濡れた髪と、触れた髪と
普通、逆だろ。と言うツッコミは受け付けません。いや、好きな子の手をとって雨の中走る、素晴らしく青春でしょうね。が、しかし! 現実は時に厳しい。好きな子に手を引かれ走ることになるとは。しかも佐久間は疲れた様子はない、俺は酸素を求めて荒い呼吸をしている。だ、ダサい。
バス停には俺と佐久間と何人か。うちの制服のやつはいないみたいだ。いや、いないからといって安心は出来ないけれど… 俺の髪の毛は現在触るな危険状態になっている。エセ直毛のメッキが剥がれかかってる。まずいまずいまずい。
「町田くん、タオル使っていいよ。」
そう言って、佐久間がタオルを渡してきた。…これは、あれですか。間接キスならぬ間接タオルですか… どうする俺、願ってもないチャンスだけれど、このあと絶対痛い目見るぞ。どうする、どうするよ、俺!
…潔癖性、かな。人のものとか使えないタイプなのかな? 私のタオルを両手で持ち、動きがない町田くんを見て私はそう思った。うーん、別に汚くはないと思うんだけど。あ、もしかして汗臭いかな! そこまで気にしなかったなぁ、でも濡れたままだと風邪ひくかもしれないし。
「大丈夫、汗臭いかもしれないけど清潔だから!」
ん?なんか矛盾してるか。まぁいっか。
そう言えば小さく頷く町田くん、なんか…可愛かった。これが萌えるってことなのかな、少し恥ずかしいな。町田くんも少し顔が赤い、町田くんも少し恥ずかしいのかな?
少しためらったあと、町田くんは私のタオルを顔に当て、濡れた顔を拭き始めた。…なんか、急に恥ずかしくなってきた。いや、使っていいと言ったのは私だけれど。一応異性だし、まぁなんか…あれだった。
「うん、ありがと。」
そう言って、私にタオルを返す。
「髪の毛は?拭かないの?」
「…自然乾燥でイケるよ。」
いや、いけないでしょ。結構濡れてるけど…うーん、しょうがない。
失礼します!と心の中で叫び、タオルを町田くんの頭に乗せ、拭いてあげた。
「さ、佐久間。大丈夫、ガキじゃないんだから!」
「大丈夫だよ、私弟いるから慣れっこだよ。」
そう言って、力一杯拭いてあげる。身体は私より大きいけれど、なんか子供を相手にしてるみたい。少し楽しみながら髪をぐしゃぐしゃにしながら拭いてあげた。
さぁ、これはなんのサービスだ?好きな子に髪の毛をタオルで拭いてもらってる。これは意外と、いや確実に俺は得をしているよな?
…だがしかし、タオルをどけたが最後、俺の頭はジャングルとなっていた。
…おお、すごいびっくりしてる。いや、直毛でも少しは乱れるだろうけど…ここまでにはならないよねぇ。いやだって、俺のはまがい物だし! 文明の利器の力だし!
「…町田くん、髪の毛くるくるだね。」
「…実は、俺癖っ毛でさ。アイロン使って無理矢理ストレートに見せてたの。」
終了です、ドン引きですよね。あー、終わった。長かった俺の恋、終わりはなんと短いことでしょう。泣いてもよいでしょ、これは。
「なんでアイロンなんて使うの?」
返ってきたのは意外にも素朴な質問。なんでって、そりゃ…
「直毛が羨ましいから。」
「ぜーんぜん!ボリュームつけにくいし手入れも大変だし。私は逆に癖っ毛羨ましいけどなぁ。色々髪型試せるじゃん!」
そう言って、佐久間は俺の髪を触った。柔らかい手の感触が、なんか心地よかった。はい、俺は変態です。認めよう、俺は変態だ。
おもしろーい。くるくるしてるし、自然なクセも出来てる。羨ましいなぁ、私に少し分けて欲しいなぁ。そんなこと思いながら、町田くんの髪の毛を夢中で触っていた。
うつむいた町田くんを見て、我に返る。あ、やばい。なにしてるんだろ。そう思い、すぐに手を話す。
「あ、ごめんね。つい羨ましくなっちゃって。」
「いや、大丈夫。」
「その…私ほんとまっすぐだからさ。あんまり髪型のレパートリーがないというか。だからすごいうらやましいんだ!」
ちょっと苦しいか。普通憧れてる髪質の人がいても、こんな馴れ馴れしく髪の毛触んないよね。
「…佐久間は、そのままで綺麗だよ。」
突然聞こえた声。見れば、町田くんがこちらを見ている。いや、正確には私を見ている。…今のは、どういう意味?
「髪、まっすぐな方が絶対にいいよ。」
「あ、ああ。そーかな、ありがとね!」
ですよね、髪の毛の話ですよね。いや、変な意味で捉えたとかじゃなくてね、ちょっと急だったから…ね。
不意に、頭に温かいものが触れた。町田くんの、手だ。…えっと、こういうのは初めてなので、どうすれば正解なの?
…とりあえず、なんかホッとする。別に嫌ではない、むしろ心地よい。
プップー
おい、空気。バスの運転手、今ではなかった、あなたのアドリブのせいで俺の努力は砕け散りましたけど。
「あ、バス来たね。乗ろっか?」
そう言って、佐久間はバスに乗り込む。おお、まるで何事もなかったように…だいぶショックだな。落ち込みながらも俺も乗り込む。
「あのさ。」
「ん、なに。」
「別に、癖っ毛でもいいと…思うよ。町田くんは、町田くんだし。」
それがバスでの唯一のやり取り。単純に嬉しかった。あれ、まだチャンスが…
「次は、○○前、○○前。」
アナウンスさえ俺の邪魔をするか。もう今日はなんなんだ。ついてるのか、ついてないのか…
「じゃあ、また明日ね。」
そう言って、佐久間はバスを降りて行った。
…なんか、俺だけ色々考えすぎだったかな。何もなかったわけじゃないけど、特に何もなかった感じだしな。佐久間も普通だったしな、まぁそれが普通だよなぁ。
まだ少し湿った髪を触る。まっすぐだった面影はない、ただの癖っ毛だ。うーん、やっぱり好きにはなれないな…
でも、佐久間はいいと言ってくれた。このままでも、いいと言ってくれた。好きな子にそんなこと言われたら、嬉しいものだ。…まぁ、俺の努力を否定されたことにもなるんだけど。
俺の努力を砕いた雨は、少し弱まった。佐久間、大丈夫かな…
うう、小雨うっとおしい。いっそ大雨になってくれれば全力で走れるのに。小雨の中走るのは、なんか恥ずかしい。周りの人も歩いてるし… 周りに流される日本人の特徴なんだろうな、これ。
濡れた髪を触る。…綺麗だって言ってたな。思い出して、恥ずかしくなりながらも少しニヤついてしまう。
町田くんが触れた部分に手を当てる。男の子に頭を触られたのは初めてだ。なんか、特別で、大事な経験が出来た気がする。
とりあえず! 今日から髪のケアはしっかりしよう。綺麗だって言い続けてもらいたいしな。…そのうち、町田くんのありのままも、見てみたいななんて。
少し楽しくなりながら、私は小走りになって家へ急いだ。




