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王太子殿下の浮気現場にお弁当を届けに行っただけですが

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/03/26

 ◆〜第一章:冷徹令嬢の“義務“〜◆



「公爵令嬢たるもの、常に完璧であれ。感情はドレスの裏地にでも縫い付けておきなさい」


 それが、私、リリアーヌ・ド・ベルフォールが物心ついた頃から、亡き母と厳格な家庭教師に叩き込まれてきた鉄則だった。


 鏡の中に映る私は、その教えを完璧に具現化していた。

 一ミリの狂いもなく左右対称に整えられた夜会巻きの金髪。

 最高級のシルクが描く、一切の皺を許さないドレスの曲線。


 そして、いかなる暴言や悲報に接してもピクリとも動かない、陶器のように滑らかな肌──。


 人々は私を『氷の微笑』と呼び、あるいは『ベルフォールの動く彫像』と揶揄した。


 王太子アルフレート殿下の婚約者に選ばれたのは、私が彼を愛していたからではない。


 我がベルフォール公爵家が王国で最も古い血筋を引き、王家の財政を支える筆頭株主のような存在であり、そして何より、私が王妃という“職務“を最も完璧に遂行できる“優秀な操り人形“になれる素質を持っていたからに過ぎない。


 一方、婚約者であるアルフレート殿下は、私とは対極の人間だった。

 情熱的と言えば聞こえはいいが、要するに“飽き性で夢見がち“な男だ。


 彼が最近、可憐な男爵令嬢……確か、ミモザとかいう春の花のような、放っておけばすぐに萎れてしまいそうな名前の令嬢にうつつを抜かしているのは、社交界ではもはや公然の秘密となっていた。


「リリアーヌは冷たすぎる。彼女と話していると、執務室の壁と相談している気分になるよ。エレーナ、君のような温かみが、僕の凍えた心には必要なんだ」


 殿下が夜な夜な下町の酒場や、あけすけな夜会でそんな愚痴をこぼしているという報告書を、私は無感情に読み飛ばす。

 それが最近の日課だった。


 隠密からの報告書には、殿下が彼女の細い指先を絡め、愛を囁く様子が吐き気がするほど克明に記されている。


 普通、婚約者ならばここで涙を流すか、憤怒に震えて抗議のひとつもするのだろう。


 けれど、私に去来したのは「業務上の不備」に対する淡々とした落胆だけだった。


「王太子としての自覚が足りないわね。せめて隠し通す程度の知性は持ち合わせていただきたかったものだわ」


 そんなある日のことだ。


 王宮の演習場で、隣国との親善を兼ねた重要な合同訓練が行われるというのに、殿下は「急な眩暈と吐き気で体調が優れない」という、あまりに稚拙な嘘を添えて欠席の連絡をよこした。


 しかし、同時刻に私の耳に入ってきたのは、彼が演習場の裏手、離宮のさらに奥にある【秘密のバラ園】で、“ミモザ令嬢“(エレーナ)と密会しているという、これ以上ないほど確かな情報だった。


「……左様。病欠、とのことだったわね」


 私は手元にある、王家の紋章が入った欠席届を指先で弾いた。


 嘘をついて公務を放り出し──女の膝に頭を乗せている。

 それはもはや、個人の色恋沙汰を通り越して、次期国王としての“債務不履行“に他ならない。


「ならば、お疲れの殿下に、滋養強壮に優れたお弁当をお届けせねばならないわね。婚約者としての誠意を見せる絶好の機会だもの」


 私は立ち上がり、重厚な執務室のドアを開けた。

 向かう先は、公爵家のキッチンだ。


 侍女たちが「お嬢様、何をおっしゃるのですか!」「料理など料理人の仕事です!」と血相を変えて止めるのも、扇子を一つ振るだけで黙らせる。


 ──愛する人のために作る、愛のこもったお弁当?


 いいえ、これは“義務の遂行だ。


 不誠実なパートナーの健康を──嫌がらせという形で──管理し、彼の不貞を逃げ場のない場所で突きつけ、そして……この砂を噛むような退屈な関係に、私の手で引導を渡す。


「最高の材料を揃えて。殿下の健康を、心の底から慮った献立にするわ」


 私はエプロンを締め、鋭く研ぎ澄まされた包丁を手に取った。

 窓から差し込む陽光が、私の瞳に宿る冷徹な決意を──静かに照らし出していた。




 ◆〜第二章:重たい三段重と、甘い囁き〜◆



 重たい三段重ねの漆塗りの重箱を抱え、私は王宮の奥庭へと足を進めた。

 五月の陽光は眩しく、空気には満開のバラの香りが濃厚に混じっている。


 本来ならば、この【秘密のバラ園】は、王家と公爵家の親睦を深めるために、私とアルフレート殿下だけに開放されるはずの聖域だった。


 しかし、今、そのアーチの向こうから聞こえてくるのは、私に向けられたことのない、甘ったるく、とろけるような男の熱情だった。


「ああ、エレーナ。君の瞳を見ていると、自分が王太子であることを忘れてしまいそうだ。この国の未来も、退屈な儀式も、君の微笑み一つには代えがたい」


 私はバラの茂みの影で足を止めた。

 視線の先では、白亜の東屋の陰で、我が婚約者が可憐な令嬢を抱き寄せている。


 アルフレート殿下の喉仏が、彼女を見つめて情熱的に動く。

 その目は、夜会で見せる退屈そうな色とは程遠く、獲物を追う獣のような生々しさに満ちていた。


「殿下、いけませんわ。リリアーヌ様というお方がいらっしゃるのに。あの方は……あの方は、とても厳格で、お美しい方ですもの」


 エレーナと呼ばれた男爵令嬢は、わざとらしく潤んだ瞳を伏せ、殿下の胸にその小さな手を預けている。

 拒んでいるようでいて、その指先は殿下の衣の合わせ目を弄んでいた。


『バチが当たる』と言わんばかりの殊勝な態度だが、その瞳の奥には、王太子の寵愛を独占しているという優越感が透けて見える。


「リリアーヌか。あんな女の名前を、この美しい瞬間に口にしないでくれ。彼女は美しいが、心がない。あれはただの精巧な人形だ。血の通った温もりも、愛を囁く唇も持たない、氷でできた彫像だよ。エレーナ、僕が真に求めているのは、君のような春の陽だまりなんだ」


「殿下……。私、殿下のためなら、どのような誹りを受けても構いませんわ」

「愛しているよ、エレーナ。真の愛は、政略や義務の中にはない。君と僕の、この魂の共鳴の中にこそあるのだから!」


 二人の顔が近づき、バラのアーチの下で映画のワンシーンのような口づけが交わされようとしていた。


 私の胸に去来したのは、怒りでも悲しみでもなく、“時間の無駄“に対する強烈な忌避感だった。

 愛だの魂だのと、国家の予算管理も満足にできない男がよくも言えたものだ。


 私は敢えて、石畳をヒールで高く鳴らした。

 カツン、カツンと、静寂を切り裂くような無機質な音がバラ園に響き渡る。


 二人の肩がびくりと跳ねるのを、私は冷めた目で見つめながら、その『聖域』へと堂々と足を踏み入れた。


「失礼いたします。お話の最中に、大変不調法いたしましたわ」

「な、ななな……っ!? リ、リリアーヌ!」


 アルフレート殿下は、まるでバネが仕込まれていたかのように跳ね起きた。

 あまりの勢いに、腕の中にいたエレーナ令嬢は芝生の上に無様に転がり、自慢のドレスを泥で汚している。


 殿下の顔は、瞬時に赤から白へ、そして見るに耐えない土色へと変わっていった。


「な、なぜここに! 君は……君は今頃、ベルフォール邸で刺繍でもしているはずでは……!」

「殿下がお疲れで欠席されると伺いましたので、居ても立ってもいられず。婚約者として、栄養満点の差し入れを持って参りましたの。あら、そちらの令嬢は……」


 私は倒れ伏したまま震えているエレーナを一瞥し、完璧な、そして一切の体温を感じさせない微笑を浮かべた。


「エレーナ様でしたかしら。殿下の『凍えた心』を温める薪の役目、ご苦労様です。王太子の健康管理を助けてくださる奇特な方がいらして、婚約者としてお礼の言葉もございませんわ」


 私の『氷の微笑』に、エレーナは短い悲鳴を上げて顔を伏せた。

 アルフレート殿下は、額に脂汗を浮かべながら、必死に言い訳の言葉を探して口をパクパクとさせている。


「さあ、殿下。せっかく私が心を込めて……ええ、それはもう、一睡もせずに(調理自体は一時間だが、構想に時間はかけた)用意したのです。冷めないうちに召し上がってくださいませ」


 私は抱えていた重箱の角を、東屋のテーブルに、ゴン、と重苦しい音を立てて置いた。


 それはランチボックスというよりは、これから執行される処刑の道具のような、不吉な重厚感を湛えていた。



 ◆〜第三章:地獄のランチタイム〜◆



 私は、唖然として固まっている二人の前に、堂々とピクニック用のリネンを広げた。


 白亜のテーブルの上に、三段重ねの重箱が鎮座する。

 その漆黒の肌は、五月の陽光を反射して不気味に光っていた。


「さあ、殿下。まずは一段目から」


 私は迷いのない動作で蓋を開けた。

 瞬間、バラの香りを一掃するほどの強烈な『血』と『野草』の匂いが周囲に立ち込める。


「……っ!? な、なんだこれは……」


 殿下が顔を背け、鼻を押さえた。

 重箱の中に並んでいたのは、どす黒く光るレバーの塊と、細かく刻まれたニラの山だった。


「殿下の滋養強壮のために、牛レバーとニラの特製和え物をご用意いたしました。殿下はかねてより、レバー特有の臭みが苦手だと仰っていましたわね。ですから、その『野性味』を損なわぬよう、あえて一切の臭み抜きをせずに調理いたしました。男たるもの、この程度の猛々しさは胃に収めていただかなくては」


「リ、リリアーヌ……しかし、私は今、胃の調子が……」

「あら、体調が優れないからこそ、この鉄分が必要なのではありませんか? 殿下、私の献身を無下になさるおつもり?」


 私は、本日一番の深く、底の知れない微笑みを彼に向けた。

 私の瞳の中に宿る冷徹な圧に気圧されたのか、アルフレートは引き攣った手でフォークを握りしめた。


 震える手で口に運ばれたレバー。

 咀嚼した瞬間、彼の顔は緑色に変色した。


「ぐっ……、う、ウッ……」

「飲み込んでくださいませ。それは私の『誠意』なのですから」


 殿下は涙目で、鉄の塊を飲み下した。

 その横で、エレーナ令嬢が震える声で助け舟を出そうと口を開く。


「あの、リリアーヌ様……あまりに無理強いされるのは……殿下が可哀想ですわ」


 私はフォークを置く音も立てず、視線だけで彼女を射抜いた。


「部外者は黙っていてくださる? これは王家への献身という名の『教育』。愛だの恋だのと甘い言葉を囁く暇があるのなら、彼が背負うべき義務の重さを、味覚で理解させるのも婚約者の務めですの」


 エレーナは「ひっ」と短い悲鳴を上げて、再び芝生の上に縮こまった。

 私は満足げに頷き、二段目の蓋を取る。


「では、二段目。こちらは殿下が『味に深みがない』と仰っていた、パセリとゴーヤのサラダです。殿下の人生に少しでも刺激をと思い、苦味を極限まで引き出した品種を厳選いたしました」


「パ、パセリだと……? これはもはや、ただの草むらではないか……」

「左様でございます。殿下の仰る『自由』とは、このような野生に近いものでしょう? さあ、存分に咀嚼してくださいませ」


 殿下は半泣きになりながら、大量のパセリとゴーヤを口に詰め込んだ。咀嚼するたびに「ジャリ、ジャリ」と不穏な音が響く。彼のプライドが、苦味と共に噛み砕かれていく。


「そして最後、三段目でございます。こちらは……」


 私が三枚目の蓋を外した瞬間、今度は鼻を刺すような熱い蒸気が立ち昇った。

 そこには、赤を通り越して深紅に染まった、正体不明の煮込み料理が入っていた。


「殿下の熱い情熱を表現した、激辛チリ・カルボナーラ。ベースのクリームが見えないほどに、異国の唐辛子を練り込みました。冷めきった私との関係とは対照的に、燃え上がるような刺激を、その喉越しでお楽しみください」

「リ、リリアーヌ……君、怒っているのか……?」


 殿下が、ようやく本質的な問いを口にした。

 その瞳には、私への恐怖が露骨に浮かんでいる。


 私は、ふっと本日一番の穏やかで、慈愛に満ちた──ように見える──微笑を浮かべた。


「怒る? まさか。私は感謝しておりますのよ、殿下。あなたがここまで愚かでいてくださったおかげで、私の『義務』の終わりが見えましたから」




 ◆〜第四章:カーテンコールの合図〜◆



「感謝、だと……?」


 アルフレートは、激辛のカルボナーラを前に顔を引き攣らせ、汗を拭いながら私を見上げた。

 その口元には赤黒いソースが、まるで返り血のように付着している。


「ええ。殿下がこうして、誰の目にも明らかなほど分かりやすく浮気をしてくださった。おかげで、ようやく私は『義務』から解放される決心がつきましたから」


 私は懐から、あらかじめ用意しておいた一通の書状を取り出した。

 上質な羊皮紙に記されたそれは、ベルフォール公爵家と王家との婚約解消に関する合意書。


 すでに私の父である公爵の署名と、国家予算の鍵を握る宰相閣下への“根回し“という名の脅しによって得た承認印が、不気味なほど鮮やかに押されている。


「これを……私に、書けというのか……?」

「いいえ。殿下がこれを書く必要などございません。すでに証拠は十分に揃っておりますの」


 私がパチンと指を鳴らすと、バラ園を囲む茂みがガサガサと揺れた。

 そこから現れたのは、私の直属の侍女たちと、王宮に仕える記録官である。


 彼らは無表情に、しかし完璧な仕事ぶりで、手元の魔導録音機と筆記具を携えていた。


「この庭園の周囲には、すでに私の手の者が配置されておりました。先ほどの殿下の『真の愛』に関する独白、そして公務を放棄して密会に耽る醜態。それらすべては、すでに王家への公式報告書として作成済みです」


 殿下は、真っ青を通り越して真っ白になった。


 王太子が公爵令嬢との婚約を一方的に破棄しようとし、さらに公務を病欠して不適切な相手と密会していたとなれば、これは単なる色恋沙汰では済まされない。

 王位継承権を揺るがす重大なスキャンダルだ。


「殿下、あなたは自由です。この薄っぺらな男爵令嬢と、どうぞどこへなりとお幸せに。……ただし、私が去った後の公爵家からの資金援助と、我が家が握る東方物流ルートの優先利用権、そして軍部への影響力。これらすべては、今日この瞬間を以て白紙とさせていただきます」

「待ってくれ! それは困る! 私の代で国庫が傾くではないか! リリアーヌ、冗談だろう!? 君はいつもそうやって、私を試すようなことを……!」


 アルフレートは、先ほどまでの“真の愛“などどこへやら。

 脂汗を垂らしながら私のドレスの裾に縋りつこうとした。


 その手にはまだ、レバーの匂いが染み付いている。

 私は汚いものを見るような目で、軽やかにその手をかわした。


「愛には責任が伴うものですわ、殿下。愛だけあれば生きていけると仰ったのは、他ならぬあなたではありませんか。……ああ、それから、エレーナ様」


 私は、腰を抜かして泥だらけのまま座り込んでいる令嬢を見下ろした。

 彼女の瞳には、もはや私への勝ち誇った色はなく、ただ自分たちが引き起こした事態の重さへの恐怖だけが宿っていた。


「王太子妃の仕事は、バラ園で甘えることではありません。毎朝五時に起き、山のような書類に目を通し、他国の老獪な外交官と化かし合い、時には今日のような『栄養満点のお弁当』を笑顔で差し出し続けることです。……頑張ってくださいね。彼に与えられるのは、もはや権力のない、ただの情けない男という殻だけですが」


 私は優雅に、一分の隙もなく背を向けた。

 一度も振り返ることなくその場を立ち去る。


 背後からは、アルフレートの「リリアーヌ、待ってくれ! 嘘だと言ってくれ!」という情けない絶叫と、エレーナの「そんな、お金がないなんて嫌……っ!」という、愛の結晶(?)にしてはあまりに卑俗な泣き声が響いてきた。


 それは私にとって、長く苦しい『婚約者』という名の職務から解放される、最高のカーテンコールの合図だった。



 ◆〜第五章:新しい朝の食卓〜◆



 一週間後。

 王都の喧騒も、王宮に漂う腐敗した空気も、ここまでは届かない。


 ベルフォール公爵家が所有する、湖畔の別荘。

 私は、窓から差し込む柔らかな朝日を浴びながら、静寂という名の贅沢を享受していた。


 目の前の食卓にあるのは、レバーでもパセリでもない。


 香ばしく焼き上がったばかりのクロワッサンと、丁寧に淹れられた一杯のコーヒー。

 そして、地元で採れた新鮮なベリーを添えたヨーグルトだ。


 “義務“として用意させたものでも、誰かを追い詰めるために作ったものでもない。

 ただ、私自身が『美味しい』と感じるためだけの食卓──。


 婚約破棄を巡る騒動は、王家が全面的に非を認める形で、驚くほど速やかに決着した。


 私が突きつけた証拠と、公爵家が持つ経済的影響力は、王家にとって“リリアーヌを失う“ことの恐怖を植え付けるに十分すぎたのだ。


 アルフレート殿下は王太子としての立場を事実上剥奪され、謹慎を命じられた。

 エレーナ令嬢との仲も、現実的な“生活の困窮“という壁を前に、熱情が冷めるよりも早く崩壊したと聞き及んでいる。


「お嬢様、お客様がお見えです。事前の約束はございませんが……」


 侍女の言葉に顔を上げると、そこには意外な人物が立っていた。

 かつてアルフレートの影に隠れ、常に沈黙を守っていた第二王子、リュシアン殿下である。


「……リリアーヌ嬢。いや、今はもう、ただのリリアーヌと呼んでもいいだろうか」


 彼は、兄とは対照的な、思慮深く落ち着いた微笑みを浮かべていた。

 その瞳には、かつてのアルフレートが持っていた空虚な情熱ではなく、静かだが揺るぎない知性が宿っている。


「リュシアン殿下。このような辺境の別荘まで、一体何のご用で? 王宮は今、次期王位継承の件で立て込んでいらっしゃるはずですが」

「その通りだ。兄があのようなことになり、私がその責を負うことになった。……だが、王の椅子に座る前に、どうしても君に伝えたいことがあってね」


 彼は私の向かいの席に座ることすら乞わず、ただ真っ直ぐに私を見つめた。


「君が兄に届けたあのお弁当の話を聞いたよ。……正直に言えば、兄には勿体なさすぎる献身だ。冷徹だの、心がないだのと囁く者もいるが、私は知っている。君がどれほど完璧に、どれほど真摯に、この国の未来を考えていたかを」


 リュシアンは、テーブルの上に置かれた私の手に、そっと自分の手を重ねた。


「私なら、君が私の健康を思って選んでくれたものなら、たとえそれがどれほど苦いパセリであっても、“君の愛“として、一欠片も残さず平らげてみせる。……リリアーヌ、君に次の『義務』を背負わせるつもりはない。ただ、私という男を、君のこれからの『自由』な人生の隣に置いてはもらえないだろうか?」


 私は、本日初めて、鉄面皮ではない本当の微笑を漏らした。

 重たい三段重を抱えていた腕は、今や驚くほど軽い。


「殿下。私は料理には少々、いいえ、かなりうるさいですわよ? 私の味覚に合わない方は、お断りしておりますの」

「望むところだ。君に一生、最高の食事と、最高の自由を約束しよう」


 新しい恋の予感は、どうやらあのお弁当の刺激的な味よりも、ずっと甘く、そして深いコクを持っていそうだった。


 私は空になったコーヒーカップを置き、目の前の“真の騎士“に、穏やかな眼差しを返した。



              〜〜〜fin〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


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ブクマ頂けたら……最高です!

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次は「激アマ!砂糖を使わないのにテラ甘弁当。深い愛情を添えて♪」ですか(笑)
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