表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終わりの音

作者: 猫技術 歩
掲載日:2025/10/23

風が止まった。


ほんの一瞬のことだった。

けれど、永遠の始まりのように思えた。


空の色が、わずかに変わる。

灰を溶かしたような白が、静かに滲み出していく。

遠くの街で、光がひとつ、花のように咲いた。

音はない。

ただ、世界がその光を受け入れているのが見えた。


君が振り向く。

その瞬間、時間が軋み、世界の輪郭が揺らぐ。

空気の層が波のように震え、風景がゆっくりと折り畳まれていく。


君の唇が、何かを言おうと動いた。

けれど、声は出ない。

音が消えたのではない。

音が、意味を失ったのだ。


私たちはただ、見つめ合う。

それだけで、言葉はいらなかった。


指先が触れる。

そのわずかな接触に、世界が微かに揺れる。

温もりが伝わる。

皮膚の下の鼓動が、重なり、ほどける。


空は白に染まり、地平が溶けていく。

すべてが柔らかく、遠くなる。

君の髪が光に透け、頬を撫でた。

その瞬間、時間が途切れた。


息を吸う。

冷たくも、熱くもない。

ただ透明な空気が、肺を満たす。

呼吸のたびに、身体の輪郭が少しずつ消えていく。


君のまつ毛が震える。

その微かな動きが、永遠のように遅い。

私は、その瞬間のすべてを目に焼きつける。


やがて光が世界を満たしはじめる。

地面が柔らかく崩れ、影が薄れる。

君の輪郭が溶け、指先から淡く散っていく。


掴もうとした手が、わずかに届く。

それでも、確かに触れた。

重さはなかった。けれど、それがすべてだった。


光が呼吸する。

世界が息を吐くように、空気が震える。

音はなく、ただ光だけがあった。


君の瞳に、私が映っている。

空も、街も、過去もなく、

ただ、二人の輪郭だけ。


唇が動く。

声は届かない。

それでも分かる。


――「ここにいる」


その意味が胸の奥で弾けた瞬間、

世界は完全に白へと変わった。


音が消え、痛みが消え、重力がほどける。

それでも、君の手の感触だけは残っていた。


白光の底で、まだ繋がっている。

境界は消え、呼吸と呼吸が溶け合う。

どちらの鼓動か、もう分からない。


世界は、静かに息を引き取る。

そして、二人の呼吸がそのまま残る。


白い風が通り抜けていく。

それが、最後の音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ