第二十二話 童帝と勇者の鍛錬
まだ少し肌寒い春の日の早朝、少し大きな公園の散りゆく桜の下で木刀と木刀のぶつかり合う音が響く。いつもは師匠と一緒に修行している時間だが、今日は違う人物と手合わせをしている。
こうして考えている間も相手の攻撃は止まない、目の前にいる少女は横薙に木刀を振るってきた。木刀を振るうと同時に黒刀のように美しく輝く髪が風に揺れる。木刀を打ち合う事に彼女の蒼色の瞳に戦意が宿っていき、その頬を汗がつたりはじけた。そんなことを考えていたのがアダになったのか少し隙が出来てしまった、ホンの少しの隙だったが彼女がその隙を見逃すはずがなかった。彼女が手に持つ木刀を振り下ろしてきたので俺はそれをいなして反撃を加える、しかし彼女はそれを予期していたのか逆にこちらに突っ込んできてタックルを仕掛けてきた。それに俺はそれに耐えきれすに彼女と一緒に倒れ込んでしまい、なんとか体制を立て直そうと体を起こすと、首元に木刀の先を突きつけられた。
「私の勝ちだな、善次郎」
木刀を突きつけながらそう言って微笑む彼女は、普段の凛々しさとは違って年頃の女の子のような笑みを浮かべていた。まぁ、こんな状態でそんな笑みを浮かべられてもちっともときめかないがな!!
「っていうか剣の手合わせなのに体術ってありなのかよ紗友さん!?」
「戦場じゃ卑怯もクソもないんだよ桜童くん、はっはっはっ」
「勇者にあるまじき発言!?」
なんてことどや顔で言ってんだよ、この子本当に勇者なのか? それにその考えそこらへんの小悪党と一緒だよ!! ……まあいいけどさ、コイツだって同じ境遇の仲間が手に入って、さらに力も少しだけど元に戻ってきたから嬉しいのかね?
「それはそうと、体の調子はどうだ? 変なところとかないか?」
「あぁ、大丈夫だ。むしろ調子がいい、これも君と繋がったおかげかな? 今も君を感じるよ」
「だから意味ありげにお腹さするのをやめろ!! お前それ絶対楽しんでやってるよな!?」
「さぁ、なんのことやら?」
そんなこと言ったって騙されないぞ!! 今までただの天然だと思ってたけど絶対こいつ狙ってやってるよ、今なら確信できる!!
「まぁ冗談は置いといて、確かに君の魔術のおかげで私の力は以前よりも増している。今までは非力な体で頑張ってきたが、やっぱり体に染み込んだ動きというのは忘れられなかったようだ。着実に昔の戦い方を取り戻してきている」
俺の魔術というのは、あの神からもらった第一リミットの力『童帝王の絶対魔法』のことだ。これは契約した対象がいつでもどこでも召喚可能になり、その対象に常時強化魔法をかけるというものだ。その魔法のおかげで紗友は転生の影響で失った元のスペックを多少ながら取り戻すことができたのだ。
「そうか、それは良かったけどこれ以上は強化できないぞ。これ以上はお前の体がついていかないし、それにこの出力でも体に害がないとも言えないし」
「本当にそうなら君は私に使わせないだろう? これでも君を信頼してるし、見る目はいいと自負している」
「全く、どこからそんなものが出てくるんだか……」
正直言って彼女の笑顔は眩しかった、純粋に俺のことを信じているように見えたから。だからって自分が悪い奴だとは思ってないし、確かにあの神が渡したものだから万が一ということはないだろうけど、どうしてそこまで信頼できるかね?
「それより第一リミットの方はどうなんだ? 開放できそうか?」
「あぁ、それについてはな……」
俺はこの時しまったと思った。彼女はまだ第一リミットを開放していない、出来てその上澄みである『|勇ましき者は常に最善を尽くす《アイテムボックス》』だけだ。彼女がそれを開放できていないことを気にしていることは知っていたし、それが簡単でないことも知っていた。これは失言だったな……
「悪い、聞かなかったことにしてくれ。それよりそっちの魔術ってやつを教えてくれよ、俺の使っている魔法と何が違うんだ? 前からずっと気になってたんだよ」
「ん? あぁ、それくらいならいつでも聞いてくれていい。といっても大した差はない、強いて言うなら私の世界では一般的に使われた世界に幻想を映す異界の法を魔術と呼び、たったひとりの個人にしか使えない究極の一こそが魔法と呼ばれていた。つまりはお前の『童帝王の絶対魔法』はまさに魔法と呼ばれるものだが、それ以外は魔術と分類できる」
「へぇ、ってもしかして俺ってすごい?」
「確かに軍などで使えば素晴らしい力を発揮しただろうがここは安全と平和の国だ、それほどの物量を手に入れることもできなければ攻める相手もいないだろう」
うーん、たしかにそう言われればそうだ。というかその説明を聞いたら本当に俺の力って“王”の力だったんだな、びっくりだ。といってもこの戦いが終わったら使い道もないだろうし、これから使い道があっても困る。それにしてもこの戦いが終わったらか…… 俺の予想が正しければ魔王はあいつだ、でもそれを彼女に伝えるべきか? おそらく彼女が知れば、二人の衝突は避けられないだろう。だからそれだけは阻止しないと……
「どうした難しい顔をして? そんなに考えることでもないだろう」
「のわっ!? あ、あぁそうだな、なんか深く考えこんじまってたみたいだ」
覚悟は決まっていても具体的な方法が思いつかない、そんなことを深く考えていると、俺の目に蒼色の瞳が写ってきて思わず変な声が出てしまった。驚いて仰け反ると、どうやら紗友が俺の顔を覗き込んできていたらしい。彼女はなぜ俺が驚いていたのか理解できなかったようで首をこてんとさせている。おいこら童貞なめんなよ!! こちとらお前が元男だとわかってても女の子に耐性ないからキョドっちまうんだよ!!
「何もそこまで驚かなくても……」
「い、いやそこまで驚いてねぇよ。それよりそろそろ学校行かないか? もう人通りも多くなってくる時間帯だし、それに誰かに二人でいるところを見られるのも嫌だろう?」
とりあえずごまかすために話を変える、それに本当に人通りも多くなってくる時間帯だし高校生二人が木刀持ってるところなんて見られるのはやばい。下手したら警察呼ばれる。
「私は別にいいが、君が言うなら仕方がない」
「そうか、助かるよ……」
そう言って彼女は木刀を手のひらに乗せて器用にたたせる、するとズブズブと沼に落ちていくように木刀が紗友の手のひらの中に落ちていく。これが彼女の力か、こちらからすればそういう日常的に使える方がいいかもしれない、俺の魔法でも同じようなことできないかな?
「これって俺の魔法でもおんなじことできないかな?」
「出来るかどうかは知らないが、やめてくれ」
「? なんでだよ?」
「それをされたら私の唯一の取り柄がなくなる」
……あぁ、そういうことか。というかまたやってしまった、なんかコイツ若干シュンってなってるし、てか若干涙目だしどうすればいいんだよ!?
「わ、悪い、そんなつもりじゃなかったんだ!!」
「……本当にそう思ってるか?」
「あぁ、本当だ!!」
「それなら言う事を聞いてもらおうか」
その瞬間彼女の顔に笑みがこぼれ、そしてこの時俺は騙されたことに気がついた。やってくれたなという怒りよりもやってしまったという後悔の方が強く、無理難題を押し付けられないことを願った。
「俺に出来る範囲でお願いします……」
「わかっている分かっている、それじゃあ私にもういっかい接吻を「お願いだからそういうのはやめて!!」……ちっ、冗談だ、本気にするな」
いやいや今のはマジ顔だったよ、何この子無茶苦茶怖い!? それにコイツってこんなキャラだったのかよ、もっとクールなやつだと思ってた……
「そうだな…… それじゃあ、とりあえずなにか美味しい甘味でもおごってほしい」
「それならいいとこ知ってるよ、ちょっと面倒だけど……」
そう、ちょっと面倒なんだよ、特にあの人が……
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでもないよ。それじゃあ学校行くか」
気がついたら紗友は俺の分の木刀まで回収してくれたらしい、二人で一緒に桜の木の下に固めて置いてあったカバンを手に持ち、公園をあとにする。俺が先頭を歩いて紗友を誘導する、彼女はあまりこっちの道を使わないらしい。
「善次郎、こんなことに付き合ってくれてありがとう」
公園から出るとき、唐突に紗友にそんなことを言われた。振り返ってみると紗友がこちらに向かって微笑んでいる。なんか青春っぽくて、それがなんだかむず痒くなり思わずそっぽを向いてしまった。
「気にすんなよ、それにお前は俺の仲間だろ?」
「……ふふっ、そうだな」
紗友は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。
「ありがとう、善次郎。そして…… 」
その時、風が吹いた。春一番というやつだろうか? その風にかき消され、彼女の声は俺に届かず、消えてしまった……