕の方を見ていた。

 この時点でようやくその声が僕に対しての物だと理解したが、何をどう返せば良いのかとっさにはわからず無言でいると、その女の子は小さく首をかしげて、


「……あの、何か御用、ですか、と言ったの、ですが、聞き取り、にくかった、ですか……?」


 小さな鈴をいくつもこぼしたかのように涼やかな声が僕の耳に届き、その意味を把握して何かを返そうと口を開こうとした瞬間、


「――ッ駄目よ稀輝さん! この人に関わったら危ないわ!!」

「そうだぞ鬼々島君! 君はこの男の噂を知らないのかい!?」

「上級生を何人も狩り続け、この学校を乗っ取ろうとしている奴だぞ!?」

「そのうえ熊も無傷で仕留めるし、調子のいい時は戦車と真っ向から戦えるのよ!?」


 だからそんなことできる人間は物理的に存在しないということをいい加減理解してほしい。

 ともあれその訴えを聞いた女の子は、コテンと首をかしげると、





「……そんなことを、する人には、見えませんけど……?」





 僕は体が震えるのを感じた。

 その女の子がこぼしたたったそれだけの言葉には、今の僕を揺さぶるに余りある攻撃力が込められていた。

 その証拠に、僕は今にも泣いてしまいそうだったから。


「……あの、先ほどから、皆さんが言っている、事って、本当なんですか……?」


 だけどそんな恰好悪い所を見せたくもなかったから、その女の子の問いに、僕は首を横に振ることだけで答えた。

 それでも十分に意味は伝わってくれたようで、彼女はほっとしたように表情を和らげると、


「そうですか。それなら、よかったです」

「……なにが、よかったんだい?」


 口に出してから驚いてしまった。

 僕が今、とても自然に言葉を自分の口から放っていたからだ。

 普段ならばどうやって受け答えしていいかがすぐに浮かばずに十数秒間かけて整理した言葉をぼそぼそとこぼすのがやっとのはずだったのに。


「貴方が、悪い人じゃないって、わかったからです。だって――」


 そこで一度言葉を切った彼女は、にっこりと微笑んで、






「――私達が、育てたお花を、あんなにうれしそうな目で、見る事ができる人が、悪い人だなんて、信じたく、ありませんでしたから」






 ……ああ、この人は、ちゃんと僕を僕として見てくれたんだ……。


 河原 鬼之助(ぼく)の中の僕を始めて見つけてくれた人の元へ、僕の足は自然と動いていた。

 周りの人は僕が近付くと一気に引いていったが、その人は不思議そうな顔をしてそこに立っていてくれた。

 だから僕は、その人の少し前に立つと、口を開こうとして、やめた。


 ……このままじゃ、見下(みくだ)してしまう……。


 彼我の体格から来る上下差を意識したくなくて、僕は下が土であることも気にせずに片膝をつき、その子と視線の高さを合わせ、


「――河原 鬼之助、一年生です。……あなたの名前を、教えてください」


 そのまま流れるように、言葉を紡いだ。

 彼女は一瞬呆けたようだったが、すぐに微笑み、


鬼々島(ききしま) 稀輝(きき)と申します。同じく、一年生です。同じ学年で、しかもお花が好き同士ということで――」


 スッと、右手を差し出してきた。

 その手の意味が最初はわからなくて、でもすぐに握手のためのものだと思い至り、しかしそれが本当にそうなのかという確証がないままゆっくりと僕も自分の手を差し出す。

 すると彼女はさらに手を伸ばし、僕のごつごつした手を優しく握って、





「仲良くしてくださると、うれしいです」





 そう言った。



   ●



 運命なんて全く信じていないし、むしろそんな物なんかいらないとさえ思っていたけど。

 でも、この時ばかりは、神様に感謝した。



   ●



 鬼々島さんと出会ってすぐ、僕は彼女の所属する園芸部に入部した。

 もちろん周りの部員たちは猛反対したけれど、鬼々島さんがとりなしてくれたおかげで何とかなった。


 ……まあ、『何か問題を起こしたら即退部』、という条件は付けられたけど……。


 もともと問題なんて起こす気はかけらも無く、ただ彼女と花を育てて愛でることができればそれでよかった僕にとって、そんな条件はなんの拘束にもならなかった。

 そして、バイトの関係上力仕事に慣れていた僕は重い荷物などを運ぶのもお手の物だったし、細かい作業も苦手ではなかったので、入部してしばらくは遠目で見ていた他の部員たちも段々と僕に話しかけてきてくれて(鬼々島さんの促しもあったようだが)、一月も経つ頃には部員の中に僕を怖がる人はいなくなった。

 それは本当に幸せなことで、こんなに良い事が続くのは夢なのではないかと何度か自分の顔を思い切り殴りつけたが、普通に痛かったので夢ではないのだろう。


 ……部活中にそれをやって怖がられたから、もうやらないようにはしたけど……。


 それでも夢のような時間であることには変わりがなく、鬼々島さんと話していられる時間はあっという間に過ぎて行ってしまうほどだ。

 口下手な僕はあまり面白い話題も出せず、気の利いた返しもできなかったが、それでも皆は――彼女は、僕のつたない語りで笑ってくれて、少なくともこの部の中でだけは、僕は噂を気にしないでいられた。







 ――みんなで育てていた花が滅茶苦茶にされた、あの日までは。



   ●



 部長は一応引き止めてはくれたが、僕は園芸部をやめた。

 僕がいると、部員の皆に迷惑がかかってしまうことがはっきりと分かったから。


『河原 ちょーしのんな!!』


 土と混ざってしまうほどボロボロにされ、無残な姿になった花壇には、スプレータイプであろうペンキでそう書かれていた。

 それを見て、何が原因かが――誰が原因かがわからない人は誰もいない。

 他の皆も僕に怯えたような目を向けているのがわかるし、中には泣いている人もいた。


『……片付けよう。中にはまだ大丈夫な花もあるかもしれない』


 そう言って動き始めた部長を筆頭に、皆は無言で手を動かしていた。



 ――その中にはもちろん、鬼々島さんもいた。



 彼女の顔を見て、周りの皆の様子を見て、僕もその中に混ざりながら、この後すぐに退部届の紙をもらいに行こうと決めた。



   ●



『……河原君、君の人となりは皆理解している。今回の件で、君は完全に被害者だ。君の鉢は残しておく。いつでも戻ってきてくれて構わない』


 そう言ってくれた部長に頭を下げ、そして他の皆にも謝ってから、僕は部室を後にした。



   ●



 それからの僕は、他の人とのかかわりを避けるようになった。

 もとより僕の事を避けていた一般生徒はもちろん、園芸部の人たちとも話さないようになった。

 彼らも最初は僕に話しかけてこようとしたが、無視する僕の意図に気が付いたのか、それとも愛想を尽かしたのか、一週間ほどで話しかけてこなくなった。



 ――ただ一人、鬼々島さんを除いて。



「……河原さん、大丈夫、ですか……?」


 そう言って心配そうに僕を見つめてくる彼女を、それでも無視するのは心苦しかったし、悲しかった。

 だけど、それが彼女を護ることになるのだと言い聞かせ、もう来ないようにと一言だけ告げて、追い帰した。




 ……だけど、彼女はそれからも僕の所へ来続けた。




 何度も忠告したし、どうしてこのような行動をとっているかという意味も一から十まで全部話して聞かせたが、彼女は『私は、別に、構いませんよ?』といって態度を変えなかった。

 それとなく他の部員たちにも説得を頼んだが、もう全員が挑んで全員玉砕しているとの事らしい。

 もうここまで来ると彼女の根気の良さにあきれてしまって、僕は彼女がそばにいることを黙認してしまった。



   ●



 さみしいという気持ちを自分の中だけで抱えていることができなかった僕は、


 図体ばかりでかくて心はどうしようもなく弱かった僕は、


 ――彼女に、すがりついてしまったんだ。



   ●



 ……わかっていたことだ。こうなるのは、当たり前の事だったんだ。


「――逃げて、ください、河原さん!!」


 鬼々島さんの叫び声を聞きながら、僕はそんなことを考えていた。

 今僕は――いや、僕たちは学校の校舎裏にいる。

 ここは職員室からも離れていて、人も滅多に通らないことから素行の悪い生徒たちのたまり場になっている場所だ。

 そんな場所に、なぜ僕と半泣きの鬼々島さんがいるかというと、僕たちを囲んでいる――正確には、一人がガムテープで手首を拘束された鬼々島さんを横に置いて離れたところに立っていて、それ以外は僕を取り囲んでいる――先輩方に呼び出され、連れてこられたからだ。

 僕がいつものように呼び出されてみると(素直についていかないと周りに迷惑がかかるからだ)、いつも僕を取り囲んでいる先輩方の中に、見慣れない顔があった。

 それが、鬼々島さんだった。


『最近お前、この女と仲良いそうじゃねぇか。おとなしく何の抵抗もしないで殴られな。じゃないとこいつがどうなるか、わかるな?』


 そう言われて、後はいつもと少しだけ違ういつも通りが始まった。

 拳、蹴り、肘、膝が、僕の体のいろいろな場所にあたり、鈍い音をたてていく。

 いつもならば大半をよけたり受け止めたりしてダメージを減らすのだが、今日はその手が禁じられているため、僕の体には痛みが蓄積されていく。


「河原さん! お願いですから、逃げてください!! 私なら、大丈夫、ですから!!」


 時折聞こえる鬼々島さんの悲痛な声を聴きながら、僕は一切動かずに痛みを蓄え続ける。



「――大丈夫、心配しないで。目を瞑って、耳を閉じていていい」



 どれくらい時間が経っただろうか。

 この時間が始まってからずっと、泣きながら叫んでいる彼女の事が心配になり、僕はゆっくりと彼女に向けて話しかける。



 ――痛いのは、僕だけだから。

 ――悪いのは、僕だけだから。


 ――君は全然、痛くないから。

 ――君は全然、悪くないから。



 ――だから、君は何も心配しなくていい。



 これは、僕の偽りない本心だ。

 実際、今現在僕を痛めつけている先輩たちに対して、僕は恨みなどを一切感じていない。

 この事態を招いたのは、一から十まで全部僕の甘えが原因だからだ。

 だから、この事態に対する責任は全て僕が受けるべき物であり、この事態に対する彼女からの叱責も僕が受けなければならない物だ。


 ……ああ、これで僕も、完全に一人ぼっちだな……。


 この学校に入るまで――正確には、園芸部に入るまで――の日常が、また僕の日常になるだけだ。

 最初は今までの事と比較してしまって辛いだろうが、それにもすぐに慣れるだろう。

 その点には何の問題も無い。

 今僕が抱える問題は、たった一つだ。


 ……彼女を、巻き込んでしまった……。


 その償いをどうするべきかが、今現在の最重要事項だ。

 本来、彼女のような人間はこんなことに関わるべき人ではない。

 こんなことに関わらせてしまったのは、全部僕の弱さが原因だ。


 ……とにかく、謝らないと……。


 視界の端にバットを振りかぶった(手で殴るのも疲れたのだろう)先輩をおさめながら、僕は彼女に顔を向け、できる限りの笑顔で、言う。



「巻き込んで、ごめんなさい……」



 ――その瞬間、僕は叫び声を聞いた。



   ●

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