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「眠れないのか?」

 不寝番をしていたイルは、落ち着かない様子で寝返りを打つルフィに声を掛ける。

 獣除けに焚き火を絶やさないように薪をくべる。

「えぇ」

 ルフィは大きく息を吐いて身体を起こし、傍で眠っているレオンを起こさないように小さく頷く。

「無理もない。あんなものを見て、気持ちよく眠れる方が普通じゃない」

 三人で話をしているときは紛らわすことが出来ていた不快な気持ちが、目を閉じると胸からこみ上げてくる。

 眠っているレオンの寝顔も、うなされている。とまではいかないが、寝苦しそうに眉を寄せており、良い夢を見ているようには見えない。

「それもあるけどね……」

 思いつめた表情でレオンの寝顔を見つめ、その頬にそっと手を当てるルフィ。

 人の温かさを感じて安心したのか、レオンは落ち着いた安らかな表情になって、先程よりは規則的な寝息を漏らすようになる。

「俺に話せることか?」

「イルに話しても、多分、困らせるだけだと思うわよ」

「そんな事は聞いていない。話せる事かどうかを聞いているんだ」

 自嘲気味に肩を竦めるルフィをイルが不機嫌そうな口調で問い詰める。

 ルフィはその剣幕に一瞬驚いて目を丸くするが、すぐにイルが自分を心配しているのだと気付き、不器用な人ね。と苦笑する。

「……聞いてくれる?」

「あぁ」

 ぶっきらぼうなイルの返事に、ルフィは嬉しそうに微笑んで、焚き火の傍に近づいて、イルの隣に座る。

「私、人間なのかな。って思っちゃってさ」

 あの『人形』を見てから、もしかしたら自分も彼らと同じように、ディアスに何か得体の知れない施術をされた『人外のモノ』ではないのか。と。

 二年前に殺された筈の自分が生きている事、不自然に途切れた記憶、思い出せない思い出、ルフィの不安を掻きたてる要素には事欠かない。

「人間だ」

 不機嫌な表情を崩しもせずにそう断言するイル。

「自分が人間かどうかで悩むゴーレムなんて聞いたことがない」

「でも……」

 そう言う観念的な話じゃなくて、と続けるルフィの台詞を、イルが身振りで制する。

「『人間』って言うのは身体の名前じゃない。『中身』がなければそれはただの肉の塊だ」

 命の宿らない身体は、ただの死体であって人間ではない。

「そうだな……さっき話した『ルフィ』の話を覚えているか?」

「え?えぇ、そりゃさっき聞いたところだし……」

 戦士レオンを守るために命を落とし、命を落としてからも死霊(レイス)となり、レオンの助けとなった女魔術師ルフィ。

「死んでからも『レオン』を助けた『ルフィ』と、人の命をなんとも思っていないディアスと……どっちが人間らしいと思う?」

「そう……ね」

 ルフィが、複雑な表情でそう呟く。

 イルも自分の言っている事が奇麗事だと自覚はしている。

 ルフィにとっては、自分の身体が『得体の知れない何か』かもしれないのだ。口では何とでも誤魔化せるが、実際にルフィが感じている不安を取り除く事はできない。

 自分には何も出来ないもどかしさに、不機嫌な表情を更に顰めて、隣に座るルフィから目を逸らす。

「やっぱり、困らせちゃったわね」

 ごめんね。と謝るルフィの肩をイルが抱き寄せる。

「謝るな。例え何がどうだろうとルフィはルフィだ」

「……うん」

 自分の身体を包むイルの体温と、それ以上に暖かいイルの気持ちを感じて、ルフィが幸せそうに微笑んで、そっと力を抜いて身体を預ける。

 ……いつの間にか目を覚まして、二人の様子を興味津々に見つめているレオンと目が合うまでは。



「僕のことは気にしないで、続けてくれれば良かったのに」

 撥ねる様にイルから身体を離したルフィに、寝たままの姿勢で悪戯っぽくレオンが笑う。

「出来るわけないでしょっ!」

 耳まで真っ赤になったルフィが、照れ隠しに大きな声を張り上げる。

「全くっ、起きたなら起きたって言えばいいのに黙って見てるなんて、もぅっ!」

「いや、だって、目が覚めたらイルとルフィが並んで座ってて、何か話してるな~って思ってたら、イルがルフィの肩を抱いてさ、そしたらルフィも嬉しそうにイルにもたれかかっ……」

「わぁ~っ! もういいっ! ごめんっ! 駄目っ! 許してっ!」

 じたばたともがくように身を捩るルフィ。

 はしゃいでいる二人を何故か妙に懐かしそうに見つめているイルに、イルも何とか言いなさいよっ。と無理やり話を振る。

「まぁ……俺も子供の頃はこう言う事に興味があったから、レオンの気持ちもわかる」

「誰が理解を示せと言ったかっ!」

 片方が騒ぎすぎて、返って冷静になってしまったイルの言葉に、ルフィが吠える。

 ぜぇぜぇと肩で息をするルフィ。

 図らずも元気付けることが出来たレオンに、むしろイルは感謝している。

「昔、孤児院で義兄が部屋に女の人を連れ込んだ時にみんなで息を潜めて覗いたりしたもんだ」

「んな事して……って孤児院?」

 意外な単語を聞きとがめ、ルフィが少し冷静になって、改めてイルに尋ねなおす。

「孤児院って、イル、あなた孤児だったの?」

「ん? あぁ、まだルフィには話してなかったかな」

「聞いてないっ、じゃあ、前に話してたお母さんって?」

「孤児院の院長。俺の居た孤児院では、孤児はみんなあの人の養子になるんだ」

 言葉少なに説明するイルの言葉に、ルフィは何に対してのものなのか、感心したように唸る。

「二人とも起きてるなら、俺はもう寝るぞ」

 ルフィに質問攻めにされそうな気配を感じたイルは、一方的にそう宣言して、返事も聞かずに横になる。

 そうはさせるか、と、一旦口を開きかけるルフィだったが、すぐに思い直して、まぁ今日のところは見逃してあげましょ、と嘯いた。



 イルが寝付いたのを確認したルフィは、自分が使っていた毛布をそっと掛け、すっかり目の覚めて夜食代わりにパンを齧っているレオンの隣に座りなおす。

「だから、なのかしらね」

「何が?」

 もごもごとパンを頬張りながらレオンが尋ね返すと、ルフィはこちらに背を向けて寝ているイルを見つめる。

「イルが、レオンや私に優しいのって、自分も孤児だったからなのかな、って」

「多分ね」

 まぁ、それでなくても、女子供にはやたらと甘い人だとは思うけど。

「イルって孤児院じゃあ、きっと良いお兄さんだったんでしょうね」

 少しばかり愛想が悪いのが玉に瑕な、面倒見の良い優しいお兄ちゃんだったんだろう。

「お兄ちゃん……か」

 ルフィが、イルに生死もわからない自分の兄の事を重ねて深い溜息をつく。

 生死もわからない。と言うのも、ルフィのきわめて希望的な推測の結果であって、焼き払われた村や館の地下室の事を考えれば、生きている可能性は限りなく低い。

 生きていれば、イルと同じくらいの年齢になっている筈の兄。

 小さいころの顔も、はっきりとは思い出せない。

 尤も、例え全ての記憶を思い出したとしても、二十年近く前に見たのが最後になってしまった兄の顔がはっきりと思い出せるかどうかは自信がないが。

 それでも、せめて面影なりとも思い出したい。

「ルフィ?」

「レオンは……」

 黙りこんだ自分を下から覗くように見上げて、どうしたの、と尋ねてくるレオンに、ルフィは思いつめた表情を崩さずに問いかける。

「レオンは何か思い出した?」

「全然」

 ルフィの問いに、レオンはあっさりと首を横に振る。

 イルに拾われて二年、何一つ思い出せない。

 最初の頃は、色々と思い悩んだりもしたが、最近では、思い出せないものは仕方がないか、と開き直っている。

 ただ一つ気にしているのは、イルに迷惑をかけっぱなしになっていると言う事だけである。

「イルは、きっと僕の記憶が戻るまで、ずっと付き合ってくれるだろうけど、一生かかっても戻らないかもしれないのに、ずっと甘えてるわけにもいかないでしょ?」

 だから、少しでも早く一人前になりたい。面倒を見てもらうだけの子供ではなく、対等な相棒(パートナー)として認めてほしい。

 僕だってちょっとは強くなったんだよ。と袖を巻くって、あまり逞しくもない力瘤をつくりながら、ささやか……と言うには少々難度の高い夢を語るレオンを、ルフィが眩しそうに見つめる。

「レオンは強いわね」

 勿論、力瘤の事ではない。

「私は……どうしたいんだろう?」

 焚き火に枯れ木をくべて、乾いた音をたてて揺らめく火を見つめながら、ルフィは思案気に小さく息を吐いた。

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