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一人百物語

水の中に

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/19


小学低学年だった頃、母方の田舎へ行った時に、皆で川遊びをした事があった。

山奥の谷川であったが、ところどころ川が大きく開けているところもあり、そこで何人もの人たちが遊んでいた。

まだ小さかった私は、流れの早いところと、深緑色をした淵に行ってはいけないと注意された。

淵では年長の子供たちが飛び込みなどをして楽しそうだった。

綺麗な碧と翠をした深い淵。

淵の中でも、その色は変わらないのかな?

周りはやはりあの綺麗な色に見えるのかな?

私は水中眼鏡でその淵の中を見たくなった。

親や親戚の者たちがよそを見ている間に、こっそり淵の中に潜ってみた。

淵の中は思ったよりも暗かった。

深緑のゆらめきの向こうに、岩肌が見えた。

その、岩肌の一角に

誰かがいた。

それは水の中で素足をかかえる様にして岩のくぼみに座り、じいっとこちらを見ていた。

髪の無い丸い頭をしていて、腰のあたりは分からないが上半身は裸で、やけに骨っぽく小柄な大人くらいの体格をしていた。

それは座ったままピクリとも動かず、つり上がった目でじいっとこちらを見ていた。

水の中の“変な人”に驚き、私はあわてて岸辺に戻ろうとした。

その拍子に水をのんだ。

足は川底につかなかった。

そこへよその子供がぶつかり、さらに水をのんでパニックになった。

それに気付いた年長の従兄弟が私を引き上げ、川岸へと連れて行ってくれた。

「どした?!」

「水のんだか!」

ベソをかいてげぇげぇとむせる私の周りで、親や親戚の者たちが騒いだ。

私は水の中にいた変な人の事を言おうと淵を振り返った。ずっと水の中にいられるはずはない。変な人も淵のそばに上がってきているだろう…

しかし。

淵の周辺にはそれらしき人はいなかった。

「変な人がおった」

とりあえず淵を見ながら私は言った。

「何?意地悪されたか。どの子や?危ないなぁ」

それに親戚の者たちは顔をしかめ、水辺を見渡していた。


川遊びから帰ってから、その話を川へは行かなかった祖母にしてみた。

話を聞くと祖母は

「そりゃかわっぱだわ」

と言った。

「かわっぱ?」

「河童だよ」

かわっぱ、という言葉がわからないでいた私に母は言った。

「でも」

それに私は言った。

「頭の上にお皿は無かったよ?」

「無いのもおる」

祖母は事もなげに言った。

「ここいらじゃ、川で人の手や足を引いたりする様な悪戯をするもんをみんなかわっぱと言うんだわ。お前、よう無事じゃったな」

祖母は難しい顔をして首を振った。

「一度狙われた子はまた狙われるというで。気をつけんと」

以後、同じ川に遊びに行って、こりずにまた淵に潜る事はあったが。

同じ姿を見る事はなかった。

しかし。

後年別の水辺で、似た姿の者が水面からぽこんと顔を出し、こちらを見ていた事はあった。

一度は富士五湖のどこかで。

もう一度は琵琶湖で。

そして今一度は最近、自宅裏の川で。

毛の無い丸い頭が水面から鼻のあたりまで顔を出し、こちらを見ていた。

それらがみな同一の者であるかどうかはわからないが。

あれらは水辺にいる"何か"なのか。

それともとうに子供ではなくなった私をまだ狙っているのか。

自宅裏の川はあいにく清流ではなくドブ川である。

できれば水の汚れに嫌気がさして、元の川に戻っていただきたい。




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