第十九話 桜童家の朝の日常
小鳥がさえずり、木の葉に朝日が降り注ぎ始めた時間帯、この家のリビングには美味しそうな匂いが充満していた。
「はーい、ご飯できたわよ」
背の低い女性が笑顔で料理を持ってきて席に座る。その慈愛に満ち溢れた笑顔を受けて、少し恥ずかしくなる。
「うん、今日も美味しそうだね」
もうすでに席に座っている男性は、心の底からそう思っているのか満面の笑みでそう言葉を放った。
「それより早く食おうぜ、修行に間に合わなくなっちまう」
そして俺は早く飯を食べたいのでそう催促した、腹が減って死にそうだ。
「それじゃあ皆、手を合わせて……」
「「「いただきまーす!!」」」
太陽が少し登って街を照らし始めたくらいの時間、それが我が桜童家の食卓の時間だ。四人掛けのテーブルに、俺を含めて三人の人が座っている。目の前に座っているまるで中学生くらいの背の女性は、こう見えても俺の母である桜童 姫その人だ。黒い髪は肩にかかるあたりで切り揃えられており、前髪はカチューシャでかからないようにしている。瞳は茶色がかっており、童顔なのもあって見た目はまんま子供だ。しかし彼女はそのことを非常に気にしているので、口に出すのはタブーになっている。そしてその隣に座っている男性は俺の父、桜童 善一郎だ。背は非常に高く、母さんと並ぶとどう見ても親子にしか見えない。しかし、実は父さんより母さんの方が年上なのだ、生命の神秘おそるべし。ガタイは結構いい方なのだが、顔は少しやつれており。髪も全体的に白い、元々はその瞳と同じ美しい桃色らしいのだが、もはや白の方が自毛としか思えない。頼まれればNoと言えない性格が災いし、最近仕事や対人関係に疲れているらしく、近頃母とふたりで旅行に行くらしい。大人になるといろいろ苦労するらしく、たまには休息が必要なんだとか、大人ってやだなぁ(俺が言えたことではないが)。それでも夫婦円満だからいいんだけど、問題は……
「はい、あーん」
「あーん」
「やっぱり姫さんの手料理は美味しいね」
「もう善一郎さんたら、お世辞がうまいんですから!!」
「お世辞なんかじゃないよ、僕の本心だから」
「善一郎さん……」
「姫さん……」
「だぁぁぁぁ!! 朝っぱらからやめてくれよ二人共!! 息子を糖尿病にさせる気ですか!?」
そう、夫婦円満過ぎて今もこのふたりは新婚気分なのだ。しかも朝からこんなのはまだまだ序の口で、ひどい時は見ているこっちが口から砂糖を吐き出してしまうようなことを平然とやってのける。本当にやめてほしい、俺に対する嫌がらせとしか思えない!! ……はっ、もしやこれは早く俺に彼女を作れという催促なのか!? だとしたら余計なお世話だよ!!
「そんなに今日の味付けは甘かったかしら?」
いや、料理はすっごく美味しいんだよ。だけど目の前でそれやられるとしっかりと味わえなくなるんだよ!!
「そんなことはないよ、多分善次郎は僕たちの仲の良さに嫉妬しているんだよ」
その通りだよ、だから少しは自重してくれ!!
「そうなの?だったら早く四葉ちゃんとくっついちゃいなさいよ」
「? なんでそこで四葉が出てくるんだよ?」
「「……はぁ」」
何そのため息は!? やめて、そんなゴミを見るような目でこっちを見ないで!! あんたら息子に対してどんな目を向けてるんですか!? それに、四葉はほかに好きな人がいるんだぞ、だったらそれを応援してやるのが幼馴染としての役目だろう? 秘密にしてって言われたから口には出さないけど。
「まったく、こういうところは誰に似たんだろうね?」
「心当たりならあるわよ?」
「二人共喧嘩すんなよ、さっきまでのピンク空間はどこいった?」
「誰のせいだと思っているの?」
「えっ、何その俺が悪いみたいな言い方?」
「……はぁ、もういいわよ。それより学校はどう? うまくやっていけそう?」
「ん~、学校か……」
学校といえば、まずは四葉をナンパしていた男にシャイニングウィザードをかけて、源仙に紋章がバレて襲われて、逢魔と意気投合してそのあとに二人の魔王(仮)にボコボコにされて、ゴーレムと戦ったあとに源仙と……やばい、なんかまた恥ずかしくなってきた。
「ま、まぁ一言で言えばエキサイティングかな……?」
「あっはっは、それは良かった!! 中学校と一緒で飽きない毎日になりそうね!!」
「そうだな、ところで顔が赤いがどうしたんだ?」
「くっ、それは……」
もうヤダこのオヤジ、絶対わかってて聞いてきてるよ!! だって顔がニヤニヤしてるもん、全然隠す気ないもん!!
「ほほう、そうかそうか。どうやら善次郎にも春が来たらしいな、よかったよかった」
「違う、あれは事故だ!!」
「へぇ、何が事故だったの?」
「しまった!?」
なんてこった、こいつら俺を謀りやがった!? やばい、このままだとこの二人に根掘り葉掘り聞かれたあとにみんなに言いふらすに違いない!! くそっ、どうにかして話題を逸らさないと……
ピンポーン
神は俺に味方した!! このいいタイミングでチャイムを鳴らしてくれたのは四葉に違いない、時間的にもそうだ。とりあえず飯を掻き込んで修行と学校の準備をする、その手際は両親が呆然とするほど。とりあえずカバンを持って玄関に行く、おそらく弁当は四葉が持ってきてくれているはずだ。扉を開けると案の定四葉だった、制服に着替えてこちらに手を振っている。
「それじゃいってきまーす!!」
「……えっ、ちょっと待って!? お弁当は!?」
「それなら私が持ってきてます、今日ちょっと作りすぎちゃったんで……」
「そう、それなら安心だわ!! それじゃいってらっしゃい善次郎!!」
「頑張ってこいよ!!」
「おう!!」
二人に返事をして歩きだそうとすると、胸に軽い衝撃を感じた。立ち止まって下に目線をやると、四葉が抱きついていた。四葉は俺の腰に手を回したまま顔を上げ、目があった。急にどうしたんだ?
「おはよう、善ちゃん」
「お、おう、おはよう」
「ところでさ、善ちゃん……
なんで女の子の匂いがするの?」
「……えっ?」
そそそそんな昨日のことなのに匂いなんてわかるわけないだろ!? ってか四葉さん目が据わっててむちゃくちゃ怖いですよ!! やばい何この状況、普通は嬉しいはずなのに素直に喜べない、ってか恐怖の原因がゼロ距離な時点で喜べるはずがない!!
「ちょっと待て!! そそそそんな匂いなんてわかるはずないだろ!? 昨日のことなんだぞ!!」
「……それ、もはや言っちゃってるようなものだよ?」
「……あっ」
やちまった、これじゃあ四葉に昨日のことを問出されて、それが逢魔の耳に入って魔王(仮)二人の粛清がまた始まるのか……ってあれ? 何も起こらない? 前にこの状態になったときはスゲェ怒ってたのに……ってかこいつ起こる通り越して呆れてね? なんかこっち見て苦笑いしてるし……
「まぁ、今回はあんまり聞かないでおいてあげるよ。善ちゃんにも知られたくないことはあるもんね?」
「おぉ、そうだな。ありがとよ四葉」
「それより早くしないと修行に遅れちゃうよ?」
「そうだった!! 早く行くぞ四葉!!」
「そんなに焦らなくてもまだまだ時間はあるから大丈夫だよ?」
って気がついたらいつもどおりに戻ってる……助かったのか? 四葉が歩き始めたので俺も一緒に歩き始める、何が楽しいのかくるくると回っている。何故か嫌な予感が……
「そうだ、厳冬のおじいちゃんに今日の修行を厳しくしておくように言っておくね♪」
「ちょっと待ってそれだけはやめてくれぇぇぇぇ!!」
くるくると回っていた四葉はこちらに向かって止まると、笑顔でそう死亡宣告した、ってそんなことされたら生きて学校に行けなくなるわ!! それだけ言うと四葉は走って師匠の家に向かった、やばいあいつは逃げ足だけは早いんだよな。このままだと地獄の特訓コースは免れないかな? ちゃんと学校行けるかな、とほほ……