第二十話 童帝と勇者の噂
あのあと地獄の特訓を師匠に無理やりやらされた俺は、なんとか学校の朝のホームルームに間に合った。しかしただでさえ修行で疲れた体にムチ打って急いで学校にやってきたのだ、疲れていないはずがない。そんなわけで机に突っ伏していると、四葉が少し申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめんね善ちゃん、まさかあそこまですごいとは思わなくって……」
「師匠の特訓については元から知ってんだろ? それに謝るくらいなら最初からしないでくれ……」
「うんわかった!! 今度から謝らないことにするね!!」
「絶対わかってないよなお前!?」
何笑顔でひでぇこと言ってんだよこいつ!? なにげに悪魔じゃねぇか!! まぁ思わず突っ込んだがやはり疲れているのでまた机に突っ伏す。もうやだ動きたくない、そんなことを考えていると視界の端にふわっと美しい銀色の髪が映った。顔を上げて見ると、美しい白い肌、右と左で違う瞳、そして中性的な美しい顔立ち、その少年の名は……
「なんだ、一ノ瀬か……」
「なんだとは何だ!! というか俺の扱いがひどくないか!?」
「そうか? ……それで、なんのようだよ?」
正直コイツがなんでこっちに来たのかよくわからない、いつもなら取り巻きの可愛い女の子と一緒にいるはずなのに…… もしかして嫌味か? だとしたら潰す、前よりやばい技で潰す。
「!? ……なぜか今悪寒がしたんだが?」
「気のせいだろ? それより何の用だよ? くだらない事だったらあとにしてくれ、今疲れてるんだよ……」
「くだらねえことじゃねえよ!! ……お前、あの源仙紗友と付き合ってんのか?」
一ノ瀬が耳元に口を寄せて小声で聞いてくる、俺と源仙が付き合ってるか……ってはぁ!?
「なんだよそれ!? ってかどこでそんなこと聞いたんだよ!?」
「いやだって有名だぞ、お前があのいかにも堅物そうな源仙に手紙もらって、その上放課後に待ち合わせして逢引してたって」
「ちょっと待ってくれよ、何故かさっきから周りから視線が突き刺さると思ったらそういうことだったのか……」
さっきまで疲れていたから無視していたが、実はさっきから周りのやつらが俺の方を見て何か噂話をしていた。疲れてたから何を話しているかなんて聞いてないが、とにかく早乙女さんが怖かった。その地味の代名詞と言えるくらい地味な見た目に反してすごく怖い、多分ハンカチとか持ってたらきぃぃとか言ってハンカチの端をかんでると思う。
「でもまぁその様子だとまだ付き合ってはいないみたいだな……」
うんそうだけどね、実はもっとすごいことしてるんだよねなんて言えない……
「だったらまだ大丈夫だな、俺のハーレムエンドへの道は閉ざされていない!!」
あっ、多分この子ダメな子だ。もうそれは色々と残念すぎるイケメンだわ、憎しみとか嫉妬とか忘れて同情しちゃうレベルで。
「なんだよその残念な子を優しくかのような見守る慈愛に満ちた目は!?」
「そこまで分かっているなら直せよ」
「へっ、どうせあれだ、イケメンで御曹司の俺に嫉妬してんだろ?」
「悪いがどう頑張ってもお前に嫉妬は抱けないは……」
「へっ、負け犬の遠吠えかよだっせぇ。それじゃあ愛しのハニーたちが呼んでるから俺はそろそろ行くわ、じゃあな」
「おう、二度とこっちくんな」
一ノ瀬は向こうにいる可愛い子ちゃんに呼ばると、すぐに返事をして俺の前から去っていった。まったく、何なんだよあいつは? それにしてもリアルでハーレムとか言ってる奴初めて見たぞ、あいつもういろいろやばいなマジで。それであいつがモテるんだから世の中どうなってるかわからないな。
「なんかあいつの相手も疲れるな。まったく、少しは休ませてくれよ……」
頑張ってあげていた顔を下ろしてまた机に突っ伏す。そしてしばらくすると教室の扉が開く音が聞こえ、教室に黄色い声援が響く。嫌な予感を抱きつつ、ついにこの時が来たかと己の運命を受け入れる。頑張って顔を上げると今度は黒い髪が目に映る、その美しい刀のようなポニーテールを端から上へと見ていくと、彼女の蒼い瞳と目が合う、そこにいたのはやはり先ほど話題に上がっていた少女、源仙 紗友だった。彼女の白い肌は心なしか赤く染まっているようにも見え、思わずドキンとしてしまう。やっぱりあれか、昨日のことか? そんなことを考えていると源仙の周りに大勢の生徒が押しかける。
「源仙さん!! やっぱりあなたって桜童くんと付き合ってるの?」
「いや、まだ付き合っていないというかなんというか……」
「二人共昨日の放課後どうしたんだ? も、もしかしてデートとかした!?」
「そ、そのだな、昨日は二人で契を交わしたんだ。その内容は秘密だがな……」
「桜童くんはBLじゃなかったの!? もしかしてあなたは実は男の娘だったとか? そうよね、そうなのよね!?」
「BLってなんだ!? それに私は女だぞ!! と、とにかく怖いからもう少し離れてくれ!!」
数多の質問を投げかける生徒たちにそれに素直に答える源仙って何答えてんだよ!? しかもまんざらでもなさそうだし、勘違いするようなことを答えてんじゃねぇよ!!
「ちょっと待て源仙、とりあえずこっち来い!!」
「わわっ、ちょっと待ってくれ!!」
とりあえずこのままではヤバそうなので源仙の手を握って教室から全力で逃げ出す、後ろからヤジとかが聞こえてくるが無視無視。そしてそのまま追っ手を巻いてなんとか人のいない空き教室に逃げ込んだ、ここら辺なら人通りも少ないし大丈夫だろう。それにしても源仙のやつ全然息切れしてないな、やっぱり鍛えているんだろうか?後ろを振り向くと、源仙が先ほどより顔を赤くして握っていない方の手を頬に当てている。
「朝から大胆だな善次郎は」
「いきなり何言ってんだよお前は!?」
思わず握っていた手を思いっきり振り払う、全くなんなんだよさっきから。頼むから俺に休息をくれよ!!
「それよりな源仙、あんな勘違いを招くようなことを言うなよ頼むから。主に俺の安全のために」
「むっ……」
あれ、なんかむくれてる? なんかほっぺた膨らましているのは微笑ましいが、何なんだよ。ってかなにげに初めて名前を呼ばれた気がしたんだが。
「私の名は紗友だ、源仙では兄上とかぶるだろう? だからこれからは紗友と呼んでくれ」
なるほど、そう言う意味か。確かに源仙だと区別つかないよな、俺は源仙と逢魔で使い分けていたから気にならなかったけど、これからはそう呼ばせてもらおう。
「わかったよ、それじゃあ紗友、なんでここに呼ばれたかわかるか?」
「……そういうことか、いつかはそういう日が来るだろうとは思っていたが今とはな。初めてはもう少し雰囲気のあるところが良かったが善次郎の頼みであるなら仕方がない」
「おい、何盛大に勘違いしてんだよお前は!?」
「なに、お茶目な冗談じゃないか」
「洒落になってねぇよ!!」
頼むからこれ以上話をめんどくさい方向に持っていくのはやめてくれよ、マジで。思わず頭を抱えてため息が出る、すると紗友は流石に反省したのか少しバツが悪そうにしていた。
「済まないな、昨日のことで疲れているだろうに。要件は分かっている、私と善次郎の関係をみんなには内緒にしておくってことだろう?」
「そうだよ、わかってるなら最初から……」
「そう、私と君の奴隷とご主人様という関係を……」
「だからなんでそういう方向に持っていきたがるんだよ!?」
「あながち間違ってはいないだろう?」
まあ、たしかにそうだけどね…… もう何がどっと疲れたわ、このままここにぶっ倒れて寝ていたい。そんなことを思いながら人工物の天を仰いでいると、予鈴が鳴り響いた。
「もうこんな時間か、そろそろ戻ろうか。……大丈夫か? すまん、少しやりすぎたようだ……」
「おう、そう思うなら次から気をつけてくれ」
とりあえず予鈴がなったから教室から出ることにした。こんな空き教室から二人で出てくるところを誰かに見られないようにこっそりと扉を開けて外を見ようとするが、少し開けたところで勢いよく扉が開いた。
「へっ……?」
「なに……?」
「ようお前ら、学校での不純異性交遊は処罰の対象だぞ?」
扉の向こうに立っていたのは青髪の大男、我らが担任である変態ロリコン野郎、浅葱 恋牙だった。……あれ? これってヤバくね?
「ど、どうかご慈悲を……」
「そうだな、それじゃあお前の昔の写真数枚とお前のバイト先の商品を一個おごるってことで手を打とう。次はないからな」
「ありがとうございます、ありがとうございます!!」
な、なんとか乗り切った……ってか今思ったらあいつ俺の昔の写真を要求してきやがった!? あいつ昔の俺でもいけるのかよ、本気で軽蔑するわ…… 恋牙は俺の返答を聞くと満足したのか俺たちに背を向けて今にもスキップをしそうなテンションで廊下を歩いて行った。
「ず、随分と個性的な先生だな?」
「そうだな、その個性的な先生が俺たちの担任だがな……」
「やめてくれ、しばらく現実を見たくないんだ……」
そして俺たちは、そのままどんよりとしたテンションで教室に帰って行き、クラスのみんなを驚かせた。しかし俺はこの時まだ気づいていなかった……
「まさか私のセンサーに反応があってきてみればこんなネタの宝庫にめぐり合えるとは!? これは筆が止まらないわ!! あぁ桜童 善次郎、あなたはなんて素晴らしい逸材なの!? これなら夏コミどころかこれからのネタには困らないわ!!」
腐女子……早乙女さんの恐ろしさを、そして彼女に目をつけられてしまったことを……
あぁ早乙女さん、ただのモブのはずがなぜここまでキャラが立ってしまったのか?