16
それから、半月程が過ぎた。
ディアスの首を換金し、ついでに、拝借してきた馬車も売り払った。
神殿の治癒魔法とルフィの看病で、イルの傷も順調に回復している。
数十年来の賞金首であったディアスを仕留めた事でイルの知名度が上がってしまい、少しばかり有名人になって街を歩きにくくなった事を除けば、特に問題のない日が続いていた。
「あぁもうっ、どこに行ってたのよ。探したじゃないのっ」
部屋に入るなり叱り付けてくるルフィに、ちょっと買い物にな、と答えて寝台に腰かけ、布に包まれた長い棒の様な物を傍に立てかける。
どうやら、レオンもイルを探すのに駆り出されていたらしく、帰ってきたイルを見てルフィに喰ってかかる。
「ほら、だから言ったじゃないか、すぐに帰って来るって。ルフィ、心配しすぎっ」
言われたルフィは不満げに口を尖らせるが、特に反論もせずに、さぁ包帯を取り替えましょ、と言っていそいそとイルの服を脱がせにかかる。
あぁっ、誤魔化してるっ、と騒ぐレオンを無視して、この半月で随分慣れてしまった包帯の取替えを手際よく進める。
「もう傷口は殆ど塞がっているわね」
元々、殆どの傷が浅手だった事もあり、腹部の刺し傷以外はすっかり治っている。
一番重症だった腹部に関しても、すでに包帯を巻く必要もないくらい塞がっており、日常生活を送る分には全く支障がない程度まで回復していた。
「あぁ」
と短く答えるイル。そのまま、何か言葉を続けようとするが、言いづらそうに視線を逸らして口ごもってしまう。
「どうしたの?」
包帯を巻き終わり、未だに騒いでいるレオンを力ずくで黙らせたルフィが、イルに発言を促す。
「あぁ……俺はそろそろこの街を出ようと思う」
「そう……帰るの?」
レオンを後ろから首に腕を回して締め付けていたルフィが、真顔になってそう尋ねる。
「そうだな、そろそろ帰ってみるのもいいかもしれないな」
そろそろ、この魔法剣も義母さんに返したいし。と口の中で呟くイル。
この剣をイルが義母から貰ったとき、すでに随分と使い込まれていた。
もしかしたら、自分の前に同じように旅に出た兄姉が使っていたのかもしれない。
もしかしたら、自分の後に同じように旅に出たいと言う弟妹がいるかもしれない。
レオンには悪いが、この剣は孤児院の誰かに使わせてやりたい。
「二人はどうする?」
一緒に来るか、とは聞かない。
聞いてしまえば二人の選択肢を問答無用で奪ってしまう事がわかっているから。
二ヶ月にも満たないルフィとイルが過ごした月日は、記憶を失いディアスの思惑に乗せられて過ごした、言わば非常事態である。
非常であった分、心に残る期間でもあったが、その為にそれまで過ごした二十数年を否定することもない。何年後か何十年後かに、思い出して懐かしむ程度で調度いい。
「……そうね、私も帰るわ」
耳が痛くなるような沈黙の後、ルフィが妙にすっきりとした口調で答える。
なんでぇ? と声を上げるレオンの首を回したままの腕で締め付けて黙らせる。
「そうか、レオンはどうする?」
「え?」
急に話を振られたレオンが、どうすると言われても、と戸惑う。
ルフィのように記憶が戻ったわけではないので、故郷に帰ると言う選択肢はない。
敢えて選択肢をあげるならば、イルについていくのか、ルフィについていくのか、一人立ちするのか、と言ったところだろうが、レオンとしては、考えるまでもなくイルについていくつもりだった。
だが、イルは戸惑うレオンに、真剣な表情で、
「よかったら、ルフィについて行ってやってくれないか?」
と告げる。
レオン自身は知らないし、ルフィにしても今更レオンを兄だとは思いにくいだろうが、血が繋がっている事には変わりがない。出来れば一緒に居させてやりたい。
ディアスの話によると、継続的な施術をしなければ、レオンの『遅老長寿』の効果は弱くなっていくらしいので、少々不自然ではあるが、一般社会に紛れても恐らく支障はないはずである。
「……うん、わかった」
事情はよくわからないが、イルにとっても、ルフィにとっても、そして自分にとっても、それが一番良いような気がして、少し悩んだ後、素直に頷いた。
「よし」
安心したように頷いたイルは、それなら、と傍に立てかけていた先程買ってきたらしい布で包まれた棒状の物をレオンに放ってよこす。
「これは?」
「新しい剣だ。今持っている稽古用の鈍らよりはよっぽど上等なやつだぞ」
俺には少し軽いが、お前にはまだ少し重いくらいだろう。
意味ありげにそう笑ったイルは、餞別にくれてやる、と言ってルフィに首を絞められたままのレオンの頭をガシガシとかき回して少年を激励する。
「さっさと俺より強くなれ」
んな、無茶な、とレオンが呟いた。
「王都を出てから聞くのもなんだけど……本当に良いの?レオン」
今ならまだイルに追いつけるわよ。と言うルフィに、レオンは笑って首を横に振る。
「ルフィと一緒にいるってイルと約束したからね」
お駄賃も先払いで貰っちゃったしね。
「ルフィこそ良いの?」
男女の機微に疎いと自負しているレオンではあるが、そんな自分でさえ、イルとルフィが惹かれあっているのはわかる。
どんな事情があるのかわからないけれど、このまま別れてしまっていいのか、と真っ直ぐに問い詰めてくるレオンに、ルフィは照れたように苦笑して、離れた方がお互いに良い場合もあるのよ。と肩を竦める。
口にこそ出さないが不満げに自分を見つめてくる少年の額を軽く指で弾いてルフィが、それに、と言葉を続ける。
「身寄りのない私を引き取ってくれた村のみんなに、このまま黙って他の国に行くわけにはいかないでしょ?」
せめて、自分が生きていた事は伝えたいし、待ってくれているかどうかわからないが、恋人”だった”人にも謝っておきたい。
そう言ったルフィは、言っている意味が理解できずにキョトンとしているレオンに悪戯っぽく笑いかけて、さぁ、行くわよ、と歩き出した。