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第9話:貴族の陰謀と真の絆

 ガーランド侯爵邸は、街の丘の上にそびえ立つ豪壮な建物だった。


 石造りの壁に美しい装飾が施され、広大な庭園には珍しい花々が咲き誇っている。まさに貴族の威光を示すような邸宅だった。


「すげえ……」


 ユウトは思わず呟いた。前世では決して足を踏み入れることのできない世界がそこにあった。


「ユウト様、緊張してますね」


 フィアが心配そうに見つめる。


「ああ、ちょっとな。貴族相手は初めてだから」


 だが、ユウトの緊張は別の理由もあった。もしここで田中たちと関係のある人物に出会ったら……。


 門番に案内されて邸内に入ると、執事が出迎えた。


「治癒師のユウト様ですね。お待ちしておりました」


 執事の態度は丁寧だったが、どこか見下すような雰囲気があった。奴隷に対する貴族階級の典型的な接し方だった。


「当主のバルドス様が、お待ちです」


 応接室に案内されると、そこには50代と思われる貴族が座っていた。バルドス・フォン・ガーランド侯爵その人だった。


「君がユウトか」


 バルドスがユウトを見下ろすように見つめる。


「はい。こちらは助手のフィアです」


「助手? 奴隷の分際で、随分と偉そうだな」


 バルドスの言葉には明確な敵意があった。


「あの……どちらがご病気で?」


 ユウトが話を本題に向けようとすると、バルドスは鼻で笑った。


「病気? だれが病気だと?」


「え? でも、治療の依頼が……」


「ああ、それは嘘だ」


 バルドスが立ち上がった。


「君たちを呼んだのは、別の用件がある」


 嫌な予感がユウトの背筋を走った。


「フィア、俺の後ろに」


「は、はい」


 フィアがユウトの後ろに隠れる。


「最近、奴隷が調子に乗りすぎているという報告が入っている」


 バルドスが冷たい声で続けた。


「奴隷商のゴルドから聞いたぞ。お前は他の奴隷たちを扇動して、反抗的になっている」


「そんなことは……」


「黙れ!」


 バルドスが怒鳴った。


「奴隷風情が治癒能力を持っているなど、秩序を乱す存在だ」


 ユウトは理解した。これは罠だったのだ。


「それで、今日はお前たちを処分するために呼んだ」


 バルドスが手を叩くと、屋敷の兵士たちが現れた。総勢十名の重装備の兵士だった。


「お前たちのような不埒な奴隷は、見せしめにする必要がある」


「待ってください! 俺たちはなにも悪いことはしていません!」


 ユウトが必死に抗議するが、バルドスは聞く耳を持たない。


「奴隷が人間様と同等の能力を持つなど、神への冒涜だ」


 宗教的な偏見まで持ち出すバルドス。


「フィア、どうする?」


 ユウトが小声でフィアに尋ねると、彼女は震え声で答えた。


「ユウト様……怖いです……でも、あなたと一緒なら……」


「ありがとう。俺も君がいるから頑張れる」


 二人が手を握り合った瞬間、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。


 だが、ユウトは既に覚悟を決めていた。


 最初の兵士に触れた瞬間、《もふもふ治癒》を攻撃的に発動。相手の生命力を大幅に吸収して無力化する。


「うぐあ!」


 兵士が倒れると、周囲がざわめいた。


「なんだ、今の!」


「魔法使いか!」


 ユウトは次々と兵士たちに触れては無力化していく。だが、十人相手では消耗も激しい。


「ユウト様!」


 フィアがユウトの手を握った。途端に、《もふもふ治癒》の効果が増幅される。


 フィアを通じてユウト自身も回復しながら、同時に敵を無力化していく。


「化け物め!」


 兵士の一人が剣を振り下ろしてきた。だが、ユウトは既に前世とは別人だった。


 敏捷性も判断力も、《もふもふ治癒》の継続的な効果で向上している。剣を避けて相手に触れ、一瞬で無力化する。


「あり得ん……」


 バルドスが震え声で呟いた。


「十人の兵士が……たった一人の奴隷に……」


 全ての兵士を無力化したユウトは、バルドスの前に立った。


「あなたの負けです」


「き、貴様……」


「俺たちはなにも悪いことはしていない。ただ人を救っているだけです」


 ユウトの声は静かだったが、強い意志が込められていた。


「それなのに、あなたは俺たちを殺そうとした」


「それは……奴隷制度を守るため……」


「奴隷制度?」


 ユウトの目が鋭くなった。


「人を物のように扱う制度が、そんなに大切ですか?」


「当たり前だ! それが社会の秩序だ!」


 バルドスが開き直ったように叫ぶ。


「奴隷は奴隷らしく、主人に従っていればいいのだ!」


 そのとき、ユウトの中で何かが切れた。


「そんな秩序なら……壊してやる」


 ユウトがバルドスに手を伸ばした瞬間——


「やめて!」


 フィアが止めた。


「ユウト様、殺しちゃダメです!」


「でも、こいつは……」


「お願いです! ユウト様は人を救う人です!人を殺す人じゃありません!」


 フィアの必死の説得に、ユウトは手を止めた。


 確かに、殺してしまえば自分も殺人者になってしまう。


「……わかった」


 ユウトはバルドスから手を離した。


「でも、このままでは済まさない」


 ユウトは《もふもふ治癒》を使って、バルドスに強烈な疲労と眠気を送り込んだ。


「うぐ……」


 バルドスがその場に倒れ込み、深い眠りに落ちた。


「これで当分起きません」


 ユウトがフィアを振り返ると、彼女は泣いていた。


「怖かったです……ユウト様が変わってしまうかと思って……」


「フィア……」


 ユウトは抱きしめた。


「ありがとう。君がいなかったら、俺は本当に殺していたかもしれない」


「私……ユウト様の優しさを信じてます」


 フィアの言葉に、ユウトの心は大きく動いた。


 復讐への想いは消えない。だが、フィアのような大切な人を悲しませるようなことはしたくない。


「俺たち、ここから逃げよう」


「はい」


 二人は屋敷から脱出した。


---


 商会に戻ると、アルバートが青い顔で待っていた。


「大変だ! ガーランド侯爵から苦情が来た!」


「苦情?」


「君たちが屋敷を荒らして、兵士たちを傷つけたというのだ!」


 予想通り、バルドスは事実を歪曲して報告していた。


「事実は違います。向こうが俺たちを襲ったんです」


「そうは言っても……相手は侯爵だ」


 アルバートは困り果てていた。


「このままでは商会にも迷惑がかかる」


「すみません……」


 ユウトは頭を下げた。


「いや、君たちが悪いわけじゃない。だが……」


 アルバートが辛そうな表情を浮かべた。


「しばらくの間、君たちには商会から離れてもらう必要があるかもしれない」


 事実上の追放宣告だった。


「わかりました」


 ユウトは淡々と答えた。いつかはこうなることも予想していた。


「本当にすまない……」


 アルバートが心から謝罪する。


「いえ、お世話になりました」


---


 その夜、宿舎で荷物をまとめながら、フィアが不安そうに尋ねた。


「ユウト様……これからどうしますか?」


「街を出よう。ここにいては危険だ」


「どこに行くんですか?」


 ユウトは考え込んだ。


「獣人が多く住む場所……森の近くの村とかがいいかな」


「どうして?」


「俺たちの能力が、最も役に立つ場所だからだ」


 そして、獣人たちとのネットワークを構築するのに最適な場所でもあった。


「でも……お金もそんなに……」


「なんとかなる。俺たちには能力がある」


 ユウトはフィアを安心させるように微笑んだ。


「それに、君がいてくれるから」


 フィアも微笑み返した。


「はい。どこまでもユウト様について行きます」


 二人は寄り添うようにして最後の夜を過ごした。


 フィアの尻尾と耳がユウトに触れて、《もふもふ治癒》が穏やかに発動する。


「ユウト様……さっき屋敷で思ったんです」


「なにを?」


「私たち、もう家族みたいですね」


 フィアの言葉に、ユウトの胸が温かくなった。


「ああ、そうだな」


 前世では決して得ることのできなかった、本当の家族。


「フィア、約束する」


「なにを?」


「俺は絶対に君を守る。そして、君のような人たちをいじめる奴らには、必ず報いを受けさせる」


 ユウトの決意は、純粋な復讐心から、もう少し複雑なものに変化していた。


 単に仕返しをしたいのではなく、大切な人を守りたい。虐げられる人たちを救いたい。


 そのためなら、どんな困難も乗り越えてみせる。


「ユウト様……」


 フィアが幸せそうに微笑む。


「私も、ユウト様を守ります」


 二人の絆は、危機を乗り越えてさらに深まっていた。


 翌朝、二人は商会を後にした。


 新天地を目指して、新たな冒険が始まる。


 だが、彼らはまだ知らない。


 バルドスが復讐に燃えて、刺客を放ったことを。


 そして、その先でより大きな試練が待ち受けていることを。


 ユウトの成長は続く。そして、復讐への道のりも、着実に進んでいた。


第2章「奴隷転生」完

第3章「森のもふもふ」に続く

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