第二十六話 童帝は兄妹げんかを止めるために戦う
一か八かの賭けだった。
どこにいるかもわからない紗友の所にいち早く駆けつけて助けるには、『童帝王の絶対魔法』を使って助け出せばいい。しかし、その方法では紗友を助けることは出来てもこのバカな兄妹喧嘩を止めることは出来ない。そこで、契約者を自分の元に召喚する『童帝王の絶対魔法』をうまく使えば、逆に俺を契約者の所に召喚できるのではないかと考えた。
なんとか三体のゴーレムと逢魔のシャドウを倒した俺は、紗友の元にすぐに向かうために『童帝王の絶対魔法』を使うことにした。対象を紗友から俺に、俺の助けを求める声に応じて契約者が召喚されるのを、契約者の助けを求める声に俺が応じる形に無理やり術式を改変した。
正直に言えばどうやってやったのかなんて覚えてはいない。だけどこうして俺は逢魔の前に立って紗友を守っている、その事実だけで充分だ。
「驚いたよ善次郎君、この結界は僕の自信作だったのにこうも簡単に侵入するなんて。一体どうやったんだい、後学のために教えてくれないかな?」
「知らねぇよ、なんかやってみたら出来たんでな。それよりも……」
俺は紗友と逢魔を交互に見て現状をある程度理解する。そして魔方陣から桜桃矛盾剣を取り出して逢魔に剣先を向ける。
「一体どういうつもりだ、紗友はお前の妹だろうがっ!」
「そうだね、そして魔王の天敵である勇者だ」
あまりにもぼろぼろの紗友を見て、思わず逢魔に怒鳴るように声をかける。しかし、逢魔からあまりにも冷たくて平坦とした声が返ってきた。
「ふざけるな、お前は紗友を守りたかったんじゃなかったのかよ!!」
「いいや違う、僕が守りたかったのは妹であって勇者じゃない」
「たとえ勇者でも、お前の妹であることには変わりないだろうが!!」
「黙れっ、こんなはずではなかったんだ!!」
そこでようやくこいつの仮面がはがれた。おそらく逢魔は今まで目をそらしてきたんだろう、自分の妹が勇者である可能性に。そうでなければ十数年も一緒にいて気付かないはずがない ……まぁ、紗友は若干抜けてるところがあるから気付かなかったかもしれないが。
「もういい加減にしてくれ、君と話すことなんて何もないんだ!!」
「悪いが俺にはあるんだよ、逢魔」
俺は剣を逢魔に向ける。逢魔だけじゃない、紗友にも聞いて欲しいことがあるんだ。俺だって今まで考えてこなかったけど、こんなに馬鹿げた事は無いんだって。けど、そのためにはこいつを止めるしかない。たとえ手荒な手段だとしても、こいつらを助けたいんだ。
「そこをどけ、善次郎」
「いやだね、頑固野郎」
「どけと、言ってるだろうがっ!!」
「何でそこまで勇者にこだわる、戦う理由なんてもう無いじゃないか?」
「いいや、勇者はいつだって魔王の前に立ちふさがってきた」
「どの時代にも魔王が現れる度にやってきては、どちらかが力尽きるまで戦い続ける」
「かつて手を取り合おうとした魔王と勇者も、愛し合った魔王と勇者も、結局は戦う運命にあった」
「そして、挙げ句の果てにはこの異世界にまで!! そんなの、どうすればいいんだ!!」
「これは世界が定めたルールなんだ!! 俺たちではどうしようもない、戦い続けるしかない運命なんだよ!!」
「ならばそうするしかないだろう!!」
「もう一度言う、そこをどけ善次郎。従わなければお前を殺す」
「ならもう一度言うぞ、嫌だね頑固者」
「なら仕方ない、さよならだ!!」
「あいにく俺にはその気はねぇがな!!」
その言葉を皮切りに、逢魔は影の触手を伸ばして襲いかかってきた。俺は魔方陣を展開して触手を防ぐと、一気に走り出して逢魔との距離を詰めていく。そして桜桃矛盾剣を魔方陣から取り出すと、横凪ぎに振るった。
「その程度で!」
逢魔は聞き取れない不思議な言語を発すると、目の前に障壁を貼って俺の剣を防いだ。そして触手で足払いを仕掛けてきたので跳んで避けると、待ってましたと言わんばかりに他の触手で総攻撃を仕掛けてきた。
「そう簡単にやられるかよ!」
空中に魔方陣を展開し、それを足場にして触手から逃げる。そしてそのまま上から逢魔に切りかかる。
「ちっ」
逢魔は舌打ちを打つと、もう一度不思議な言語で詠唱を行い障壁を出した。だが今度は耐えきれなかったようで障壁はひび割れ砕け散った。俺はこの好機を逃すまいとそのまま逢魔の体に剣の腹を打ち付ける。
「ぐっ」
「なっ、嘘だろ!?」
逢魔はうめき声とともに吹き飛ばされるが、同時に俺の足に触手を巻き付けてきやがった。空中で体勢を立て直した逢魔は、着地すると同時に触手を振り回して投げ飛ばしてきた。
「うわぁっ!」
思わず触手を切って逃げると、その勢いのまま吹き飛ばされた。地面を転がりながら体勢を立て直すと、今度は極太の触手が振り下ろさせる光景が見えた。
「くっ、ぐはっ!!」
とっさに魔方陣を展開したが、そのまま破られた吹き飛ばされた。フェンスにぶつかってなんとか止まり、顔をぬぐってみると血がついていた。どうやら顔にいいのを一発もらって鼻血を出したらしい。
「ごほっ、げほっ!! ……どうした善次郎、さっきまで威勢の良いことを言っていたじゃないか?」
「ぐっ、そういうお前はどうだ逢魔? 喉の調子が悪そうじゃないか、もしかしてもう燃料切れか?」
「はぁっ、はぁっ、黙れ。そんな軽口叩けなくしたやる!」
「うっ、やれるもんならやったみな!」
正直こっちはもうボロボロだ。頭はふらふらするし呼吸するのも辛い。だがあっちもあの不思議な言語を使うのが大分負担になっているようだ。咳がひどくなっているし、口の端から血が流れている。希望的観測だが、希望がないよりはましだ。
逢魔が触手を伸ばして攻撃してくるのに会わせて俺も突っ込む。これで終わりにしてやる!
「……もう、やめてくれ」
その時紗友の口から絞り出すような声が漏れた。その声に、俺も逢魔も動きを止めて、思わず紗友の方を向いた。
「善次郎、勇者と魔王が戦う運命だとしても、お前が戦う必要は無い」
声は震えて、その瞳からは涙が溢れだす。それでも彼女はこちらから目をそらさない。
「兄上も、私と戦うことが目的なら善次郎と戦う必要は無いじゃないか。私の首だけを獲ればいい……」
「全く関係ない二人が、傷付き合う必要は無いんだ」
「だから、だからもう、戦うのはやめてくれぇぇぇぇ!!」
その言葉とともに眩い光が溢れて、思わず目を閉じてしまった。
「えっ、えっ?」
「紗友、おまえっ!?」
目を開けると、紗友の姿は変化していた。青を基調として胸当てと籠手、そしてどこまでも蒼く輝く剣。初めて見た俺でもわかる、これが紗友の聖剣だ。
紗友は目を見開いたが、すぐに切り替えて逢魔をにらみつける。
「まさか、それは…… やはり俺の前に立つか、勇者!!」
「これは、私の第一リミット……」
「『勇者現る!!』」
いつまでも紗友に見とれているわけにはいかない。彼女の隣にたって剣を担ぐ、仲間はずれは良くないだろ。
「紗友、逢魔を止めたい。手を貸してくれるか?」
「……わかった、協力する」
二人で一緒に武器を構える。両者の間で膠着状態が続くなか、俺は口を開くことにした。
「逢魔、お前がなんで勇者と戦うことにこだわるかよくわかった。そりゃあ、もう会わないと思ってた嫌なやつと異世界出会って、それが自分の命に関わるとしたら嫌な気分にもなるさ」
「でもな」
「例え魔王が、前の世界で勇者と何があったとしても、俺にとってはどうでもいい」
「なっ……」
俺の言葉に逢魔が絶句する。しばらくは固まっていたが、我に返ると震え始めた。
「それじゃあお前はなんのために僕と戦う、何を理由に僕の前に立ちふさがるんだ!!」
逢魔の激昂した叫びが聞こえる。すごい圧力があるが、止まるつもりはない。俺は俺が言いたいことを言うだけだ。
「言っただろ、馬鹿な兄弟げんかを止めに来たって」
その言葉を皮切りに、逢魔はこちらに向かった距離を詰めてきた。冷静ではないようで、黒いもやを身にまとってがむしゃらに攻撃してきた。俺は紗友を魔方陣で守りながらジャマにならないように動き、相手の姿勢が崩れたところを紗友が攻める。逢魔は黒いもやを伸ばして体勢を立て直した後、そのもやを槍のように変えて飛ばしてきた。俺は桜桃矛盾剣を横になぎ、宙に舞った花びらから魔方陣を展開して防御する。その隙に防御をかいくぐった逢魔が俺に殴りかかろうとしたところを紗友が剣で受け止め、俺もけりを加えるが腕で防がれて距離をとられる。
もう一度距離を詰めようと踏み込むと足下から触手が伸びてきて拘束されそうになるが、紗友に襟を掴まれて後ろに投げられる。
「油断するな!!」
「助かった!」
空中に魔方陣を展開して足場にし、逢魔に斬りかかる。腕の黒いもやを剣に変えた逢魔は紗友が斬り合っていたが、後ろに下がってよける。しかし、背がフェンスにぶつかって下がれなくなる。その隙を見逃すほど、俺と紗友は甘くなかった。
「「おりゃあぁぁぁぁ!!!!」」
「ぐふっ……」
二人で一緒に逢魔の腹を殴ると、逢魔はそこで力尽きた。俺と紗友は距離をとり、しばらく観察して逢魔が動かない事を確認してから口を開く。
「確かにお前は魔王だったかもしれない。だけど今はただの学生の源仙 逢魔であって、魔王じゃない」
「紗友も勇者じゃなくてただの紗友だし、俺だってただの俺だ」
「前世だのなんだので自分の運命を決められるなんて冗談じゃない、俺はそんなこと認めない!!」
「俺の未来は俺が決める! 前世だの運命だのに縛られて溜まるかよ!!」
そんなものに縛られていたら俺は一生童貞のままだ、そんなことは絶対に認めねぇ!! 俺は今世では絶対に彼女を作るんだ!! そんな俺の熱い気持ちが伝わったのか、逢魔の瞳が揺れ動く。
「逢魔、お前もそんなものに縛られるな!! お前の人生はお前自身が決めろ!!」
「それでもお前が、魔王に縛られるっていうのなら……」
「それなら、俺が魔王を上書きしてやる。それが俺の童帝王の絶対魔法だ」
『童帝王の絶対魔法』を展開して逢魔に向かって手をさしのべると、驚いたように目を見開く。逢魔はどうしようか迷ったようだが、やがて観念して手を握り返してきた。
「善次郎…… 僕は君には敵わないようだ」
すると急に腕を引っ張られて、思わず体が前に倒れる。完全に油断した、このままだとやばい。頭では理解しても体が追いつかない。俺はこのまま……
「ぶえっ、おえぇ!! お、おお、お前なにしてんのぉぉぉぉぉぉぉぉおえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「何って契約だろ? 術式を見ればわかる」
「いや、だってきききき……」
「何を恥ずかしがっている、生娘でもあるまいし」
「い、いやいやいや。兄上何をしているのですか!? 体液なら血でもっ!!」
「ふふっ、紗友も面白い反応をするね。だけどこれは俺のかわいい妹のファーストキスを奪った罰でもあり、妹と間接キスをするために必要なことでもあったんだよ」
「その本人の前でそんな気色悪い事を言うなぁぁぁぁ!! どう反応したらいいかわからないだろうが!!」
涙目で逢魔をぼこぼこにする紗友、もしかしたらさっきまでよりも殺意が高いかもしれない。だがさっきのような殺し合いよりは何倍もましだ。なんとなくそんな二人の姿を見ていたら、なんだか笑いがこみ上げてくる。
「ははっ、とりあえず兄弟げんかは止められたかな?」
気分は最悪だが一段落だ。その代わり、新しい兄弟げんかが始まったけどな。