第二十三話 勇者の思い
私にとって、彼との出会いは運命だったのかもしれない。出会いは私の勘違いで最悪な形になってしまったが、その後は一緒に戦い、そして今は共に戦う仲間となった。私は彼と契約し彼の従者となったが、彼はかたくなに私のことを従者ではなく仲間と呼び続けてくれた。今まで一人で戦ってきた私にはそれが嬉しくて、柄にもなく喜んでいた。それに彼といると楽しい、からかえば面白い反応が返ってくるし、武術にも優れ私と渡り合える数少ない人物だ。きっと彼こそが私の求めてきた、友達というやつなのだろう。いや、もしかしたら、それ以上なのかもしれない……
「どうしたんだよ? 後ろについてくるんじゃなくて横に並んだらどうだ?」
「あぁ、すまん、考え事をしていたんだ」
前を歩く彼がこちらに振り向いた、その時漆のような黒色でこちらが嫉妬してしまいそうなほど無駄にサラサラな髪が流れる。そこまで長くはない髪だが、もう少し伸ばしてもいいと思わないでもない。そしてそのあとは私が隣に来るまで止まって待っててくれて、そして歩調を私に会わせてくれた。なにげに気遣いのできる紳士な男だが、何故かあまりモテないようだ。といっても彼の話だから眉唾物だ。たしかに顔は平凡よりはちょっといい感じで、瞳の色は桜色と少しミスマッチな色合いに思わなくもないが、どこか彼の成す事には惹かれるものがある。きっと彼が謙虚なのか、あるいは人の好意に気がつかないほどの鈍感なのか。
「何考えてたんだ? 俺でよければ相談に乗るぞ?」
「いやいいさ、そこまで重要なことではない」
そうか、とだけ彼は言ってまた話が途切れる。しばらくの間沈黙が広がるが、居心地はいい。だけどそれもあまり長くは続かなかった。
「なぁ、紗友」
「ん? なんだ?」
「いや、なんでもない」
「?」
善次郎はなぜかバツが悪そうな顔をした、まるで私に何かを隠しているようだった。それでも私は問題ない、誰にだって秘密はあるしそれに私たちは一般人よりも強い絆で結ばれているといってもまだあったばかりの他人のようなものだ。こればっかりはどうしようもない。それに私だって秘密はある。
「そういえば、さっき言っていた美味しい甘味のある店はどんなところなんだ?」
少し気分を変えるために話題を変えてみた、それに彼の言っていたお店がどんなところか気になっていたからな。すると彼はさっきまでの顔とは打って変わって明るい表情になった。
「かぼちゃ料理のおいしい店でな、知り合いにはあまり知られたくなかったけどこの前知られちゃったからさ、どうせだったら宣伝しておこうと思って。あぁ、そういえばそこは和菓子じゃなくて洋菓子だけどいいか?」
「全然問題ない、それに私はそこまで和にこだわってないぞ?」
「そうだったのか? 甘味って聞いたら和菓子なイメージがあったからさ、てっきりそっちをご所望かと……」
確かに言われてみればそうだな、といってもこの喋り方を気に入っているので変える気もないが。
「それなら君との甘い時間を所望しようかな?」
「だからそういう冗談はやめてくれ!!」
こうやってからかえば顔を赤くしてそっぽを向くのは何とも初々しいな、前世を合わせればもう少しで半世紀を生きようとしているというのに。かく言う私もそうだが、今は普通に高校生をしている、おそらくは体に引っ張られているということだな。
「はぁ、それより学校見えてきたぞ。ここからは変なこと言うの禁止な」
「わかったわかった、善処するよ」
「絶対わかってないよな!?」
学校が見えてきた、これで放課後になれば、私の平穏は幕を閉じる。実は昨日、帰るときに下駄箱に一通の手紙が入っていた。新聞などの文字を切って貼っていたので筆跡なんてわからなかったが誰からなんて容易に想像できた、おそらく、いや十中八九『魔王』だろう。そこに記されていた内容は、
『あすの放課後、一人で学校の屋上に来い』
『もし約束を違えばお前の周りの人間に危害を加える』
というものだった。私は周りの無関係な人間を巻き込もうとするその神経に怒りを感じたが、それも私一人なら何の問題もない。今まで手伝ってくれた善次郎には悪いが、これが最善の選択だろう。私一人ならばほかのみんなは大丈夫だし善次郎も巻き込まなくて済む、それにやつが約束を違えてほかの人間に危害を下そうというのなら善次郎が対応してくれるだろう。こんな他人任せで人の好意を利用したかのような自分を嫌になるが、一晩考えた結果がこれだ。もうどんな結果になろうと私は後悔しない。
「それより私と一緒に登校しているから、皆の話のタネになっているぞ?」
「えっ、マジで!?」
驚きの声を上げて周りを見る善次郎、もう学校も近いこともあって周りはほとんど同じ学校の生徒たちだ。もちろん同じクラスのやつも大勢いる、男子たちは目をギラギラとさせており、早乙女さんは血の涙を流してハンカチの端をかんでいる。というか早乙女さん、あなたもうモザイク無しではテレビに出られないような状態になってるんですが!? ちょっと本当に血の涙流されても困るぞ!!
「そういえば善次郎、いつもは希望ヶ丘と一緒に学校に来ているようだが、今日はどうしたんだ? もしかして何も言わずに私と鍛錬に励んでいたんじゃ……」
「あっ……」
そこで気づいたのか、善次郎の顔は真っ青になっていく。これは修羅場確定だろうな、当事者である私は外から傍観できるがな。
「マズイ…… おい、走るぞ紗友!!」
「えっ、ちょっと待ってくれ!!」
そんなことを考えていると、唐突に善次郎に腕を掴まれてそのまま走り出した。その時ドキっと胸が高鳴り心拍数が上昇したような気がしたが、きっとそんなことはないはずだ。きっとない、というか私はもともと男だったのだ!! きっと善次郎はそんな私を異性として…… 思いっきり意識していたな、清々しいくらいに。
そんなわけで落ち着いてきたので後ろに振り返ると、遠くですごいオーラを発しようとしているがあまり運動が得意でないのかとてとてとこちらに一生懸命走って来ているせいで頑張って背伸びしているようにしか見えない希望ヶ丘と、その前方を恐ろしいスピードでまるで般若のような顔をして突進してくる兄上がいた。……何をやっているのやら。
「ちょっと待ってよ善ちゃ~ん!!」
「今すぐ止まれ桜童善次郎!! 今なら苦しまずにあの世に逝けるぞ!!」
「そんなこと言われて誰が止まるかよ!!」
そうはいうものの、今の兄者なら私なら止められそうだ。この前やったハグからの上目遣いでのお願いをすれば、あのシスコン兄者なら簡単に堕ちるだろう。
「これなら別に走らなくてもいいんじゃないか!? 兄上なら私が説得するぞ!!」
「それがそう上手くはいかないんだ!! ああ見えて四葉の方がやばい、確実にそう言える!!」
「でも逃げたって状況は変わらないだろう!?」
「いや、教室ならあいつらも手は出せないはずだ!!」
走っているせいで大声になりがちで会話をする、周りからは愛の逃避行だなんだって声が聞こえるが無視する。意識するとダメになりそうだ。それはともかく彼は教室なら大丈夫と言っていたが以前教室で公開処刑されたと聞いたが、それはどうなんだろうか? もしかして、学習していない?
「とにかく走るぞ!!」
「まったく、わかったよ!!」
まぁ、とりあえず今は愛の逃避行劇を楽しんでいようかな。そして必ず魔王に勝って、この日常に帰ってこよう。戦いではひとりでも、今の私はひとりじゃないんだ。
そうは願っていても、運命は残酷なものだ。結局『勇者』と『魔王』は戦う運命にあって、それを一番残酷な形にしてやってくるのだから……