第三十二話 童帝は悪夢に対面する
「やーっと終わった!」
今日のバイトが終わった帰り道、少し薄暗くなってきた道を歩きながらのびをする。今日はあの後にまた忙しくなったから疲れた。結局四葉におごったことで結構な出費になったし、店長も麻女さんや麻帆ちゃんと話してたからいつもよりこき使ってきたしでさんざんだな。……まぁ、これは俺が悪いけど。
それにしても麻帆ちゃんが喜んでくれて良かった。麻女さんもすごく喜んでくれたし、子どもが暗い顔しているのは見たくないからな。
「あっ、善次郎さん……」
「あれ、桜童君じゃない」
「あっ、麻女さん、麻帆ちゃんこんばんは」
麻女さんと麻帆ちゃんのことを考えていたら、ちょうど二人に出くわした。何というか噂をすればなんとやらというやつだろうか?
俺がそんな事を考えているとはつゆ知らず、二人は俺のことを呼びながらこっちに近づいてきた。
「こんなところで奇遇ね、何してるの?」
「今バイト終わったところなんですよ、そちらこそ何してるんですか?」
「実は今日二人でタコパすることにしたから材料買ってきたの」
「はい、私もうまくまん丸たこ焼きに出来るように頑張ります!」
よく見ると二人ともエコバッグに食料をいっぱい詰めて持っていた。麻帆ちゃんもうまくたこ焼きを回そうとやる気いっぱいみたいでほほえましい。
……というか、二人なのにたこ焼きパーティーと言っても良いのだろうか?
「あっ、そういえば桜童君はこれからおうちでご飯?」
「えっ、まぁそうですね」
突然麻女さんに今日のご飯を聞かれたので思わず返事をしてしまった。とは言っても聞かれて困ることでもないのだけど。
「いいなぁ実家暮らしは、家に帰ったら暖かいご飯が待ってるんだから」
「そうはいっても、今日は親がいないので自分でご飯を用意しないといけないですけどね」
「あらー、それはたいへんねぇ。桜童君ってちゃんとご飯作れるの?」
「雑なものならなんとか作れますよ」
「何で雑なの!!」
どうやら俺の作れる料理がツボったらしく、麻女さんは腹を抱えて笑っている。別に気にしてなかったが、ここまで笑われると少し恥ずかしくなってくる。
しかし、そんな麻女さんの隣で、麻帆ちゃんは何か言いたそうにしていた。とりあえず何を話そうとしているのか気になったので待っていると、息を整えていた麻女さんがそのことに気がついて麻帆ちゃんに声をかけた。
すると麻帆ちゃんがなにか麻女さんに耳打ちを始めた。ほうほうと麻女さんが相づちを打つと、なんだか悪い笑みを浮かべ始めた。なんか嫌な予感がする。
「ねぇ、桜童君が良かったらさ、一緒にタコパする?」
「えっ、良いんですか?」
彼女の提案は、予想外にも食事のお誘いだった。てっきり変なことを言われるかと思ったんだが、もしかしてこれって麻帆ちゃんの提案か?
「もちろん! ちょうど大量に食料買い足したところだし、それに麻帆ちゃんが君のこと気に入ったみたいだからさ」
「ちっ、違いますから……」
なるほど、今日のことのお礼と言うことだろうか? それなら遠慮するのは逆に失礼だろうか?
「そういうことなら良いですよ」
「ちょっと、善次郎さんも本気にしたらだめですよ!?」
「あー、やっぱり迷惑だった?」
「あっ、いえ別にだめな訳では……」
麻帆ちゃんが顔を赤くしながら反論するが、一緒に食べることは別に良いらしい。よくわからないけど、そういう年頃なんだろうか?
それよりも、チケットを当てた本人である四葉を差し置いて俺だけお礼をもらうのは気が引ける。一言断ってから連絡してみようかな。あいつも気にしてたみたいだから喜びそうだ。
「そういえば、もう一人誘いたい人がいるんですけど良いですか?」
「ん? どんな人?」
「麻帆ちゃんにプレゼントしたチケットを当てた子なんですけど、ほら今日お店に来てたたくさん食べること一緒にいた……」
「あぁ、あの子ね。私は良いけど麻帆ちゃんは?」
「はい、そういうことなら私も直接お礼が言いたいです!」
「良かった、それじゃあ連絡してみます」
二人の許可をもらったので携帯の連絡帳で四葉の番号を探す。時間的にはまだ四葉も晩ご飯を食べていないはずだ、もう用意はしているだろうから四葉の家の人には申し訳ないが……
「……! 待ってください!!」
「うおっ!? どうしたんだ?」
四葉に連絡をしようとしたその瞬間、麻帆ちゃんが大声で制止してきた。驚いて携帯を落としそうになったがなんとかキャッチすることに成功した。
「どうしたんだよ急に……」
「そうよ、やっぱり桜童君だけの方が良かったの?」
「いえ、違います、そうじゃなくて……」
「じゃあどういうこと? ……あれ?」
「この感覚、なんで…… あっちとこっちは違うはずなのに……」
「麻帆ちゃん、大丈夫か?」
大声を出したかと思うとうつむいてぶつぶつと何か独り言を始めてしまった。なぜかはわからないが明らかに様子がおかしい。よく見ると顔は青ざめて肩を抱いて震えている。
大丈夫かと声をかけようとしたその時、背後から凄まじい悪寒がして反射的に二人をかばうように自分の体を盾にしていた。
「危ない、伏せて!!」
その言葉と同時に黒い影のようなものがこちらに襲いかかる。とっさに腕で受け流したが、思った以上に威力が強く腕がしびれてしまう。しかし後ろの二人に危害が及ばないように黒い影にけりを入れると、黒い影はうめき声を上げながら距離をとった。
それは人型ではあるが人間では無い、人と同じ二足歩行だが爪が有り、毛皮がある。顔は犬と言うよりもどう猛なオオカミのような見た目をしており、こちらに対して威嚇するように牙をむき出しにしている。
こいつが何者かはわからないが明らかに危険だ、少なくとも後ろの二人を逃がさなければ!!
「二人とも逃げろ!!」
「……それも出来そうに無いのよね」
「えっ?」
麻女さんの言葉に疑問を覚えて周囲を確認すると、気がつけばあたりが子どもの落書きを黒や紫色と言った色に変えて悪趣味にしたかのような空間に変化していた。おそらくは逢魔が使ったような外界から遮断するための結界のようなものだろう。このままでは逃げられそうにも無い。
「グルゥ、ガッ!!」
「おっと!?」
周りの変化に気をとられすぎたせいでオオカミ人間の接近を許してしまった。相手の爪による攻撃を横から叩いてずらし、横腹に一撃を入れる。人間で言うと肝臓の部分だが、どうやらあまり効果は無いようだ。痛みは感じているようだがあまり手応えが無い、このままだとじり貧だ。
……こうなったら力を使うしか無い、近くに二人がいるけどそんな事は命に代えられない。説明は面倒だが、ここでやらないでどうする!!
「やってやる!! 童帝王の……」
「……私に任せて!!」
魔法を使おうとしたその時、麻帆ちゃんの言葉と共に背後から巨大な力を感じた。何事かと考える暇も無く、目の前のオオカミ人間が吹き飛ばされる。
突然の事に呆然としていると、上空から誰かが降り立った。
「あなたたちがなぜこの世界にいるのか理由はわかりません」
彼女はまだ小学生くらいの幼い女の子であった。ピンク色を基調としたフリルのドレスを身にまとい、手にはハートマークを象ったステッキを持っている。それはまるで、子ども向けのアニメに出てくる魔法少女のようで……
「だけど、また罪の無い人々を傷つけようとするのであれば許しません!!」
俺は彼女を知っていた。それは、さっきまで俺が守ろうとしていた少女。
「夢を守り、愛と希望を皆に伝える魔法少女!!」
彼女はそう高らかに宣言すると、手にもつステッキを掲げる。
「マジカル・マホ、ここに参上!!」
麻帆ちゃんはポーズを決めると、立ち上がろうとするオオカミ人間にステッキを向ける。その眼は、戦うことを覚悟した眼であった。
「これ以上は誰も傷つけさせはしません!!」
こうしてオオカミ人間との戦いは、俺の予想していない方へと向かっていくのであった。