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王都を出発する商隊の後に続いて、三人も外門をくぐる。
商品や護衛で大所帯になっている商隊を後ろから見送り、どこに行くのかな。というレオンの問いに、さぁな、とおざなりに答えて街道へと出る。
「ねぇ、馬車……とは言わないけど、馬か驢馬を買おうよ」
商隊の馬車を見て、レオンが羨ましそうにイルにねだる。
「そんな金が何処にある」
イルは、王国の正騎士にも劣らないその実力に比べ、あまり裕福ではない。
元々、金銭にあまり執着しない所為もあるが、特にこの二年間はレオンの事もあり、食い扶持が増えた上に、大きな仕事を請ける事もしなくなったので、食うに困るほどではないが、それほど余裕があるわけでもないのだ。
「その剣を売ったら、驢馬どころか、幌つきの馬車が馬つきで何台も買えるじゃないか」
「馬鹿たれ」
呆れたような表情でレオンの頭を小突くイル。
暴力反対っ、と騒ぎながら自分の背後に逃げ込んでくるレオンに苦笑しつつ、ルフィがイルに質問する。
「イルの剣って、そんなに高価なの?」
良い剣だというのはわかるが、それ一本で馬車が何台も買えるほどとは知らなかった。
魔法の剣とは言っても、何か特殊な効果があるわけでもなく、普通の剣よりも斬れ味が鋭く、霊体や魔族相手にも効果が期待できる、という程度の物でしかない。
「そうだな……買おうとすれば、それくらいになるかな」
大きな街の武具屋や魔法具屋に行けば売っているので、魔法の武器としてはそれほど珍しいと言うほどのものではないが、一般人は勿論、冒険者にとっても手の出しにくい値段ではある。
それでも、値段がつけられるだけ、魔法剣の中ではかなり安い方なのである。
「よく買えたわね」
皮肉ではなく本心からそう呟くルフィ。
「買ったんじゃない」
「盗んだのっ!? ……っ痛っって、冗談だってば」
叫んだ次の瞬間、イルの指に額を弾かれて、ルフィが赤くなった額を両手で庇いながら後ずさりする。
「……もらったんだ。家を出るときに義母さんから」
あまり格好の良い話ではないのを自覚しているのか、イルが少し恥ずかしそうに、だが懐かしそうにそう説明する。
―イルは冒険者には向いていないわよ―
旅に出ると言い出したイルに、そう言いながらも仕方なさそうに送り出してくれた。
―危なくなったら一目散に逃げなさいよ。格好付けて死んだって、誰も喜ばないんだから―
いつも飄々としている義母にしては珍しいくらい、真剣な声でそう言い聞かされた。
―疲れたらいつでも帰ってきなさい。ここはあんたの家なんだから―
十年以上前の話だというのに、義母の表情や声は今でも鮮明に思い出せる。
「どうしたの?」
急に黙り込んでしまったイルを訝しげに覗きこむルフィ。
「いや……少し昔のことを思い出してた」
「お母さんの事?」
「あぁ……」
ルフィの問いに素直に頷くイル。
「どんな人だったの?」
「……強い人だった。大きくて優しくて暖かい人だった」
かなり抽象的なイルの表現ではあったが、ルフィはその言わんとする人柄をかなり正確に感じ取る事ができた気がした。
「……マザコン」
レオンが小さく呟いた。
「本当の事を言っただけなのに……」
と、まだ鈍く痛む頭のたんこぶを抑えて、前を歩く保護者の背中を恨みがましく睨み付けるレオン。
今度は流石にイルに聞こえないように、うつむき加減に小さく愚痴る。
「本当の事を言ったから、でしょ」
隣を歩いていたルフィが、レオンの愚痴を聞きとがめて、やはり、イルに聞こえないような小さな声で忠告する。
「本当の事なら、素直に認めれば良いじゃないかっ」
と納得できない様子で唇を尖らせるレオン。
「まぁ、レオンにはまだわかんないかな」
「むぅ、子供扱いしたなっ」
「仕方ないでしょ、実際まだまだお子ちゃまなんだから」
面白くなさそうに睨み付けてくるレオンの視線を軽くいなして、ルフィは芝居がかった仕草で肩を竦めて見せる。
「ふんっだっ」
嫁き遅れの癖に。
と懲りずに『本当の事』を口走ったレオンが、新たなたんこぶを拵えて涙目で地面に蹲るのはもはや当然の成り行きであった。
その日の晩飯は、ルフィが弓で仕留めた野鹿を、イルが捌き、レオンが日で炙った。
食料はかなり余分に持ってきているが、保存が効くので、何かしら現地調達できたときはそちらを優先する。
「ルフィの弓って本当に凄いよね」
焼けた鹿肉に齧り付きながら、レオンが満面の笑みを浮かべてルフィの腕前を絶賛する。
昼間の恨み言は既に忘却しているようで、その笑顔に屈託はない。
「そうだな」
と同意するイル。
イルも弓の経験がないわけではないが、ルフィの足元にも及ばない。ルフィの実力は達人、とまではいかないが一流と言って差し支えない。
「やめてよ、照れるじゃないの」
弓を射る度にそう褒められては返って恥ずかしい。とはにかむルフィ。
「……ルフィ」
「何?」
妙に真剣な表情で話しかけてくるイルに、ルフィが少し驚いた様子で座りなおす。
「ルフィは本当に冒険者だったのか?」
「え? どういう意味?」
「ルフィの筋力では剣や斧……白兵武器はまともに扱えないだろう?」
ルフィの筋力では、規格品の中では最も軽いレオンの剣ですらまともに振ることができない。
かと言って、短剣や短刀の扱いに長けている様でもない。
唯一、弓の腕前だけが突出して優れているのだ。
冒険者は、遺跡や洞窟等、屋内で戦う事が多いので、基本的に白兵用の近接武器を使う事が多い。
勿論、人によって得手不得手はあるだろうが、近接武器しか使えない冒険者は居ても、遠距離武器特化の冒険者と言うのは基本的に有り得ないのだ。
「じゃあなんなの?」
レオンが不思議そうに首を傾げながらイルを見る。
「狩人か弓兵か……」
弓兵ならすぐに身元が割れそうなものだから、恐らくは狩人だろう。
「ふぅん・・・でもそれなら、なんで冒険者でもないのにディアスの討伐依頼なんか受けたの?」
レオンの疑問に、イルは言い辛そうに眉を寄せながら言葉を繋ぐ。
「ディアスの賞金が目当てだったのか、個人的にディアスと因縁があったのか……」
「いんねん……?」
イルの言葉が、今ひとつ理解できていないレオン。
一方、ルフィはイルの言わんとするところを理解して、表情を曇らせる。
「つまり……ディアスに滅ぼされた村の生き残り……?」
「その可能性もある。と言うだけだ」
むしろ、そうでない可能性の方が高い。
ディアスの賞金は、それこそ魔法剣が買えるくらい高額である。腕に覚えがあれば冒険者でなくとも依頼に興味をもってもおかしくはない。
「そうね……」
記憶がない以上、今ここで悩んでいても仕方がない。
そう不安げに呟いたルフィは、既に冷めてしまった鹿肉の残りに齧り付いた。