第二十七話 魔王と勇者の新しい日常
第1章エピローグです。
桜がパラパラと散り、鮮やかな黄緑色の葉が顔を出してきた。これまでの人生で、自然をじっくりと観察した記憶があまりない。もしかしたらずっとかつてのことを気にかけていたのかもしれない。
「兄上、どうしたんだ」
かわいい妹の声が聞こえて振り返る。美しい黒髪はいつも通りにポニーテールにしていたが、彼女らしくない桜のピンで前髪をとめていた。何というか露骨な変化に思わず苦笑してしまう。そのことに気がついた紗友が非難がましい眼でこちらを見てくる。
「兄上、何か勘違いをしてないか? 私は……」
「そんなことしてないよ。それよりもほら、前を歩いているのは彼じゃないか?」
「えっ、ホントか!?」
前を歩く二人組を指さすと、そこには彼がいた。桜童 善次郎、僕と紗友を救った男。彼を見た瞬間の紗友の反応は、それはそれは面白くていつまでも見ていたくなる。彼もこちらに気付くと手を振ってきたので、一緒に登校することにした。
「逢魔、体の調子はどうだ?」
「ああ、まだ少し痛むが大丈夫だよ。それよりも筋肉痛の方がひどいな」
「あー、昨日は悪かったな。手荒なまねして」
「本当に、次はもう少し優しくして欲しいな」
気がつくとめがねの少女がこちらに聞き耳を立てている。確か同じクラスの早乙女さんだったかな? 面白いからすこしからかってあげようかな。
「なんだよそれ、なんか言い方かおかしくないか?」
「そんなことないよ」
「……兄上、少し近くないか?」
「なんかどんどん近づいてないか?」
「そんなこというなよ、あんなことした仲だろ?」
「「えっ!?」」
あっ、早乙女さんだけでなく希望ヶ丘さんまでつれてしまったか。これはまずいことになったのでは?
「ちょっと善ちゃんなにしたの!? ちゃんと説明して!!」
「善次郎君、詳しくお話し聞かせて!!」
「逢魔てめぇ、覚えてろよ!!」
そう言うと善次郎は走り出し、その後を二人が追いかけた。まだ冗談は慣れないな、おふざけが過ぎてしまったかもしれない。横を見ると紗友は残念そうな顔をしていた、少し申し訳なかったな。後で善次郎にも謝らないと。
「すまない、紗友」
「いや、気にしてなどいない」
そんな顔で言われても困るな、帰りの時は余計なことを言わないようにしようかな。
「兄上」
「なんだい?」
紗友が僕を呼ぶ、こういうときはまじめな話だ。こちらも茶化さずに答えなければ。
「私はあなたの妹でいいのだろうか?」
……なんだ、そのことか。昨日の一件で私も考えさせられた。自分の正直な気持ちを彼女に伝えよう。
「紗友、私は今まで魔王として生きてきた」
「……それは私もだ、私も勇者として今まで生きてきた」
「だけど昨日彼の話を聞いて、僕も色々考えていたんだ。僕は確かに魔王として生きてきたが、それだけじゃなかった」
「はい」
「僕にとって紗友、君は大切な妹で、僕は君の兄として生きていた」
昔から危なっかしくていつも心配していた。人間としての振るまいがわからないときは紗友にいつも助けられていた。兄として彼女を助けたことより、助けられた事の方が多かった。それでも兄として、年長者ととして振る舞うために勉学に励み、頑張ってきた。
「はい」
「だが僕は、君を殺そうとした。魔王と勇者、ただそれだけの関係と言うだけで……」
「だから紗友、聞かせてくれ。僕は君の兄でいいのだろうか?」
僕は最低の人間だ、自分が怖かったがために妹に手をかけようとしたのだ。だから、僕の方こそちゃんと聞きたかった。こんなひどい男でも、ちゃんと兄として認めてくれるのか。
紗友は虚を突かれたかのように目を見開いて固まった。しばらくの間沈黙が広がる。彼女に否定されるのが怖かった、だから今まで聞くことが出来なかった。だが、彼女が勇気を出して聞いてきたなら、僕も優希を出さなければならない。風が吹き抜け桜が舞うと、紗友の口が開いた。
「もちろんですよ兄上。子どもの頃から心配性で優しくて、妹にべったりだった大好きな兄上。これからは勇者と魔王ではなく、ちゃんと兄妹として生きていきましょう」
「……あぁ、そうだね」
そうだ、僕はもう魔王ではないんだ。今まで前の世界のことを考えて生きてきたが、僕は源仙 逢魔であって魔王ではない。そのことをすぐには受け入れられないが、少しずつ歩み寄っていこうと思う。この世界と、この世界の家族に。
紗友が僕の手を握ってきたので握り返す。こうして手をつなぐのはいつぶりだろうか? 小学生の時が最後だったかもしれない。こうして僕は紗友と一緒に昔話をしながら登校する。逢魔と、紗友との昔話を。そして僕は考える。
源仙 逢魔、僕はもう、それ以上でもそれ以下でもないんだって。
これでひとまずこの物語は一区切りとさせていただきます。
ここまで来るのにとてつもない時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。
また、新しく読み始めていただいた皆様も、このような拙い文章を最後まで読んでくださりありがとうございます。
ここまで読んでくださってありがとうございました。