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王都に帰りついてから数日が過ぎた。
神殿で少なくない喜捨を施し治癒魔法で傷を癒して貰ったイルも、普通に出歩くには問題ない程度まで回復した。
王都に帰ってきてから、イルは、身体が鈍らないよう運動がてらによく散歩するようになり、ルフィもそれに付き合って、二人で王都を散策するのが日課になっている。
初日はレオンも一緒に散歩していたのだが、次の日からはこなくなった。
理由を聞いてみたら、気を利かせてあげてるんだよ、と嘯いていたが、ルフィとしては、飽きたんだろう。と言うイルの意見の方が有力だとみている。
「ルフィ、ちょっと振ってみろ」
散策の途中で寄った王都の武具店で、店員と何やら話しこんでいたイルが、手持ち無沙汰に辺りを見回していたルフィを呼んで、真新しい小剣を差し出す。
「本当に良いの?」
受け取った小剣を鞘から抜きながらも、少し困った様な表情でルフィがイルに尋ねる。
弓が手元にない時や弓が使えない様な場所でも身を守れるように、と言われれば否とは言えないが、何もわざわざこんな高価そうな武具店で買わなくても良いのに、と尻込みしてしまう。
身を守るものを安物で済ますのは、命を粗末にしているのと一緒だ。と言うイルの理屈・・・と言うか信念もわからないではないが、そもそも剣の腕が追いついていないのだから、安物だろうと大差ないのではないかとも思う。
「まぁ、そんなもんかな」
慣れない手つきで小剣を振るルフィを見て、イルがそう評価する。
長剣はルフィの腕力では扱いきれないし、短剣や短刀では急所を狙いでもしないかぎりそこらの獣さえ追い払えない。威力と扱いやすさを考えれば小剣が一番無難だろう。
元々、ないよりはまし、程度の護身用武器ではあるが出来るだけ効果的な物を選ぼうと余念のないイル。
購入する武器が決まってようやく、終わりかと溜息をついたルフィを置いてけぼりにして、今度は小剣の柄の持ちやすさがどうとか、意匠がどうとか、剣を提げる為の腰ベルトがどうとか、真剣な表情で武具店の店員と話しこみ始めるイル。
呆れたように嘆息したルフィは、イルと店員の会話を聞いているのにも飽きたので、聞いていないのを承知で、小声で、店の中を見学してるね、と呟きその場を離れる。
理解できない武具談義から開放されたルフィは、何気なく店内を物色しつつ、一般的な剣やら槍やらを陳列している区画を通り過ぎ、小手に小剣の刃が取り付けられていたり、凄まじく大きな鋏の様な素人にはどうやって使うのかも良くわからない武器を物珍しそうに眺めつつ、更に奥へと進んでいく。
「あら、この剣って……」
店の一番奥に仰々しく飾られている一振りの剣。
抜き身の刀身が淡く光り輝いているその剣を見て、ルフィが興味深そうに値段を確認する。
「…………馬車って言うか、ちょっとした家が買えちゃう値段ね」
文字通り桁違いの金額に、イルの剣を売り飛ばしたら一財産になるのではないだろうかと不埒な事を考える。
「当店で一番の名剣です。お持ちになってみますか?」
先程までイルと話し込んでいた筈の店員が、いつの間にやらルフィの傍に立ち、人の良さそうな笑顔でそう声を掛けてくる。
「あっ、いえ、私長いのは全然……イルが持ってみれば?」
短いのも使えないけどね。と口の中で呟き、店員と一緒に奥までルフィを探しに来たらしいイルに話を振る。
見た目が古く、普通の剣としても飾り気のないイルの剣が、魔法剣だとは気付かない店員の、記念に是非振ってみてください。と、聞き様によってはかなり失礼な台詞に、イルは苦笑して、じゃあ一振りだけ、と店の魔法剣に手を伸ばす。
店員が、試し切り用にと持ってきた古い鞘の束を壁に立てかける。
イルは、慣れない柄を両手で少し持て余し気味に握りこみ、身体の右横に沿わせるように構える。
「ふんっ」
鞘の束の、右上から左下に薙ぎ払う。
殆ど抵抗なく束を両断したイルを、店員が目を丸くして驚いたように見る。
店員としては、勢いあまって店を傷つけないよう束の途中で剣が止まるようにと、余分に束ねてきたつもりだったのだ。
「俺には少し軽いな」
いつも振っている剣に比べて、幾分頼りない手応えに、イルが小さな声でそう洩らす。
「見事な腕前ですね。この剣は、是非あなたのような方に振るっていただきたいものですが・・・」
半分はお世辞であるが、もう半分は本気でイルが貧乏である事を惜しんでいるようでもある。
「いや、やっぱりこいつが一番扱いやすい」
腰の剣に手を当ててそう言ったイルに、店員は半ば以上本気で、残念です。と肩を落とした。
「その剣も魔法剣だって知ったら、あの店員どんな表情するかしらね」
買ってもらったばかりの小剣を嬉しそうに腰に佩いたルフィが、悪戯っぽい笑顔を浮かべて隣を歩くイルにそう話しかける。
「あまり他人に見せびらかす物でもないだろう」
比較的治安の良い王都とは言え、態々自分が金目の物を持っていると宣伝する事もない。
「ふぅん」
納得したのか、それとも最初からどうでも良かったのか、ルフィは気のない返事を口にして、そう言えば聞いてみたかったんだけど、と話題を変える。
何だ?と聞き返してくるイルに、数秒言い難そうにまごついていたが、思い切って口を開く。
「イルって彼女いるの?」
「は?」
予期せぬ質問に意表をつかれたイルが、怪訝そうな表情でルフィを見る。
「いや、私も人の事は言えないけど、イルだってもういい加減いい歳なわけだし」
見知らぬ子供のために二年間も王都に留まっているくらいだから、妻帯者とかではないだろうけど。
自分に恋人が居たことを思い出した所為か、不意に、イルはどうなんだろう、と気になってしまった。
「いや・・・別にこれと言って付き合っている女性はいないが……」
十年以上前に、十歳以上も年下の義妹に、大きくなったらお嫁さんになってあげるネ。と言われたくらいで、特定の女性の将来を誓った記憶はない。
全く付き合った事がないと言うわけでもないが、ルフィの言い草ではないが、冒険者をやっていると特定の場所に落ち着くことは少なく、出会う相手と言えば色恋沙汰に発展し難い女丈夫ばかりである。
その証拠に、と言っては些か失礼ではあるが、故郷を出てからこの十余年、仕事以外で数日以上共に過ごした女性の中ではルフィが一番女らしい。
ルフィの女性としての素養をどうこう言うわけではないが、自分ひとりで獲物を狩れるような腕利き狩人のルフィが、出会った女性の中で一番女らしいと言う自分の人生に一抹の寂しさを感じる。
何故か落ち込んでしまったイルにルフィが、突付いちゃいけないところを突付いてしまったかしらん。と気まずそうに肩を竦めた。