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第6話:市場の喧騒と銀髪の少女

 翌朝、ユウトは騒がしい声で目を覚ました。


「おい、起きろ! 今日は市場の日だ!」


 ゴルドの大声が奴隷市場に響き渡る。他の牢からも、奴隷たちが慌てて起き上がる音が聞こえてきた。


「身なりを整えろ! 汚い格好じゃ値段が下がる!」


 ゴルドの部下たちが、各牢に水の入ったバケツと雑巾を配って回る。奴隷たちは手早く顔を洗い、服の汚れを拭き取った。


「ユウト、大丈夫?」


 隣の牢からリーアが心配そうに声をかけてきた。


「ああ、大丈夫です」


 だが、内心は不安でいっぱいだった。どんな人間に買われるか分からない。もし残酷な主人だったら……。


「リーアさんは?」


「私は……慣れてるの。これで三回目だから」


 三回目という言葉に、ユウトは驚いた。


「三回目?」


「最初の主人は病気で亡くなって、二番目の主人は事業に失敗して私を売り払った。そして今度が三回目」


 リーアの表情には諦めに似たものがあったが、同時に強さも感じられた。


「今度こそ、よい主人に巡り会えるといいな」


 彼女の前向きな言葉に、ユウトも少し勇気をもらった。


 準備が整うと、奴隷たちは次々と牢から出され、鎖で繋がれて市場へと向かった。ユウトも他の奴隷たちと共に列を作って歩く。


 外に出ると、まぶしい朝日が目に飛び込んできた。そして、街の活気ある喧騒が耳に入ってくる。


「すげえ……」


 ユウトは思わず呟いた。


 目の前に広がっていたのは、前世では想像もできないような光景だった。石畳の広場に所狭しと屋台が並び、様々な種族の人々が行き交っている。


 人間だけでなく、エルフ、ドワーフ、獣人……まさにファンタジー世界そのものだった。空には小さなドラゴンのような生物が飛んでおり、魔法で動く荷車も走っている。


「初めてか? 街を見るのは」


 後ろから犬の獣人が声をかけてきた。昨日ユウトが治療した男だった。


「はい……すごいですね」


「俺はガルム。昨日は本当にありがとうな」


 ガルムと名乗った獣人が、感謝の表情でユウトを見つめる。


「いえ……大したことは」


「いや、おかげで今日は歩けてる。あのままだったら、担架で運ばれるところだった」


 確かに、ガルムの足取りは昨日より格段に良くなっている。《もふもふ治癒》の効果は本物だった。


 奴隷市場は街の中央広場の一角に設けられていた。木製の台が複数設置され、その周りに買い手らしき人々が集まっている。


「さあ、始めるぞ!」


 ゴルドが手を叩いて合図した。


「今日は上物が揃ってる! しっかり見定めて買っていけ!」


 最初に台に上がったのは、筋骨隆々としたオーク族の男性だった。


「力自慢の戦士だ! 農作業にも建設作業にも使える!」


 ゴルドの声に応じて、何人かの男性が手を挙げる。


「50金貨!」


「60金貨!」


「70金貨!」


 競り合いが始まった。最終的に80金貨で、建設業者らしき男性が落札した。


 次々と奴隷が競りにかけられていく。エルフの女性は貴族らしき女性に、ドワーフの職人は鍛冶屋に、それぞれ買い取られていった。


「リーア!」


 ついにリーアの番がきた。


「エルフの女性だ! 森の知識に長けており、薬草の調合もできる!」


 複数の買い手が興味を示した。


「120金貨!」


「150金貨!」


 エルフは人間より高値で取引されるらしい。最終的に200金貨で、薬師らしき老人が落札した。


「ユウト……」


 台から降りるとき、リーアがユウトを振り返った。


「元気でね」


「リーアさんも……」


 短い別れの挨拶を交わすと、リーアは新しい主人と共に去っていった。


 そして、ついにユウトの番がやってきた。


「次は人間の少年だ! 見た目はいいが……」


 ゴルドが台の上のユウトを紹介し始める。


「筋肉はない! 力仕事には向かない!」


 手厳しい評価に、買い手たちの反応は薄い。


「だが!」


 ゴルドが声を張り上げた。


「こいつは治癒能力を持っている! 昨日、重傷の獣人を治したのを見たぞ!」


 その言葉に、会場がざわめいた。


「治癒能力? 本当か?」


「魔法使いなのか?」


「実演してみろ!」


 買い手たちが色めき立つ。ゴルドは満足そうに頷くと、ガルムを呼んだ。


「おい、ガルム! 昨日のことを説明しろ!」


 ガルムが証言台に立った。


「この少年は、俺の化膿した傷を一瞬で治してくれた。本物の治癒能力だ」


 会場の空気が一変した。治癒能力者は貴重で、高値で取引される。


「150金貨!」


 最初の入札が入った。


「200金貨!」


「250金貨!」


 みるみるうちに値段が上がっていく。ユウト自身は複雑な心境だった。高く売れるのは良いことかもしれないが、それだけ期待も大きくなる。


「300金貨!」


 そのとき、会場の後ろから新しい声が上がった。振り返ると、豪華な服装の中年男性が手を挙げている。


「お、アルバート商会の旦那じゃないですか」


 ゴルドが嬉しそうに声をかける。


「その少年、私が買い取ろう」


 アルバートと呼ばれた男性は、ユウトを値踏みするような目で見つめた。


「350金貨だ」


 破格の値段に、他の買い手たちが諦めたように手を下ろした。


「350金貨! 他にいませんか!」


 ゴルドが最後の呼びかけをしたが、誰も手を挙げない。


「よし! アルバート商会に決まり!」


 こうして、ユウトの新しい主人が決まった。


 競売台から降りると、アルバートが近づいてきた。


「君がユウトだね。私はアルバート・グランドフィールド。商会を営んでいる」


 意外にも、アルバートの口調は丁寧だった。


「よろしく……お願いします」


 ユウトが緊張しながら答えると、アルバートは微笑んだ。


「安心したまえ。私は奴隷を酷使するような真似はしない。きちんと働いてくれれば、相応の待遇をしよう」


 その言葉に、ユウトは少し安堵した。


 だが、そのとき、会場の隅で小さな騒ぎが起きた。


「この獣人、もう死にそうじゃないか」


「金を返せ! 詐欺だ!」


 買い手らしき男性が、奴隷商に抗議している。そのそばで、一人の獣人の少女が倒れていた。


 狐の耳と尻尾を持つ、美しい銀髪の少女だった。だが、高熱でうなされており、今にも息絶えそうな状態だった。


「あの子……」


 ユウトは思わず足を向けた。


「どうした?」


 アルバートがユウトの様子に気づく。


「あの獣人の少女……病気みたいです」


「ああ、あれか。あそこの奴隷商は悪徳で有名だ。病気の奴隷を健康だと偽って売るのさ」


 アルバートの説明を聞きながら、ユウトは少女を見つめ続けた。


 銀色の美しい髪、整った顔立ち、そして苦痛に歪んだ表情……。何故か放っておけない気持ちになった。


「あの子を……助けられませんか?」


 思わず口にした言葉に、アルバートは驚いた。


「助ける? 君が?」


「はい……もしかしたら、治療できるかもしれません」


 《もふもふ治癒》なら、あの少女を救えるかもしれない。そう直感した。


 アルバートはしばらく考え込んだ後、頷いた。


「わかった。ついでに買い取ってみよう」


「本当ですか?」


「ただし、条件がある」


 アルバートの表情が真剣になった。


「もし君が本当にあの子を治せたら、君の待遇を大幅に改善しよう。だが、もし治せなかったら……」


「治せなかったら?」


「君の治癒能力が偽物だったということになる。その場合は、相応の罰がある」


 リスクのある提案だった。だが、ユウトは迷わなかった。


「やります」


「よし。ではあの奴隷商と交渉してみよう」


 アルバートは悪徳奴隷商のもとへ向かった。


「おい、その獣人はいくらだ?」


「へ? この子ですか?」


 奴隷商は困惑した。買い手から苦情を受けている最中だったからだ。


「病気で使い物になりませんよ」


「構わん。いくらだ?」


「そうですね……10金貨で」


「安いな。なにか理由があるのか?」


「実は……もう長くないかもしれません」


 奴隷商の言葉に、ユウトの胸が痛んだ。


「わかった。買い取ろう」


 アルバートが金貨を支払うと、銀髪の少女はユウトの所有となった。


「さあ、君の腕の見せ所だ」


 アルバートがユウトを見つめる。周囲の人々も注目している。


 ユウトは少女のそばに膝をついた。間近で見ると、彼女の美しさがより際立った。だが、同時に衰弱の激しさも分かった。


「大丈夫……必ず治してあげる」


 小さく呟いて、ユウトは少女の手を握った。


 その瞬間、《もふもふ治癒》が発動した。昨日以上に強力な光がユウトの手から発せられる。


 少女の狐の耳がピクリと動いた。そして、苦しそうな呼吸が次第に安定していく。


「すげえ……本当に治ってる」


「魔法使いじゃないか」


「いや、魔法とは違う」


 周囲からささやき声が聞こえる中、ユウトは治癒を続けた。


 自分の生命力が少女に流れ込み、代わりに彼女の安らぎがユウトに伝わってくる。不思議な感覚だった。


 やがて光が消えると、少女の頬に血色が戻っていた。熱も下がり、呼吸も安定している。


「……ん……」


 少女が薄く目を開けた。美しい青い瞳が、ユウトを見つめる。


「あ……あなたが……私を……?」


 か細い声で問いかける少女に、ユウトは優しく微笑んだ。


「大丈夫。もう安全だから」


「……ありがとう……ございます……」


 少女が涙を流しながら礼を言った。その瞬間、ユウトの心に温かいものが流れた。


 前世では、誰かから感謝されることなどなかった。この感覚は初めてだった。


「見事だ!」


 アルバートが手を叩いた。


「君の能力は本物だ。これで安心して雇える」


 周囲からも拍手が起こった。ユウトの治癒能力が証明された瞬間だった。


「君の名前は?」


 ユウトが少女に尋ねると、彼女は小さく答えた。


「フィア……です……」


「フィア。いい名前だ。俺はユウト」


「ユウト……様……」


 フィアが主人としてユウトを認識したことに、少し戸惑った。だが、悪い気はしなかった。


「さあ、商会に帰ろう」


 アルバートが馬車を呼んだ。


「君たちには期待している」


 馬車に乗り込みながら、ユウトは振り返って奴隷市場を見つめた。


 あそこで、新しい人生が始まった。リーア、ガルム、そしてフィアとの出会い。


「これから……どうなるんだろう」


 不安もあったが、同時に希望も感じていた。


 フィアはユウトの隣で小さくなっている。まだ完全に回復したわけではないが、命に別状はない。


「フィア、大丈夫?」


「はい……ユウト様のおかげで……」


 彼女の感謝の言葉に、ユウトは胸が熱くなった。


 《もふもふ治癒》は確実に力を発揮している。この能力を使って、どこまで這い上がれるだろうか。


 そして、いつか田中たちと再会したとき……。


「今度こそ……俺が上に立つ」


 復讐への決意を新たにしながら、ユウトは新しい生活に向かう馬車に揺られていた。


 銀髪の美少女フィアと共に、新たな物語が始まろうとしていた。

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