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 大陸の西部、海と大地の恵みに祝福された王国ルーディアナ。

 その首都であるメシナの片隅にある極々普通の旅の宿、この街に着いたその日から、そこがイルの根城だった。

 一階が酒場で二階が宿屋のありふれた造りで、値段も手ごろ、料理も不味くはない。

 元々、この街に長居する気のなかったイルには十分な条件だ。

 冒険者。と言えば聞こえが良いが、要は流れの傭兵であるイルは、十年以上前に故郷を出てから大陸全土を渡り歩き、一所に留まることはあまりなかった。

 この街も適当に路銀を稼いだらすぐに出るつもりだったのだが、とある事情により二年も居続けることになった。

 その”とある事情”とは、一階の食堂で晩御飯を食べているイルの向かいの席で、不満そうにわめき散らしている少年の事である。

「ねぇ、僕も連れて行ってよ。ねぇってばっ」

 目の前にある料理に手もつけずに、何事かを訴えている少年。年のころは十五、六歳に見えるが二年前にイルが少年を拾った時から殆ど成長していないので、実際にはもう少し年上だろうか。

「また次の仕事の時にな」

「前の時もそう言って連れて行ってくれなかったじゃないかっ」

 困ったようにため息をつくイルを、少年は一歩も引かないぞっと睨み付ける。

「レオン、今度の仕事は本当に危ないんだ。お前にはまだ無理だ」

「前もそう言ったっ」

 外見だけではなく中身も成長していないのか、唇を尖らせてイルに噛み付くレオン。

「前もだろうがなんだろうが、危ないもんは危ないんだっ」

「行くったら行くっ。絶ぇっ対についていくからねっ」

 そう宣言して、後は無言で晩御飯に齧り付くレオンに、イルは困った表情で嘆息した。




 依頼内容は指名手配された魔術師(ソーサラー)退治、生死問わず。依頼主は魔術師ギルド。

 簡単に言えば賞金首を仕留める仕事で、冒険者ギルドで斡旋している仕事としてはそれほど珍しい内容のものではない。

 問題は、その魔術師が数十年もの間、高額の賞金をかけられながらも、未だ健在であると言う点のみである。

 過去数回、冒険者ギルドと魔術師ギルドが協力して討伐隊を組織した事もあるが、悉く取り逃がしている。

 一番最近では、二年前に十数名のパーティで挑んだらしいが、ものの見事に撃退されたらしい。

 剣の効かない動く石像に返り討ちにあった前回の教訓を活かし、今回は魔術師ギルドから派遣された魔術師が数名同行し、イルと同じく冒険者ギルドで雇われた戦士が十名程。後はイルにくっついてきた戦士未満のレオンが一人。

「ねぇ、イル。なんて名前だっけ、その魔術師の人」

 一端に剣を腰に携えたレオンが、それなりに真剣な表情で尋ねる。

「ディアス」

 言葉少なに返答するイル。

「その人、いったい何をしたの?」

「幾つかの村を滅ぼしたらしい」

「……なんで?」

「不老不死だかなんだかの研究の為に、人体実験するためだったとかどうとか」

 続けざまに質問してくるレオンに、面倒くさそうに、だが律儀に答えるイル。

 遠目に見える魔術師の館に目を向けて、そろそろ警戒した方が良いか、と呟き腰の剣に手をかける。

 抜き放ったその長剣の刃は、くたびれた柄や鞘とは裏腹に淡く輝いている。伝説に謳われる聖剣やら魔剣といった大層な代物ではないが、一介の冒険者が持つにしては中々の逸品である。

「レオン、わかっているな」

「わかってるよ。危なくなったら一目散に逃げればいいんでしょ」

 騎士道精神もへったくれもないね。とぼやくレオンにイルは、騎士道精神なんてもんは騎士だけ持ってれば良いんだ。と断言した。



 イルの長剣が悪魔の石像(ガーゴイル)を斬り捨てる。

 仲間の魔術師や戦士も奮戦しているが、石の塊をまともに斬り払えるのは、イルの持つ魔法剣だけである。

 襲い掛かってくる石像からレオンを庇う余裕まで見せつつ、危なげなく剣を振るうイル。純粋に剣術だけを見ても、イルの腕は十分に一流である。

「こいつで最後か」

 何体目かの石像を切り倒したイルは、流石に息を切らして額の汗を拭う。

 散々逃げ回っていたレオンも、最後の石像が動かなくなったのを確認して、力尽きた様子でその場にへたり込む。

 レオン程ではないにしろ、皆かなり疲労しており、軽くはない傷を負った者もいる。

 イルが居なければ、その魔法剣がなければ、館に入ってすぐのこの大広間で全滅していただろう。

「あの石像硬すぎだよ」

 試しに斬りつけてみたらしいレオンが、刃のこぼれた自分の剣を悔しそうに睨んで、そう憤慨する。

「まぁ、普通の剣で石像を斬るのは俺でも無理だ」

 伝説に残るような勇者やら戦士やらは、普通の剣で鉄扉を切っただの石壁を貫いただのと、無茶苦茶な逸話を残しているけど。と笑うイル。

「僕もイルみたいな魔法の剣が欲しいな」

 羨ましそうに魔法剣を見つめてくるレオンにイルは、十年早い。と言い捨てた。



「くそっ、逃がしたか」

 イルが唇を噛んで、割れた窓から逃げた魔術師の姿を追う。

 既に逃げる算段をしていたらしく、殆ど顔を合わす暇もなく逃げ出した魔術師ディアス。

 イルが魔法を警戒して慎重に窓から外を覗いた時には、もうその姿はどこにも見えなかった。

「……イル?」

 恐る恐る扉の影から顔を出すレオン。

「逃がした」

 見失った魔術師を追うのを諦め、改めて部屋の中を見回すと、怪しげな道具やら書物やらが所狭しと散乱しており、奥の台座には縛り付けられた女性の姿が見える。

 件の人体実験の最中だったか。と呟くイル。

 同じく女性に気付いたレオンが、イルが制止する間もなく台座に駆け寄っていく。

「待てレオン、迂闊に近づいたら危な……」

「大丈夫?」

 女性を拘束していた革のベルトを長剣の先で器用に斬ったレオンは、イルの言葉も聞かずに女性の肩を揺する。

 イルよりも少し年下の二十代半ば程度、冒険者風の服装をした中々の美人である。

「ん……?」

 肩を揺すられて目を覚ました女性に、レオンは屈託のない笑顔でもう一度尋ねる。

「大丈夫? おねぇさん」

「えぇ……まぁ」

 現状を把握しきれずに戸惑ったように辺りを見回す。

「えっと……ここ、どこ?」

 その問いにレオンが答える前に、女性はもう一度、本当に心底戸惑った様子で口を開く。

「私……誰?」

 ”また”面倒な拾い物をしたかな。とイルは肩を落として深いため息をついた。

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