第二十五話 勇者と魔王の戦い
大変長らくお待たせしました。二十五話の更新です。
これからのことについては活動報告に書かせていただいています。
久しぶりの人のための前回までのだいたいのあらすじ
魔王に呼び出された紗友は自分だけの問題と考えて単身魔王に挑む。
一方善次郎は逢魔が魔王であることを知り、二人の戦いを止めようとするが結界の中にモンスターと一緒に閉じ込められてしまう。
今、勇者と魔王の戦いが始まろうとしている。
学校の、屋上に続く階段を上る。いつも使っている階段は一歩一歩が重く感じられる、それは奇しくも、魔王との最終決戦の時の階段を上る時と同じ感覚だった。あの時隣にいた仲間たちはもういないが、今の私には新たな仲間がいる。桜童善次郎、高校に入学して出会った私と同じ境遇の少年。最初は魔王と間違えて襲ってしまったが、そんな私を許し、さらには一緒に魔王を倒すために戦ってくれるといってしまうようなお人好しだ。私はそんなお人好し名あの人のためにも、そして私はこの優しい世界の大切な人々の平和を守るためにも戦わなければならない。
「とはいえ、色々と急すぎる気がしないでもないな……」
最近、これでもかというほどいろいろなことが起こりすぎていて頭がついてけない。私の頭がそこまで良くないせいだろうか? それでも今まで何も起こらなかった日常が一気に変化して、まだ入学して一ヶ月と経っていないのにすごく長く感じる。
「……さて、と。ついに始まるのか」
気がつけば屋上に続く扉の前についていた。いま自分の胸にある感情は長きに渡る戦いの終わりに対する期待と感動、そして今までの日常に帰れなくなるであろう恐怖。もしかしたら負けるかもしれない、そして魔王に止めをさしたその時、私はもうこの平和な日常には戻れないだろうと、そんなことを考えてしまう。この命重き、罪深き世界で一線を超える恐怖が扉に手をかける手から力を奪う。
「よし!! ……痛い」
だがそんな自分に喝を入れるべく両頬を力いっぱい叩く、しかし加減を間違えて頬が痛い ……が、おかげで決心はついた。今から私は、『勇者』になる……
「むっ、風が強いな……」
扉を開け、屋上に一歩踏み出すと少し強い風が吹いた。それと同時に濃密な魔力の気配を前方から感じ虚空から木刀を取り出し戦闘態勢を取る、しかし目の前にいる人物からは全く殺意を感じないどころか戦意すら感じられなかった。怪しく思った私は相手を注意深く観察して動けなくなった、相手の魔術による効果でもなく相手の気に飲まれたわけでもなく、ただ単純に目の前の光景を信じられず、動けなくなってしまったのだ。
「そ、そんな……」
目に入ってきた光景は、いつも見慣れた漆黒の髪を風に揺らして本を読む少年の姿だった。その白い肌は夕焼けに美しく映え、その緋色の瞳で本を読む姿はまるでひとつの絵画だった。しかしその手に持つ本は見覚えのある、いや忘れもしない本であって、どうしても信じられなかった。
「んっ? あぁ、紗友か。やっと来たんだね、てっきりもう来ないかと思ったよ」
「い、いや!! 兄上、なんでこんなところにいるんだ!! ここは危険だから早く逃げるんだ!!」
思わず声を荒げて兄に向かって叫ぶ、そのまま出ていくのならそれでいい、何を言っているんだと笑ってくれるならどんなにいいことか、だからそれ以外の言葉を発しないでくれ!!
「馬鹿だな紗友は、いや認めたくないのか。本当は誰がここに君を呼んだのか知っているんだろう?」
兄上が両手を広げながらこちらに歩んでくる。いやだ、そんなのいやだ!!こっちにこないでくれ、その口をこれ以上開かないでくれ!!
「そうだよ、僕こそが魔王だ。さあ勇者よ、長きに渡る因縁に終止符を打とうじゃないか」
その言葉は私から冷静さを奪うのに、十分な破壊力を持っていた。頭から冷水をかけられたかのような寒気と、煮えたぎるような怒りが同時に私を襲い、気がつけばわたしのあたまはまっしろになっていた……
「うそだうそだうそだっ、そんなんぜったいにうそだぁぁぁぁ!!!!」
「嘘じゃない、それはこの本を見ればわかるだろう? これが君たち……」
「うわぁぁぁぁ!!!!」
気がつけば私は走り出し、手に持つ木刀で兄上……いや、魔王を切りつけていた。しかし私の攻撃は奴の目の前に現れた魔法陣によりいとも容易く防がれ、火花が散る。こんな簡単な防御魔術も破けない事実に舌打ちすると、目の前の魔王が憎らしい笑みを浮かべていた。
「随分と弱くなったね勇者、これじゃ僕を倒すどころか魔物相手に戦うことすら難しいかもね?」
「くっ、黙れ!!」
私は魔方陣越しに魔王に向かってつばを吐きかけ、素早く後退して魔王から距離をとる。反撃を予測して構えるが、魔王は予想に反して驚いたような顔をしていた。
「意外だな、もっと粘ると思ったのに」
「悪いが以前痛い目にあっているんでなっ!!」
そう言うとともに呪文を詠唱しながら、魔王と距離をつめる。それと同時に魔王も手に持つ魔導書を捲りながら歌うように詠唱を始めた。
「光揺れ、汝の瞳に影残る!」
「□〓・❚❚◆❚❚」
不快な呪文とともに魔王の足元から闇が溢れ、漆黒の茨が私を貫こうと襲い掛かるが、私は木刀で切るまでも無く最小限の動きで回避する。闇の槍は魔術で強化された私を捉えきることが出来ず、私が元居た場所に突き刺さり霧散した。魔導書のページをめくって次なる魔術を詠唱しようとする魔王に追撃すべく、一気に間合いをつめて突きの動作に入る。
「甘いっ!!」
一陣の風となった私の攻撃は魔王の詠唱が終わる前に届くと思われたが、さすが魔王というだけあってそう甘くは無い。奴は魔導書から1頁を引き千切り、無造作にこちらに投げてきた。すると宙を舞う頁から暗黒の水が溢れ出し、濁流となって襲い掛かってきた。私は咄嗟に防御体勢に入ろうとするが、すでに突きの体勢に入っていたため、結局どっちつかずの中途半端な体勢となって黒い濁流をもろに食らってしまった。
「かはっ……」
強い衝撃により、背後にあるのフェンスまで吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ、おのれ……」
「甘くなったね、平和ボケして僕の魔導書の力を忘れたかい?」
痛みを訴えるからだに鞭を打ち、手に持つ木刀を支えにしながら立ち上がり息を整える。そして奴の言葉を聴いて相手の手の内を忘れていた自分の不甲斐無さに思わず歯を噛み締める。
魔王の魔導書の力、それは歴代の魔王が使用していた魔術全てが記されえているというものだ。魔術を使うときに必ず使う魔術の載っている頁を開かなくてはいけないというデメリットがあるものの、魔王はその中から的確に必要な魔術を選び出し、正確に頁を開くことが出来る。さらにこの魔導書の恐ろしいところは、頁を破り捨てれば、そこに記されている魔術を無詠唱で発動できるというところだ。もちろん、それを行えばしばらくその魔術を使用することが出来ないというデメリットがあるが、詠唱するよりも圧倒的に早く魔術を繰り出し、不意打ちを可能にするこの力は十分に脅威になりえる。
「なめるなよ!!」
相手の攻撃が当たらぬようにまっすぐに突っ込まず、稲妻のように小刻みに接近する。その様子を見て魔王は楽しそうに笑って、詠唱を始める。
「さぁ、もっと楽しもうではないか勇者よ!! 焔は闇を浮き彫りにし、己の真を映し出す」
「何が楽しもうだ、この裏切りものがぁ!! 光満ち、汝の邪気を打ち滅ぼす!!」
魔王が黒い炎に包まれ姿が見えなくなると同時に、私の振るった木刀から光の斬撃が飛んでゆく。そして黒い炎と光の斬撃がぶつかり黒白の光に世界が包まれ、目をつぶされてしまった。さらに今の攻撃には手応えが無かった、おそらくは先ほどの魔術を発動されてしまったのだろう。目が見えないながらも何らかの危機を感じて咄嗟に後ろに飛ぶと、前方からの轟音とともに破片らしきものがこちらに飛んできた。
「惜しいな、もう少しで潰すことができたと思ったんだけどね……」
「……まっ、まさか!!」
視力が回復し、目を開ける。目の前に待っているのは魔王だが、先ほどまでと随分と姿が変わっている。紅色だった瞳は赤黒く染まり、耳にかかる程度だった髪は地に届くほど伸びている。そして全身から黒いもやのようなものがあふれ出ており、背中からはその黒いもやでできた触手のようなものが四本ほど生えている。この姿には見覚えがある、これはかつて苦戦を強いられた、変身の魔術だ。奴の血の中に眠るかつての魔王の因子を呼び起こし、擬似的にその力を得る術。その黒い触手は目に見えるほどの高濃度の魔力であり、それを手足のように操った。その力は大地を抉り、風を切り裂くほどのものであったと記憶している。かつて戦ったときはその変幻自在の攻撃と圧倒的な力、そしてその数の暴力といっていいほどの手数により苦戦を強いられたことを思い出す。今はかつてのように天を覆うほどの数は出せないようだが、それでも今の私にとっては脅威であった。
「随分と懐かしいものを引っ張り出してきたな、魔王」
「まぁね、あの時は全て切られちゃったけど、今の君にはこの数でも十分だろう?」
「……その言葉、後悔させてやる‼」
その言葉を聞いて、私は魔術の準備をしながら弾丸のように飛び出し、魔王との距離を詰める。それに対して魔王は笑いながら触手を構えた。
剣と触手がぶつかり合い、硬質的な音が響き渡る。魔王は私の剣を2つの触手で受けると、残りの2つの触手を振り下ろしてきた。さすがに当たるとまずいので飛び退くと、さっきまで私がいたコンクリートの床が粉々に砕け散った。やはり以前ほどの力は無いにしても、今の私のとっては十分すぎるほどの力だ。一度距離をとって体勢を整えようとするが、今度は先ほどまで剣を受けていた2つの触手を槍のように突き出して来たので、とっさに回避しようとする。すると回避地点に触手の攻撃が迫り、なんとか手に持つ聖剣でいなすが、遅れてきた最後の触手による一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた私は地面にたたきつけられて、二度ほどバウンドしてようやく止まった。肺からは空気が追い出され、呼吸すら困難で思考もままならない。ぼやけた視界の向こうには、こちらに歩いてくる魔王の姿が映った。
「がはっ」
「……どうやら平和に染まりすぎたようだね、勇者。かつての君ならこんな無様な姿を見せることもなかったのに」
失望したかのような声が耳に届くが、今の状態では何を言っているかわからない。なんとか立ち上がろうと体を起こすが、立ち上がる気力もない。
そうしている間にも、奴の恐ろしい足音が近づいてくる。私はなんとか力を振り絞り、せめてやつに悪態をついた。
「だ、まれ……」
「もう、終わりにしよう」
無機質な声と共に、私の顔に影がかかる。4本の影は1つにまとまり、大きく振り上げられた。
ついにここまでか、とあきらめかけたその時に、まるで走馬燈のように今までの思い出が頭に流れていった。
「なぜ、なぜなんだ兄上……」
思わず涙があふれた。嬉しかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、つらかったこと、それらのすべてにはあの優しい兄の姿が隣にあった。私はここで終わってしまうのか、そう思うとつらかった。あの優しかった兄は嘘だったのか、今までずっとだまされてきたのか。嫌だ、この世界での思い出が全部嘘だったなんて思いたくない。あの頃の兄に戻って欲しい。こんな終わりなんて認めたくない。誰か、誰か……
「誰か、助けてくれ……」
悔しさや悲しさといった色々な感情がごちゃ混ぜになって、涙として流れた。もう立つ気力も無いのに、やっとの事で絞り出せた言葉は誰にも届かなかった。
そう、思い込んでいた。
「その言葉、待ってたぜ!!」
その時まばゆい光と共に剣が現れ、大きな影を断ち切った。
「反転召喚、なんとか成功だな」
桜色に輝く魔方陣が私の前で回転し、その中から人影が現れた。私はそいつを知っている。
「善次郎……」
黒い髪はなぜか桜色に光り、同じく桜色に輝く優しそうな瞳を私に向ける。桜童善次郎、とてもお人好しな、この世界での私の仲間。彼はたくましい背中を私に向け、魔王から私を守るように立つ。
「善次郎くん、なぜ君がここに?」
魔王が思わずといった風に聞くと、彼は何でもないように口を開く。
「決まってんだろ?」
まるでわかりきったことを言うように、清々しい笑顔で。
「馬鹿な兄弟げんかを止めにだよ」