第三十一話 童帝は不思議な女の子に出会った。
ゴールデンウィークの初日だというのに俺はバイトをしていた。最近源仙兄妹と一緒によく遊ぶようになって出費が増えたこともあるが、俺と一緒のバイトの麻女さんが予定が入って今日休みでもあるからだ。ほかにもバイトはいるが俺もお金が足りないので、ゴールデンウィークの初日にも仕事を入れているのだ。しかしちょうどお昼も過ぎたので客もまばらになり、穏やかな時間が流れている。
「それにしても桜童さん、ここのお料理は美味しいですね」
「おう、けど今回はおごらないぞ」
「わかってますよ、そのために今日はお財布の中をぱんぱんにしてきましたから」
そういいながらこの店特性のパンプキンパイをほおばるのはクラスメイトの淡雪だ。真っ白な髪と肌で小柄な体型をしている。可愛らしい顔もあって雪の妖精と言われたら信じてしまいそうになる。しかしその体に似合わず食事量はすさまじく、この前もこの店のメニューを全制覇し、俺の財布をすっからかんにされてしまった。
そんな淡雪は今回、四葉と一緒にこの店に来ていた。テーブルの上をほとんど占領している淡雪に対して、四葉ははじめにショートケーキを頼んだだけであり、大量に食べる淡雪を見ているだけでおなかがいっぱいになってしまったようだ。
「それにしてもよくその体にそんなに入るね?」
「えっ、これくらい普通じゃないですか?」
「アハハ…… 私には無理かな」
淡雪の恐ろしい発言に、四葉は苦笑いしか出来ないようだ。正直俺も衝撃を受けているが、いったいこの子の中身はどうなっているのだろうか?
「四葉はなにか頼まないのか?」
「あー、私は見てるだけでもうおなかいっぱいかなぁ。その代わり飲み物が欲しいな」
「かしこまりました」
さすがにこの量は見ているだけで胸焼けするのか、注文はドリンクだけであった。とりあえず四葉の好きな紅茶を注文されたので、早速オーダーをとる。
店長が紅茶を入れて俺がテーブルまで運ぶと、来客を告げるベルが鳴った。お客さんに向かって挨拶をすると、見知った顔の人物であった。
オレンジ色の綺麗な髪のお姉さん、バイトの先輩である麻女 南さんだ。
「こんにちわ」
「あっ、麻女さんこんにちわ。今日シフトは言ってましたっけ?」
「あはは、違うよ。今日はちょっと紹介したい子がいるから来たんだ、ほら」
そう朗らかに笑いながら扉の中に入ってくると、後ろに隠れている少女が視界に入った。小柄で黒髪ツインテールの大人しそうな雰囲気を出しており、見たところ小学校五・六年生位だろうか? 麻女さんとは対照的な印象を受ける。人見知りなのだろうか、こちらを見て少しおびえているようにも見える。
麻女さんに促されて、その少女は前に出てきて丁寧に挨拶を始めた。
「えっと、鐘城 麻帆です。よろしくお願いします」
「ウチの姪っ子、せっかくだからここでお昼食べよっかなって」
「いらっしゃい麻帆ちゃん、俺は桜童 善次郎、麻女さんにはいつもお世話になってるよ。さぁ、どうぞこちらの席へお掛けください」
なるべくおびえさせないように優しい笑顔を心がけて接客する。しかし逆効果だったようで麻帆ちゃんに愛想笑いされ、麻女さんは笑いを必死にこらえていた。
二人を席まで案内すると、メニューを渡して席から離れる。麻女さんは親しげに麻帆ちゃんとはなそうとするが、その麻帆ちゃんは少しよそよそしい感じがする。最初は妹かと思ったけど、もしかしたら違うのかもしれない。
「何食べる? 好きなもの選んでいいからね」
「えっと…… じゃあ、これでお願いします」
二人でメニューを見ながら相談していると、麻帆が指さしたのはこの店で一番安い軽食のサンドイッチだった。指を差すときも麻女さんの様子をうかがっていたし、何というか大分遠慮しているような感じがする。
「そっか、それじゃあ私はこっちにしようかな」
「えっ」
しかし、そんな彼女の様子を見て麻女さんは少し笑うと、別のメニューを指さした。それはさっきまで麻帆ちゃんがちらちら見ていたオムライスだった。喫茶店と言うこともありすこし値が張るが、この店のオムライスは子どもたちにも人気がある。
麻女さんは麻帆ちゃんがオムライスを食べたがっている事に気付いて頼んだようだ。この人は前から細かいところで気配りが出来るため、男女問わずに人気が高い。
「せっかくだからわけっこしましょ、そっちの方が色々な料理が楽しめていいもの」
「そうですか…… わかりました」
興味なさそうにしてはいるが、内心は嬉しそうにしている。気は使っているが、うれしいものはうれしいらしい。注文が終わり、先ほどよりも明るい雰囲気になった麻帆ちゃんは、持ってきた本に目を落としている。その間に麻女さんがこっちに来たので疑問を投げかける。
「それで、あの子はどうしたんですか?」
「義姉の子なんだけど、どうしても外せない仕事が出来たからって私に預けられる事になったのよ。正直私子どもの世話なんてしたことないから、桜童君にアドバイスをもらおうと思って」
「何ですかそれ、俺だって子どもの世話なんてあんまりしたことないですよ」
「あんまりって事は経験はあるんでしょう? ちょっとくらい手伝ってくれない?」
なかなかに無茶をいう。子どもの相手とは言ったが、転生してから同級生との関わりがそうっぽいなと思っただけだし、正直一緒に馬鹿やってたから子どもの相手とも言えない。強いて言うなら前世での甥っ子の相手くらいだ。
どうしようかと考えていると、麻女さんは言葉を続けた。
「とりあえずどこか遊べる場所知らない? 私この辺で子どもが遊べる場所って全然知らないのよ」
「麻女さん大学生ですよね? 俺よりもそういうの知ってそうな気がするんですけど……」
「カラオケや居酒屋につれてっていいなら私でもいいけど、そうは行かないでしょ!! お願い助けて!」
この大学生だめだ、遊んでるけど方向性が違う!! そんなところにちっちゃい女の子を連れて行けるわけ無いだろ!! こんな人に任せたら色々だめな気がする、なんとかしなければ。
そもそもどこに行きたいかなんて、麻帆ちゃんのこと何も知らない俺がわかるはず無いだろ。それならまずは彼女のことを知るところから始めなければ。
「別にいいですけど、とりあえず麻帆ちゃんに何したいか聞いたんですか?」
「それが家で本読んでるから別にいいって。せめて映画やゲームを進めてみたんだけど、大丈夫の一点張りで……」
「ならとりあえず遊園地なんてどうですか? アルミランドとか、俺たちも行く予定があるんですけど」
「それいいわね、ちょっと行ってくる」
その発想はなかったのかナイスアイデアとこっちを指さすと、麻女さんは麻帆ちゃんのところへ向かっていった。なんだか動きが古くさい。そもそも請け負っといて何も考えていなかったのか。
「ねぇ麻帆ちゃん、隣町にアルミランドって遊園地があるんだけど、一緒に行かない?」
麻女さんに声をかけられて、今まで本を読んでいた麻帆ちゃんが顔を上げた。遊園地、という言葉に一瞬反応して眉を動かしたが、麻帆ちゃんはすぐに悲しそうな顔をして顔を横に振った。どうしたのだろうか?
「……別に大丈夫です。お姉さんに迷惑はかけられないですし、私は本があれば十分ですから」
「そんな事言わないで一緒に行かない? 楽しいわよ」
「……でもいいです。気を遣ってくださってありがとうございます」
彼女はそう言い終わると、また本に顔を落としてしまった。別に行きたくないわけではないんだろうが、大分遠慮をしているようだ。そんな事を考えていると、敗北した麻女さんが肩を落としながらこちらに帰ってきた。美人な顔が悲しみでしわしわになっていた、ちょっと面白い。
「どうしよう、このままじゃあ楽しい思い出一個もなしのゴールデンウィークになっちゃう」
「そもそも事前に何しようか考えてなかったんですか?」
「ゲームとかショッピングとか色々考えてたけど全滅したの!! 一緒にいっぱい遊びたかったのにぃ~」
なんというか、ご愁傷様です。正直そこまで行くとなんでここまで消極的なのかわからない。そこで少し気になっていた事を聞いてみる。
「麻女さん、麻帆ちゃんっておうちでもこんな感じなんですか?」
「えっ、家では?」
麻女さんはびっくりした表情を浮かべると、しばらく考え始めた。そしてあー、と口を開くと家での様子を話し始めた。
「そうね、基本的には本を読んでるけど、私がご飯の用意をしたり掃除を始めたりしたら手伝ってくれるわね。洗濯物とかも積極的にしてくれるし、ホントにいい子なのよね」
「なるほど、それじゃあ嫌われてるって可能性はなさそうですね」
「えっ、ちょっと待ってそんな可能性あったの!?」
とりあえず麻帆ちゃんを遊園地に連れて行く作戦は思いついた。さっきの反応から行きたくないって訳ではなさそうだし、麻帆ちゃんの優しさにつけ込むようでちょっと嫌だけど、せっかくなんだから楽しんで欲しい。そのためには四葉の協力がなければならない。
そういうわけでショックを受けている麻女さんを放置して、四葉に話しかけにいく。四葉は不思議そうな顔で俺の顔を覗いていたが、事情を話すと真剣な顔で聞いてくれた。
「……って事なんだけど、いいかな?」
「私はもちろんいいよ! 紗友ちゃんと逢魔君もきっと良いって言ってくれるよ」
「そうか、ありがとな四葉」
「ううん、善ちゃんのそういうところが良いところだもん」
俺の提案を四葉は喜んで受け入れてくれた。源仙兄妹には事後報告になってしまうが、たぶん同意してくれるはずだ…… してくれるよな?
とりあえず四葉の協力も取り付けたし、麻帆ちゃんに話しかけてみようかな。うまくいけばいいけど……
「麻帆ちゃんこんにちは」
「……こんにちは」
俺が話しかけると、麻帆ちゃんは本から顔を上げてこちらを向いた。とりあえず話をするために目線を合わせて、話を始める。
「さっきの麻女さんとの話を聞いてたんだけど、麻帆ちゃんは遊園地が嫌いなのかい?」
「……別に、嫌いじゃないです。言ったこともないですし、それに……」
「それに?」
そこまで言うと、麻帆ちゃんは少し顔をうつむけてしまった。言いづらそうにしていたが、未だにうなだれている麻女さんの方をちらちら見て彼女がこっちの話を聞いてないとわかると、ようやく話を始めた。
「遊園地は結構お金がかかるって聞きました。ただでさえ泊めてもらってるのに、これ以上迷惑はかけられません」
「迷惑だなんて、麻女さんは麻帆ちゃんと遊びたいって思っているよ」
「それでも、お姉さん一人暮らしだし……」
なるほど、この子は優しすぎるから色々考えてしまうんだな。ならなおさらこの休みを楽しんで欲しいし、もう少し自分に正直になって欲しい。
まだ渋ろうとする麻帆ちゃんに、あるものを差し出す。彼女は最初なんだろうと差し出されたものを見ていたが、その正体に気がつくと目を見開いてこちらを向いた。
「これ、遊園地のペアチケット……」
そう、彼女に渡したのは以前四葉が当てた遊園地のペアチケットだ。結局これをどうするかで話し合ってどうしようか悩んでいたので、四葉に麻帆ちゃんに渡せないか頼んだのだ。
「うん、これなら無料で遊園地に行けるでしょ? そしたらもう問題は無いから遊園地に行けるね」
「でも、お兄さんも誰かと行くんじゃないんですか? そんなものもらえません」
「ううん、実は友達四人で行こうと思ってたんだけど、このままだと誰がチケットを使うかで喧嘩思想だったんだ。そうなるんだったらせっかくだし、行きたい子に渡して皆で一緒にしようって話してたんだ」
正直彼女の優しさにつけ込むようで嫌だったけど、たぶんこの子はこれくらい強引にしないといけないタイプだと思う。
麻帆ちゃんはしばらく考えると、おずおずとこちらに声をかけてきた。
「あの、なんでここなでしてくれるんですか? 今日会ったのが初めてなのに……」
あぁ、そのことか。正直誰が使うかで悩んでいたって言うのもあるけど、もう一つ理由がある。
「さっきも言っただろ、麻女さんにはいつもお世話になっているからね。なるべく力になってあげたいんだ」
「えっ、お姉さんに?」
「うん、麻女さん色々麻帆ちゃんと遊ぶの楽しみにしていたみたいだからさ」
「そう、ですか……」
「だから、せっかくだし麻女さんと一緒に遊んできなよ」
麻帆ちゃんはしばらく考え込むと、チケットを胸元でぎゅっと抱きしめて頭を下げてきた。
「善次郎さん、ありがとうございます!!」
そう言うと麻帆ちゃんは落ち込んでいた麻女さんのほうへとかけていき、話し始めた。しばらくすると麻女さんは顔を上げてすごく嬉しそうにはしゃいでいた。麻女さんがあんな顔しているの初めて見た。
「……善ちゃん、貸し一だよ?」
「おう、もちろん。おごってやるから好きなの頼め、もちろん四葉のだけだけどな」
「やった、何頼もっかな?」
おごってやるって言った瞬間何頼もうかと嬉々としてメニューを開き始めた。全く現金なやつだ、さっきまで淡雪の食べてる姿見て胸焼けしていたって言うのに。
あっ、淡雪はおごらないからそんな顔してもだめだぞ。
「さっ、お話しも終わったみたいだし、お仕事お願いね」
「すいません、ありがとうございます」
話し終わった頃を見計らったのか店長が注文の品を渡してきた。俺は二人にオムライスとサンドウィッチを持っていくと、楽しそうにしている二人のテーブルに置く。
楽しそうな麻女さんに少し気圧されていた麻帆ちゃんだったが、嬉しそうに食べ物を取り替えっこしていた。